第39話 超大型モンスター

 ——ここは二重カルデラの頂上、青ヶ島。あれから何日が経ったのだろうか。


『ゴライアス』 

『Lv.72』


 デコボコな坂道では、薄い黒色の煙がぷしゅーと放出され続けている。濃淡の黒に染まった草本も、一面に広がっている。


咆哮ほうこうつぶて


 紫色に光った技名表示と敵の図体ずうたい、すぐさまゴライアスの大技は発動される。


「死ねよ……死ねよっ……死ねよっ!!」


 はらし難い鬱憤うっぷんを吐き出すように、寂しさを紛らわすように、俺は戦い続けた。


 そうでもしないと平静を保っていられなかった、すぐにでも頭がおかしくなってしまいそうだった。


 最近は、ずっとこうしてワープゲートを転々としながら超大型モンスターのスポットを荒らし回っている。


〈ステータス〉

空木蒼うつろぎそら Lv63

〈スキル〉

スラッシュ/スライス/グリンドバイス/スピニングレイド/ネオサイクロン/リバースインパクト/リバースリフレイン/アクスブレイク/ブレイクスルー/スライドウィープ/ウェーブムービング /シェープソルブ/ランディングピアス/クローズクロス/ラッシュブロー/ソニックブレイブ/リボルブショット/ブレイクエントロピー/殺戮の宴/?????


「流通屋、次の目標はどこだ……?」


 ボロボロの焦茶こげちゃマントを深々と被った少女は、観戦終わりにふわりと接近。いつもと同じように手をこまねきながら。


「どうも、毎度ありです〜! お困りとあらば颯爽さっそうと駆けつけては、いつでも迷えるお客さんのサポートをする。それが流通屋、今後ともご贔屓ひいきに〜!!」


「……いいから、早く」


 誰とも関わらないと言った矢先。こうして流通屋とは顔を合わせてしまっているわけだがこいつは例外、別枠だ。


 流通屋が”超大型モンスター”の出現場所とワープゲートの所在地の情報を提供する代わりに、俺がドロップアイテムを流通屋に供養くようするという関係だから。


 俺は強いモンスターを狩って経験値を再能率で入手することにしか興味がなくて、流通屋はレアドロップアイテムにしか目がない。


 つまり所詮しょせんはアイテムと情報の関係、一時の協定関係のようなもの。


「私たちって、実はじつは意外と最高のコンビじゃないですかねえ〜?」


「……そうかよ、勝手に言ってろ」

 

 こうやって、互いに利用しながら俺は常に一人で戦っている。たとえ流通屋だとしても、巻き込むわけにはいかないだろ。


 バレたら駄目だ。この本性は人に知られたらいけない、絶対に隠し通さないと。


 ——巻き込むわけにはいかないんだ。


 関係ない人に俺の災難を押し付けるわけにはいかない、だから俺は心を鬼にする。


「……じゃあ次行こうぜ、本日三匹目だ」


「了解、いつでも準備OKですよ〜!!」


 首に巻いた青色のマフラーをぎゅっと握りしめて歩く。帰りのワープゲート地点を目指して逆風の中、坂道を下った。


 ——ワープゲート。


 もうこの感覚にも慣れた。レギオンの領域テリトリー内にはワープできないこのゲートで、ボス攻略最短ルートを巡回じゅんかいしているから。


泣血きゅうけつ百々目鬼とどめき

『Lv.76』


 ここは新潟の棚田たなだ。一段一段の草の塀が段差を作り出し、綺麗に整備された区画くかくごとに、ひらたく水が敷き詰められている。


 だがここは並行世界だ。水面は灰色で鈍く、映し出されるのは闇夜の青空。


「経験値、経験値さえあればいい。俺は誰よりも強くならなくちゃいけないんだ……」


 俺の目に映っているのは、その敵が本当に強敵であるかどうかだけ。


 見るものをゾッとさせるギョロッとした百々目鬼の目は、一つ一つが違う動きで違う方向をキョロキョロと見渡し続けている。


「気持ち悪っ……」


 まあ、吐き気が出るほど気持ち悪いのは俺も大して変わらないけど。


 連続斬突撃の『ブレイクエントロピー』は、百々目鬼の眼をぶちぶちと潰していく。


 頭上には大技の紫色文字表記『ブラッドアイ』が、鬼の眼光は赤黒く光った。


「その技を使われたら身体能力が激増してしまいます、発動される前にさっさと倒しちゃいましょう……!!」


 上の方から聞こえる声。流通屋は離れた場所からアシストや援助をするので、不思議とピンチになることが滅多めったにない。


(……ったく、頼んでもないのに。)


 鬼はぐるぐると紅色の腕を振り回しては、四方に血液を飛ばして攻撃する。


「その目は、お飾りかよ……?」


 もう一度、双剣の持ち手を丁度いいフォームに調整してぎちっと握り締める。


 こいつは鬼だけど、人間であれば腹に値する部位に『リボルブショット』は炸裂さくれつする。腹にはしっかりと大穴の空洞が空いた。


「……どうやら、腹が弱点って訳でもなさそうだな」


 鬼は汚らしいうなり声を上げながら、ガタガタと棚田たなだを滑り落ちていく。


「そりゃそうか、化け物はそんなもんじゃ死なないよな……」


 棚田たなだを一つ飛び降りる。すると着地地点の水面では、ぽちゃりという水道から水滴がしたたり落ちるような音が反響する。


 また一つ一つと棚田の段差を降りて、走って飛んで、追撃を狙った疾走。


『レッドアイズスモッグ』の大技、赤紫色の煙はあらゆる目から超広範囲に放出される。俺は棚田の狭い足場をみしっと踏み締め、ひょいっと飛び上がった。


 狙うは一番大きい額の目ん玉。双剣を降りかざす瞬間、鬼は手を前に出してまた血煙を放出する予備動作を見せた。


「——もう遅い」


【 ウェーブムービング 】


 咄嗟とっさの判断。攻撃スキルを切り替え、ピンと突き出された鬼の手のひらを入り口に入刀、双剣は鬼の全身を切り裂いた。


「ひゅ〜、相変わらずそらさんは凄いですねえ、ナイスアクロバティックです〜!!」


 流通屋はいつもひっ付いてくる、どれだけ引っがそうもしても無駄みたいだ。


 そうしていつもの交換、今の俺はさながらボスドロップの受け渡し業者。ところが自分の持ち物ポーチはすっからかん。


「……うん、まあいいんだけど。モンスターさえ殺れるのなら」


「……え、なんか言いましたか?」


 流通屋よ、なぜお前はいつもそんな気分ルンルンで居られるんだ。


「——いや、何でもねえよ」


 見上げる空はいつも真っ黒で、何も先が見えないというのに。

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