失うものの重さ

第38話 青のマフラー

 漁夫の利を狙ったSランク、グリシアレギオンメンバーは俺一人の手によって全滅した。


 俺は敵を狩り尽くしても止まらず味方にまで矛先ほこさきを向けた。夏が止めに入っていなければ、もっと酷い事になっていたんだろう。


 俺は、あれからずっと春風夏をひざに乗せて抱きしめ続けている。


 叫んで嘆いてむせび上がって、強く抱きしめて、優しく抱きしめて、抱きしめ続けた。そうしたら生き返るわけでもないのに、もう彼女はここにいないというのに。


「夏……俺はこれから、どこを向いて歩いていけばいいんだ……」


 ぽっかり空いたクレーターの中心、もう周囲に人気ひとけもなくなった。スナッグ総長は、心配そうな顔で一言だけ口に出した。


「もう半日もずっとここにいるじゃないか、そんなにずっと彼女をながめて……」


「どうしたいんだって言いたいんだろ、お前には分からないさ———」


 本当に好きな人が居なくなる苦しみが。ましてやそれが自分のせいであるという、のがれられない罪悪感が。


 今まで心のり所としていた大切なものが、突然なくなってしまった時の喪失感が。


 こびりついてる離れることのない虚無感が、脱力感が、無力感が。


「守れなかった。そばにいておきながら、また大切なものを守れなかった。告白を断っても、夏はずっと好きでいてくれたのに……」


 俺はまた力を使ってしまった。婆ちゃんが死んだあの日、もう二度とこの力は使わないと誓ったはずなのに。


 ——俺の意志は、こんなものだったのか。


 許せない。弱くて、醜くて、あり得ない。そんな今の自分に吐き気がして、頭がくらくらして、今にも倒れてしまいそうだ。


「夏は俺が殺したって、俺に罪があると思わせないように、罪の意識を背負わせないようにあの言葉を口にしてくれたけど、やっぱり俺が夏を殺したんだ……」


 悲しみとか喪失感以上に、まず自分に対する怒りが込み上げてくるんだ。


「夏……俺、自分が怖いよ……」


 この体は、もうとっくにあの力に飲まれてしまったのかもしれない。俺はもう、”人”ではなくなってしまったのかもしれない。


 ——怖いんだ。


 自分が怖いんだ、自分が自分じゃなくなってしまったみたいで。自分の中の暴力的で恐ろしい何かが迫ってくるようで、怖いんだ。


 また、いつ暴走してしまうか分からないから怖いんだ。


「でも、三十人以上の団員が生き残った。君のおかげで最悪の事態は防げたんだ。だからさ、ここからやり直そうよ……!」


 雄叫おたけびを上げて、スナッグ総長の服を引っ張り上げた。見せたくなかった、あんたにはこんなみじめでにくたらしい俺の姿を。


「何がやり直すだよ、これじゃあ駄目なんだよ、夏が生きてないと意味がないんだ!! ……お前はあの時約束しただろ、夏を守るって。なのになんで、何で今お前が生きてて、夏が生きてないんだよっ……!!」


「ごめんよ……君のお願いを引き受けたのに、守ることができなかった……」


「俺は言い訳を聞きたいんじゃない、何でお前は生きてるのかって聞いてんだよ!!」


 スナッグ総長は何も言わなかった。何かを言いたげな顔でもあったが、何も口に出すことはなかった。


(俺は本当に馬鹿だ。馬鹿で、どうしようもない。全部自分のせいなのに自暴自棄になって周りに怒りをぶち撒けて、それで何か解決するのかよ……!)


 急に熱を冷まして胸ぐらをつかむ手を離し、そのまま地面に放り投げた。スナッグは地面に倒れながらも俺を呼び止めようと。


「待ってくれよ、君がいなくなったら誰がこのゲームを終わらせるんだ……!」


(そんなの、もとから俺に頼ることじゃないだろ……!)


「……もう、俺には構わないでくれ」


 青のマフラーを巻き直した。ちょっと首周りの肌がごわごわとした。


 そうして俺はこのレギオンを去った、もう二度と戻ることはないだろう。


 グラントは遠くから空木蒼うつろぎそらを眺め続けた。目の前で起こった悲劇を自分の過去と照らし合わせて、その悲惨さにに胸を痛めた。


(スナッグ、俺はお前みたいに簡単には受け入れられないよ。受け止められないんだよ、春風夏はるかぜなつといういち団員の死を。)


 これ以上俺は他人と関わっちゃだめだ。また同じように、衝動が抑えられなくなってしまうかもしれないから。 


(ごめん皆、一丁前に守って見せるなんて言っておいてこの有り様だよ。)


 それに俺は皆の思いを裏切ってしまった、もう顔を合わせる資格もない。


 俺にはもう誰も救えない、もう誰とも関わらない。どうせまた大切な人を傷つけてしまうから。俺と関わった人は苦しむ、助けているつもりで本当は不幸を振り疫病神やくびょうがみだったんだ。


「……もう、夏はここにいない。俺には誰も守れない……もう、何でもいいや」


「……でもこれで全部元通りじゃん。大丈夫、別に目的は最初から変わらないさ。後はこのまま一人で終わらせればいいだけだ」


 これなら誰の事も気にしなくていい、何の気兼ねもなく戦える。それだけでいいんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る