第40話 逃避と無視

 ——明くる日の朝とはならず、夕日が沈む時間に影は現れる。


「ちっとは検証してみないと、時間を無駄には出来ねえからな」


 姿を現す数十匹、俺を標的にした人型の影はバタバタとした足捌あしさばきで迫る。俺は大声で呼びかけるが、流通屋はのんきな様子で。


「うーん、呼びましたか〜?」


 相変わらずこいつは本当に不思議な奴だ。消えたと思って、ふと呼んでみたらすぐに姿を現すし、どんなカラクリなのか。


「急げ、あの影はマジでやばいんだよ、足早いし攻撃不能だし物質透過だし、とにかく漏れなくヤバいんだよ!!」


「……知ってますよ、ほら逃げましょう」


 俺たちは並走する、ワープゲートを目指して逃走中だ。なんでこんな状況でも、流通屋は余裕そうなんだよ。


 ——ワープゲートを使用。


「これで一旦はいたな……ってわけにもいかなそうか……!」


 ワープした先に待ち構えていたのはまた別グループの影人形、もちろんそいつらも俺を標的にして迫ってくる。


「……本気で影から逃げ切ろうとは。まさかこんな作戦を思いつくなんて、あなたも中々にクレイジーですね!!」


 影の時間は世界を飲み込む、つまり休む暇などはない。また走って角や段差を利用、潜水までしてなんとか回避していく。


 ——これは、大事な検証なんだ。


「着いたな……!」


 ここは北海道のとあるみさき。潮風の匂いを肌身で感じるさざなみ、広大な大地は海に突き出されるように形成されている。


 白黒の濃淡だけで描かれた氷山は海面から顔を出し、流氷はゆらゆらと流れゆく。


「ああ寒い……世界は、こんなにも冷たくて暗いのな」


 俺は笑った、この世界にたった一人ぽつりとたたずむ今の自分の境遇を笑った。


『トロール』

『Lv.68』


 大迫力。白色でゴワゴワとした毛皮をまとっている鼻高の獣人は、雄叫びを上げながらドスドスと突進を始める。


 もちろん、モンスターの後ろには破壊不能の影の集団がしっかりスタンバイしている。


「……でもなあ、俺は今ここで実証しなけりゃいけないんだ。説を立証するためにな」 


 ——俺は考えた。


 影のせいで無駄になる夜を、どうにかして探索可能な時間にする方法を。その問題意識の末に、たどり着いた答えは。


(追われるのなら、逃げ続ければいい……!!)


 猛突進するトロールの大腕の動きに集中、双剣をぎっちりと構えた。


 ——“影”と”巨人”は重なった。


『ネオサイクロン』のスキルだ。巻き起これ暴風、全てを切り裂く刃と化せ。


『 error 』『 error 』『 error 』『 error 』

『 error 』『 error 』『 error 』『 error 』

『 error 』『 error 』『 error 』『 error 』

『 error 』『 error 』『 error 』『 error 』


 辺りには十数の破壊不能表示と、白色の巨人から飛散した青紫の血液の飛沫しぶき


「並行世界では夜に探索不可能なんて常識、今ここでくつがえしてやる……!!」


「……これはスクープです! 逃げながら戦うなんて、これはかなりやってますねえ」


 戦闘終了、流通屋はいつも通り当たりさわりのない歓声をあげる。戦闘後も、影の追っ手たちに注意しながらゲートへと急いだ。


「……はあ、今日はこのくらいにしとくか。というか流石にこの作戦はキツいな、実用するにはリスクが大きすぎるか」


 今日は、ファミレスだった場所の中で夜をやり過ごすことにした。流通屋と、夜が明けるのをただ待つだけだ。


「少し聞きたいんですが、何でそんなに急いでるんですか……?」


「何でもねえよ、そんなの別にお前には関係ない話だろ」


「釣れないですねえ。私たちはもう、相棒みたいな仲じゃないですかあ!!」


「おい、勝手に脚色するな。所詮しょせんはアイテムと情報で繋がっているだけの仲だろ」


 でも心の中では、少し期待してしまっているのかもしれない。この得体の知れない流通屋という人物との関係の未知数さに。


(相棒……か。)


 でも少しひっかかる所はある、この際だし直接聞いてみるか。


「流通屋、何であんたは俺なんかについてきてくれるんだ……? もっと、他のSランクレギオンの奴らとかと交渉していた方がお前にとっても得なんじゃないか……?」


「ちっちっちっ、あなた全然分かってませんねえ。そらさんは、もっと自分が被パパラッチ体質であることを自覚した方がいいですよ……!」


「ええ……パパラッチって、俺は芸能人が何かかよ……? そんないつも付いてこなくても、バックれたりしないぞ?」


「でもでも〜、いつでもあなたのすぐそばにって言い方をしてみたら、意外とロマンチックじゃありませんか……?」


「いや、それただのストーカーじゃねえか……!!」


「いやあ、スクープじゃないっすか。ネタには瞬時に飛びつくくらいの体力がないと、流通屋としてやっていけませんからね!!」


「はえー。それってなんだか、ジャーナリストみたいな物言いだな」


「ああ……はい、そうですね……!」


 言葉に詰まったようで、ちょっと反応に遅れた様子。流通屋にしては珍しいな、何か引っかかることでもあるのだろうか。


「……ほんと、変なやつ」


「それを、あなたが言いますか……!」


 そんなたわいもない話をして、気づいたらいつも寝てるんだよな、こいつは。


「まったく、風邪引くだろ。毛布あるならかけて寝ろよ……」


 やはりフードに隠れて見えない寝顔を横目に、そっとブランケットをかけた。


(警戒心なさすぎだろ。こいつといると何か調子狂うな、まったく何やってんだか……)


 本当おせっかいというか厄介というか、でもなぜか流されてしまう。どれだけ冷たくしようと、しれっとした顔してるし。


 果たしてこんな不可解な関係が、いつまで続くのやら。

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