第35話 レギオン乱戦⑦俯瞰者の目


「今からここら一帯の区域テリトリーは、僕たちグリシアレギオンの領有下とする」


 竜に乗った白銀装備の男から指令が放たれる。次の瞬間、下水道からはわらわらと大勢の人がゴキブリのように飛び出して来て。


「何で……何で、お前がいるんだよ!?」


 ビビアール元団長のグラントは、グリシア団長の姿を見て絶句した。スナッグ総長も冷や汗を垂らして。


「嘘だろ……こんな所に、Sランクのグリシアレギオンが何の用だ……!?」


 地上、下水道から出てきた団員たちは一斉に毒ガスをばらき、歩兵部隊はすぐに退散していった。視界はかすむ。


鷹の目ハイパービジョン、能ある鷹は爪を隠すってね」


(そうかあいつはその鷹の目で、ずっとこの時を待っていたのか……!)


「……逃げるぞ!!」


 俺は叫んだ。死に物狂いで道路を走った、生き残ったグローチスの皆で走った。


 ——後方には見えた。


 さっき気絶させたレグルスが、倒れながらこちらを向いてニヤついているのを。


「お、おい……嘘だろ。ここで寝返れば、仲間を売れば助けてくれるって言ったじゃないか、話が違うぞ……!?」


 自動集計ランキング第三位Sランクの攻略派レッドカラー、グリシアレギオンのリーダーは弱者狩り詐欺師の元に降り立ちあざ笑う。


随分ずいぶんと遺品回収にはげんでいたみたいじゃないか。そりゃあ、地べたに倒れていたらそれはもう獲物えものでしょ。根拠もなく、人を信用するから悪いんだよ」


 後ろから、汚い叫び声が一瞬で途切れる音が聞こえた。すぐに追手おっては迫る。


魔物召喚モンスターテイム

『ケルベロス』『Lv.70』


 ケルベロスは強力な石礫いしつぶてを連続で放ち、皆の生命をぐさぐさと削っていく。


「よしよーし、いい子ちゃん。エサあげるから、もっともっーと頑張ってねえ〜!!」


 夏の手をひき後方からの攻撃を双剣で弾く。自分の身を守るのでも精一杯で、もう周りを見ている余裕などない。


(モンスターテイムなんてできるのかよ。まずい、これは本格的にまずい、完全に万全状態で待ち伏せされていたのか……!?)


 続けて二人目の追手は陸上で、乗り物をテイムして接近する。


魔物召喚モンスターテイム

『ゴーストホース』『Lv.50』


「ええっとええっとえっと、吹き矢……と麻痺まひ猛毒付与の薬はこれで……えいや!!」


 夏は吹き矢に刺されてしまう。俺は、そんな夏を抱えて走る。


「夏、もう少し頑張ってくれよ……!」


 逃げた先は大型のショッピングモール、一階の広く平らに広がったスペース。


「……はあ、まだ追ってくるのか!?」


 白銀装備の男は見下ろす。それは冷たい目で、冷静に緊迫状態の地上を見下ろす。


「……逃げたって無駄なのにねえ。グローチスにしては、よく頑張ったじゃないか」


「何…で……!?」


「こんなの見え透いた罠じゃんか。情報流出、情報独占だよ。情報は、一番多く情報量が払える所に自然とやって来る」


 何で皆そうまでして争おうとするんだ、レギオンランクの補正を得るためか……?


