第37話 春風夏《はるかぜなつ》
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暗い、寒いよ……何も見えない、それに息もしづらい。痛い、辛いよ……身体から血がどんどん漏れていく。
——でも蒼君が、まだ苦しんでるんだ。
(まだ、死ねないよ……!!)
私は、——君が好きだった。中学の入学式、ひと目見て好きになって以来、気づいたら勝手に目で追っていた。
でもその時の——君は多分、そんなんじゃなかったんだと思う。
あのときの——君はどこか向こうの方を向いていて、いつも上の空だった。
いつからなんだろう。何にも期待しないような黒い目に、ちょこんとつむった口、足音も立てずに足を擦るような歩き方。
それは、初めて会った時の
——でも、それじゃあ嫌だった。
(だって、それじゃあいつまでたっても私を見てくれないんだもん……!)
いつも彼が見ているのは地面か黒板か、はるか遠くの空だけだった。
中学校時代、なにかと私に付き
彼との話はつまらなかった訳じゃないけど、なぜか落ち着かなかった。
だってやっぱり私の頭の中は、いつも——君のことで一杯だったから。
そんな思いを抱えているうちに、私はとうとう一度も彼に声をかけることが叶わなくなってしまったんだ。
ある日、なんの前触れもなくこの並行世界に来てしまったから。
今までも、——君のつまらなさそうな顔を見ると、どうしても声が出せなかったんだ。
それも、私がいつまでたっても本当の気持ちを伝える勇気を振り絞れなかった言い訳にすぎないのかもしれないけど。
(ほんの一声なのに、なんであの時の私はそんなことも言えなかったんだろ……)
はあ、私が居なくなって——君は気づいてくれたのかな。
並行世界に飛ばされた私はプレイヤー登録時、名前も見た目も変えなかった。
それはもしこの世界でばったり——君に出会った時に、すぐ気づいてもらえるように。この世界でもし——君と仲良くなれた時に、名前で呼んでもらえるようにと思って。
(まあ、そんなの
ここでの毎日は、辛いことでいっぱいだった。慣れない生活、殺風景な街。恐ろしいモンスターに、いつ死ぬか分からない恐怖。
その全てが、私の心を
レギオンに誘われて入った後も、状況は変わらなかった。
探索のために区域内で往復の繰り返し。メンバーの皆は優しかったけど、やっぱり私は上手く馴染めなかった。
特にあの隊長が代理のリーダーになってからは、本当に酷かった。
強制された無理な探索、それだけに飽き足らずスキル研究開発の動員として、毎日毎日同じように重たい剣の素振りをし続けた。
上手くやれなかったらノルマ追加、少しでも機嫌を損ねたら理不尽な懲罰を受け。
今思えば、あの日々は本当に地獄だった。正直、あの時の私は肉体的にも精神的にも参っちゃってたんだ。
その時にはもう既に心が
ただ辛くて苦しい。生きるために精一杯で、本当に
その時にはもう、——君の記憶も忘れかけていた。
でもそんな時、
そのまっすぐな後ろ姿は、まるで何か壮大な物語の
(私だけの、主人公……!)
そんな姿を、私は不意にどこか——君と重ね合わせてしまったんだ。
いや、
蒼君は——君の代わりになってくれた。今度は優しく私を包み込んでくれた。
その声で“よく頑張ったな”と褒めてくれた、悲しい時には頭を撫でてくれた、怖い時には手を握ってくれた。
私は、それだけで嬉しかった。
ここで出会った蒼君はずっと前を向いていて、それはまるでどこか遠くを
私は確信した。蒼君なら絶対、このゲームを終わらせてくれるって。これ以上、私みたいな辛い思いをする人を増やさないために。
(だから、私がいなくなっても、これからもずっと頑張ってね———)
——この、青のマフラーをあげるから。
これは自分で鍛錬した、私の初めての装備。ずっと蒼君にプレゼントしようと思ってたのに、結局最後まで言い出せなかったな。
そうか私、フラれちゃったんだっけ。
私は蒼君の恋人にはなれない、だったらここで終わってしまっても構わないかな。
——あれ、いつからだ。
——ああ、今ようやく気づいた。——君が、
それじゃあやっぱりなおさら。蒼君のためなら、死んでもいいかな。
何でかは分からないけど蒼君は今、こんなにも苦しんでる。だから。
——蒼君を救えるなら、それでいい。
ああ……温かいよ。何で急に……何か叫んでる気がするけど、もう何にも聞こえないや。
本当に残念だけど、私はもうここでおしまいみたいだね。それじゃあ最後に。
——蒼君、私を救ってくれてありがとう。
ずっとずっと、大好きです。いままでも、これからも、いつまでも。
——私、頑張ったよ。
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