第34話 レギオン乱戦⑥勝利の兆し

(気分……? ああ、最悪だよ。お陰様で最悪の気分だ……!)


 囲まれている上に身動きも自由にとれない、これは確実にが悪い。八方塞がりとは、まさにこういうことなんだと。


 ところが、こういう時に限ってやってくるんだな。救世主、助け舟って奴は。


「後ろは任せて下さい、兄貴!!」


(兄貴……?)


 びっくりして振り返ると、そこにはムキムキスリムボディの男。すさまじく異様なオーラを、プンプンとかもし出していた。


「え、誰……?」


 心当たりがなかった、このタイミングで助太刀すけだちに入るような知り合いに。


「誰って、酷いですねえ、そんなの決まってるじゃないですか、自分はリージアですよ」


『ゴルゴンの大剣(B+)』

『《アクティブ》【斬剛斬鉄ざんごうざんてつ】: 三分間、スキル威力と剣の硬度を二倍にする』


 その剣を一振りすると地面に巨大な爆発が起こり、相手の軍勢の陣形は大きく崩れた。


「今の自分は、あの時の自分とは一味も、二味も違うんです!!」


 リージア、今確かにリージアと言ったよな。確かに装備構成は同じだ、けど本当にこいつがあのリージアなのかよ。痩せてるし。


 本当にこいつが。見違えたようだ、こんな短期間でよくそんなにも変わったもんだ。


「今更どれだけ謝った所で、過去に犯したあやまちが払拭ふっしょくされることはない。だから、これはせめてものつぐない……!!」


 どう見ても根っからの悪人だったお前が、どうしてこんなにも驚異的な改心を遂げた。


「兄貴に負けて、最初は悔しかったさ。でも次第に恥ずかしくなってきたんだ、自分が今までどれだけしょうもない事をしてきたんだろうって……!」


「だから、あれから行動で示そうっていう一心で部屋にこもって、素振りし続けたんだ。結局、一週間どころか一ヶ月以上ぶっ通しコースになっちまったな」


 激戦の只中ただなか、『リージア Lv.68』の表記がちらっと見えた。


(六十八レベルって、スナッグ総長より全然高いんじゃないか……!?)


 たった一ヶ月そこら、しかも素振りだけでここまで上げたというのか。正直、驚きを通り越して感服してしまう。


 任せられる。自分の過ちに気づき、反省し、実際に行動に移して本当に生まれ変わった今のこいつになら。


「……ああ、背中は預けた!!」


(ありがとう、まさかのサプライズのおかげか冷静さが戻ってきたよ。)