「契約機能を使えば、被害だって最小限に済むはずなのに、あまりにふざけてる!!」


 その竜使いの冷ややかな目には、何も映ってはいなかった。


「馬鹿だねえ、ふざけてなんかないよ。だって皆が戦ってるのは、PKプレイヤーキルするためだろ……?」


「え、モンスターを倒して経験値とアイテムを得るのと何が違うの。これはゲームなんだ。人のプレイスタイルを、とやかく言われる筋合いは無いだろう」


 俺は人を殺めてしまった時、アイテムを奪おうとなんて発想には至らなかった。まさか、アイテムを奪うために人を殺すなんて。


 アイテムと人の命という二つの天秤てんびんで、平然とアイテムを選択するなんて。


「割り切っちゃ……駄目だろ。これを、ゲームだって割り切って良い訳がないだろ!!」


「——正直、もう何とも思わないね。”見慣れた光景”すぎてほんと”無”だよ。僕たちは何も考えなくていい、いわゆる脳死さ」


 竜の手綱に手をかけペシンと叩くと、うろこの雨はザバザバと降り注ぐ。


「ぐっ……!!」


「しまった……!!」


 夏は既に吹き矢にやられているのに、さらに追い討ちの鱗攻撃を食らってしまった。


 他の仲間もどんどん、合流したグリシアレギオンの団員たちに切り崩されていく。俺は、星屑の蒼剣でなんとか攻撃を防ぐ。


 だめだ、こうしているうちにもどんどんと味方は倒されていく。一刻の猶予ゆうよもない。


「なんか皆必死に作戦とか練って頑張っちゃってるけど結局は僕が選んだ結果が、全てなのさ。美味しい所は全部僕がいただき♪」


「元の世界で僕は搾取さくしゅされる側だった。でもここでは僕たちが、搾取する側さ。ここでなら、ほんのひとときも将来に絶望する必要がない……!!」


(そうか、こいつもこのゲームを楽しんでる側かよ……!!)


『display player-data』

『Lv.95』


「嘘…だろ……?」


 白銀装備の男は無慈悲かつ冷酷な目で、俺たちグローチスの団員を見下ろし続ける。


「でもここに来てもう十年間、このゲームにもそろそろ飽きてきちゃったよ」


 この世界は、思っていた以上に数倍も、狂った奴であふれている。


 平気で人を傷つけるし、騙し合うし、奪い合う。こいつら元は普通の日本人だろ、何がこいつらをこうまでさせるんだ。


「さあ、炎のブレスで焼け死ぬか、竜の鱗に刺されて死ぬか、選択の時だよ———」


 考えることは皆同じか。そして単に戦力的に一番強いものが勝つ……!


(どうするんだ、どうするんだ、どうするんだ……!!)


 相手はSランクレギオン、団員数は百人以上、それに対して俺たちは団員数約五十名でもう半数くらいは戦闘不能に近い。


 メンバーのレベル差も、あり得ないほどに開いている。


 どうすれば良い、どう切り抜ければいいんだ。どうやったらこの状況を打開できる?

 

(俺だけなら逃げる事も可能かもしれない、でも仲間を見捨てるなんて絶対できない。)


 俺が仮にこのレギオンから離れていなければ。喧嘩を売っていなければ。いや、これはそういう問題じゃない。


 どこで間違えた、なぜこんなことになった、どうやったらこの現状を変えられた、どうすれば正解だったのか。


 いつ、どこで、誰が、どうして、何をしていて、どうするべきで、何が現状で、何が理由で、何が目的で、何が重要で。


 分からない、今までの記憶と経験を総動員した選択肢を張り巡らせても見えない。


 どんな選択をシュミレーションしたとしても、その先の未来が見えないんだ。


 ——あれ、こんな事今までにあったっけ。


 だって、今まで俺はどんな窮地に立たされても、どんな逆境に放り込まれても、例えそれが間違った選択でも、絶対に未来は切り拓けると信じて、実際本当に切り拓いてきた。


 なんだこの感覚、何かに縛り付けられているようでどこか息苦しくて、うまく創造のイメージがかない。


 不可能を、可能にする突拍子とっぴょうしもない変化球のイメージが。最悪な状況を一転させる奇想天外な発想が。降りてこない。


 何かが足りない。抽象を、具体に塗り替える自己観念が。未来を切り拓く夢と希望が。選択を正当化させる確固たる自信が。


 身を焼かれるほどの哀愁あいしゅうが、はらわたが煮え繰り返るほどの強い怒りが。絶対に死守しなければならない生存本能が、心の奥底で揺らぎ続ける温かな愛が。


 ああ、どう頑張っても、絶対に無理なことだってあるんだな。


 ——ドクン。


 ああ、こんなにも頑張ってるのにまた俺から大切なものを奪おうというのか。


 ——ドクン…ドクン……。


 鼓動はどんどん早くなって、息は荒々しくおぼれそうになっていく。


 ——ドクン…ドクン……ドクン……ッ。


 今でもあいつらは笑っている、笑いながら人を殺すために生きている。辛い、苦しい、悲しい、にくい、許せない。


 ——あれ、そこに誰かいるのか。


『……気づかれましたか、お久しぶりですねえ!!』


 ——でもだめだ、これは人を傷つける力。


 あれ、これって本当に駄目なのか。いいんじゃないか、こんな状況の時くらいは。


 ——何か、声が聴こえる?


『だめよ、その力を使ってはダメっ……! だめっ、その力を使ったら———』


 そうか今はこの力を使うしかないんだ、それしかもう助かる道はない。


 ——そうか、狩られる前に狩らなくちゃ。


『それではさっそく戯曲その二、殺戮さつりく慟哭どうこくを始めましょうかあ!!』


 ——渇望と、開放の衝慟。


【 殺戮さつりく慟哭どうこく 】


『キヒヒ……使いましたネ……?』

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