 確かに今の状況は最悪。数的不利は揺るがないし、相手の術中であるのにも変わりは無い。仲間たちの体力も、もう限界を迎える。


 ——でもね。


 起死回生、一発逆転、形成逆転。不思議とそんな勝利を連想するワードのイメージばかりしか、浮かんでこないんだ。


 それは武器と拳の雑踏ざっとうの。気づいたら、上がった土煙の中に飛び込んでいた。狂戦士たちのヘイトは、一極集中する。


「仲間が傷つくかもしれないんだ。悪いが、お前らにはもう一切いっさいの配慮をしない」


星屑ほしくず蒼剣そうけん


 やっぱり、双剣が一番この手に馴染なじむ。この武器には、今までの努力が一つに集約されているから。


「うっそ、単騎だと……!?」


 何の根拠もないけど、これを握ると大抵のことはどうにかなってしまう気がするんだ。


【スリップライド】


 ポールとスキー板を自由自在に操って、雪を左右にかき分け滑走するような足運びで。


『レベルアップしました』


 双剣を振るう。振って、振って、振るう度に勢いを増していくこの剣には今、どれだけの重みが詰まっているのだろう。


「なんだこれ、どんどん前線が崩されていくぞ。次は後方か……!?」


「ここなら安地だろ、お前ら、ちゃんと索敵しろよ……!!」


「何で止まらないんだ、俺たちにはドーピングもバフもかかってるはずだろ……!?」


「あの時と同じだ……鍛冶屋で戦った時も、あいつは双剣を握った途端……!!」


【シュリンクスケイル】


 引っ張られていたゴムをハサミで切った時のように、パチンと弾け出す柔軟性は瞬発力とかけ合わさり。


 身体の各器官を恣意的しいてきに移動させ、急所を避けて致命傷を抑える。


『レベルアップしました』


 止まることのない前衛的回避カウンター。回転して削いで宙返り、また地面を蹴って地面を擦って地面を這って、空を飛ぶ。


「読めない。対面遊戯の時もそうだったが、あいつの動きは何でああも奇妙なのに洗練されているんだ。なぜあんなにも自信満々で、何の迷いも無いんだ……!」


 乱戦の中、キレーナ副長は剣を交えながらもつい横目に観戦してしまう。


(サンキュー、夏……! あれから、さらに射撃の腕を上げたんじゃないか……?)


 ピンポイントにベストタイミングな射撃が相手を貫く。屋上から援護射撃を続ける春風夏は、密かに思いをせていた。


「何でこの世界の皆はこんなになってまで、戦おうとするんだろうね。私もあれから、少し考えてみたんだ……!」


「皆怖いんだよね。だって、ここで死んだらどうなっちゃうか分かんないんだもん。だから皆、死ぬのが怖いから戦ってるんだ」


【スタニングヒット(射刺)】


「だったら尚更なおさら止めないと、こんな戦いなんて。怖いならみんなで助け合えばいいじゃん、そうした方が絶対良いよ……!」


 麻痺効果付きの新技を開花させた、他人を思う故の突発的な覚醒だ。


【ホリゾナイトクエイク】


 斜め上、肩の後ろまで構えられた双剣は急カーブで振り下ろされる。


 背中周りの体積の大きさが百なら、そこから相手の首元までの大きさは一。一秒構えたとしたら、百分の一秒で発動し切る曲撃。


【ソル-クロスレイピア】


 巨大ブランコのような軌道を描く双剣のサーカスは、自由自在に駆け回る。


『レベルアップしました』


 まるで巨大なコンサートホールの照明が、一斉にパカパカと点滅を繰り返した後ようやく全部が点灯してそろう瞬間のように。


「数が多くなった所で、なーんも変わんねえな……ってこれ悪役のセリフっぽいかな」


 斬撃が貫通する度、双剣の刀身とその周りにかけての空間が青白く点滅する仕事人。


「来いよ。ただし、ここまで辿り着けるのならな。本気で俺をやる気なら、運命でも切り開く気で来いよ……!!」


 グラントは三階の窓から目を見張った、たった一人の手によって戦況が激変していく光景を目の当たりにしてしまったのだ。


「あれか、”このゲームを終わらせられるかもしれない”プレイヤーというのは……! なんだよアレ、馬鹿げてる。あんな状況の中一人で突っ込むなんて……!」


「そうだグラント。そらは出会った時から既に、僕の手には負えそうにもない領域に踏み入っている。ビビアール最強の隠し球さ」


「……でも確かにあれくらいぶっ飛んでる奴なのかもしれないな、この世界をゲームクリアに導いてくれるプレイヤーってのは!!」


 最後に『レベルアップしました』の表記が表示されて、乱戦は終結した。


「どうやらお前の言う陣形ってのは、俺の手によって全壊してしまったみたいだぞ」


 顔色を変えたレグルスの首元に双剣は突きつけられる、その顔はやけに冷めていた。


「……予想だにしない結末とは、こういうことなんですね」


 かと思いきやいきなり狂ったように、引き笑いを始めて。


「この世界では全てが敵、所詮しょせんこのゲームは椅子取りゲームだ。窮地におちいったことで、現代日本の悪い性質がさらに浮き彫りになって見えるなあ!!」


「いつ、どこから攻めてくるか分からない敵。僕は、いつもその恐怖に神経をすり減らしながら生きているんだ」

 

「お前らみたいな天然ボケした奴らとは根本的に違うんだよ。残念だが、最初に死ぬのはお前らみたいな脳みそお花畑共だ!!」


 俺は見下ろす、これはこいつに対してのあわれみの目なのかもしれない。


「……でも実際勝ったのは俺達だ、お前人を信用しなさすぎだよ。あまりに信じっきりってのもアレだが、そんなんだと体壊すぞ?」


「おっ、お前も僕のことをさげすむのか……そうだ、お前も顔が悪いから僕のことを馬鹿にしてんだろ。分からないだろうな、お前みたいな普通にモテそうな奴には!!」


「……何言ってんだ、お前は根底から信念がゆがんでるんだよ。そもそも、その顔は自分がキャラメイクして選んだ顔だろうが」


 ローブをかき分けてご尊顔を拝見、そこでかけた一言は。


「糸目キャラってなにげ初めてだが、お前には糸目キャラ特有の物静かさが足りてねえな。一度、キャラ作りから出直してこい」


「……ちょっ、何!?」

 

 双剣をヒュンと顔面の前で振りかざすと、レグルスは白目をいて倒れ込んだ。


(まったく、本当に俺たちとあんまし年齢変わらないのかよ、こいつが。)


 これで、レギオン間での乱戦もようやく終わりだ。もう動ける相手は一人もいない。


 そこで、グローチスのメンバーの皆が俺の方に向かって走ってきた。


「久しぶり、それにしても相変わらずぶっ飛んでんなあ、そらは!」


「流石、蒼さんですね!」


「一週間以上も何やってたんですか、皆心配してたんですよ!!」


「まあ良いじゃないか、またこうして戻って来てくれたんだしなあ!」


 フロット、ユーミア、キレーナ副長にピリッツか。やけににぎやかになってきた。


 すると見ない顔の銀髪男が、スナッグ総長と隣り合わせで近づいてきた。


「あんたは……?」


「こいつはグラント、今回の事件の発端ほったんとなった人物、ビビアールの主導者にして僕の旧友さ。今回の敗北を機に考えを改めたらしいんだが、どうしようかな……?」


 俺はスナッグ総長の言葉に耳を貸しながらも、身構える。


「俺は許されざることをしたんだ、だからその双剣でバッサリやってくれ……」


 グラントはすぐに命を差し出した。俺の前で手を広げて、目をつむってしまった。


「随分キッパリとしてるじゃないか。それじゃあ、もうお前は敵じゃないって事でいいんだな……?」 


 俺は、そんな男に背を向ける。


「それだけか……? 俺は、お前たちを殺そうとしたんだぞ!?」


「お前は総長の知り合いで、過ちを本気でいている。それならもう仲間だろ? 死にたいなら勝ってに死んどけ、俺の手をわずらわせるな」


「……ったく、どうかしてるよ。一度はふっきれちまったんだ。今更、きっぱり割り切れはしないが、こんな事はもうやめにするよ」


「(確かに、こいつにだったら付いていっても良いような気がしてくるな。)」


「(ごめんアリナ、俺、間違ってた。もう一度やり直してみるよ、今度は絶対クリアしてみせるから、あの日の約束を果たしてみせるから。だから……)」


 グラントは号泣してその場に座り込んだ、スナッグ総長はそんな旧友をなだめた。


 俺は春風夏はるかぜなつの手を掴んで、空を見上げながらつぶやいた。


「これからはあまり遠出しないようにするよ、やっぱり皆がいないと寂しいしな」


 グラントは、苦笑いしながら。

 

「そうしてくれると、僕もありがたいよ」


 こんな激しかった戦闘の後だというのに、皆はにこやかに笑っていた。


 これは誇っていいだろう。被害者は0人とは到底言えない、でもこんな最悪な状況を前にして被害を最小限に抑えられたんだ。


 今回の件で、さすがに俺も反省している。確かに出来るだけ早く強くなって、このゲームを終わらせる方法を探るのは大事だが。


 それで仲間の安全がおろそかになるのは、駄目だ。これからは他レギオンも警戒して、変なちょっかいもかけないようにしよう。


 ——その時だった。


「……よし、もうそろそろ頃合いだろう」


 はるか上空から生暖かい、神経を逆撫さかなでするような声が聞こえてきたのは。

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