第33話 レギオン乱戦⑤人狩りと弱者狩り

「一番殺し甲斐がありそうな奴は、もちろん俺が頂きィ!!」


 驚異的な破壊力を持った鉄拳に双剣をかざすたびに、俺は数メートルほど飛ばされる。


「頑張って、足掻あがいてくれよお。弱っちかったら、なぶり甲斐がいがねえからよ!!」


 人殺しの拳、ボロボロにびたナックルは重い。筋肉からは血管が浮き出て、その顔面は狂気に満ちていて、人を殴るときの顔はひょうたんのように馬鹿げていた。


(完全に、目がイカれてる。だめだ、こいつは完全に吹っ切れてしまっている……!)


「おいおいどうしたんだあ、全然大したことねえじゃねえか。聞いてた話と違うぞお?」


『ヴァスカ』の横に表示されたレベル表記を目の当たりにして、俺は口を開けた。


「レベル67……!?」


 負けじと『星屑ほしくず蒼剣そうけん』から放つ『クローズクロス(乱抜)』。


 濃紫に輝く双剣。直角に交差させて衝撃を弾いた後、その勢いでもうひと交差の追撃を与える二×二の四連抜斬撃。


(だめだ、拳が硬すぎる……この双剣でもしのぎきるので精一杯……!)


『ブラッディーナックル(A+)』

『《パッシブ》【血塗られの拳】: 血を浴びれば浴びるほど威力アップ(累積)』


「どうだあこの特殊効果は、俺にピッタリだと思わないかあ!!」


 ピッタリなんてもんじゃない、適材適所のお手本だ。何でこの巡り合わせになってしまったのかと、ため息が出てしまうほどに。


「そうだそうだ血だけじゃなくて、俺のレベルには今まで殺してきたプレイヤー共の経験値も、ぎっしり詰まってんだよお!!」


「ドプドプ入ってくる経験値、こりゃあ快感だよなあ。だって、”人狩り”が目に見える形になって現れて、しかも自分の体の一部になるって事なんだぞ!!」


『狂戦士の腰巻』『蛮族のバンダナ』『地響きの靴』『宿命のブローチ』


「それにこの武器も、この頭装備も、この腰装備も、この足装備もアクセも、全部強奪品、人狩りで奪ったもんなんだッ!!」


「それってさ、もう殺した奴と一つになってるも同然じゃないか。だって今の俺の体は、狩った奴の血と経験値と装備で構成されてるんだぜ!!」


 ヴァスカは、自分で言ったことのおかしさに大笑いしている。


「やっぱり人狩りは楽しいなあ。殴って殴って、殴りつけるときの快感は他の何でも味わえねえ、あんたも分かるだろお!!」


 早い、重い、苦しい、ここまで体格差のある相手と戦うのはいつ以来か。そうか。


 こいつは獣なんだ。俺は人間でここまで凶暴化してしまった人を始めて見た、本当に人間なのかと疑うくらいのレベルだ。


 恐怖感。これは完全にストッパーが外れている、もしくは危険信号の伝達セーフティシグナルに異常でもきたしているのだろうか。


 ——ドクン。


 分かってる。使うわけが無いだろ、あんな力に頼らなくても俺はやれる。


「分かんねえよ、正直理解不能だ。お前らは何でそんな簡単に人狩りとか言って、他人を傷つけられるんだよ」


「なんだあ、あんたも分かんねえのか、このよろこびを。本当、勿体ねえなあ!!」


『ブラッディーナックル』からは『ギガントブロー(打壊)』が発動される。


(チャンスを、創り出せ。)


『白銀竜の小手(A)』

『《アクティブスキル》【白銀の吐息】:斬撃を加えた対象の体を侵食し、一定期間防御力を低下させる(累積//二分)』


 相手がスキルを発動するタイミングを狙って、白銀の吐息をお見舞いする。その状態の小手で相手のスキルを受けると。


『《パッシブスキル》【銀鱗の大腕】: 小手に一定以上の強力な衝撃が加わった際、相手に反射追撃を与える(波)』


 俺は数十メートル飛ばされ地面を擦るが、相手にもかなりの反動を与えられるはず。

 

「……危ねえなあ、ちょっとかすっちまったじゃねえか!!」


 ヴァスカの腹には浅い傷、初めてダメージを与えられた実感が得られた。


(まあ、こんなんで折れるような玉じゃねえよな、こいつは……!)


「ようやく、”一撃”食らわせてやったぜ」


「……いいねえ、盛り上がってきたッ!!」


 どうしたものか、このままの調子で戦闘が長引けば被害はまぬがれられないぞ。


(このままじゃまずい。まだまだ、相手には増援がいるんだぞ……!)


 目の前の脅威と見方への心配のうずに飲まれそうになった、その時。


「どけどけ、どけえぇぇいっ!!」


「まだ傷は完治してませんが、やむを得ません。私たちのホームを勝手に荒らされたら、困りマスからね……!」


「たまには、先輩らしい所も見せないといけませんよね……!」


「何だよこいつら、あり得ないって。どっからいて出てきてんだよ……!」


 思い知らされた。今俺は、必死に皆を守ろうとしているが、皆も俺を守ってくれているということを。


「ピリッツにリミスに、それにユーミアにフロットも……!」


【スピットショット(突)】


 夏も『アサルトライフル』を構えて、屋上から迫り来る敵を牽制けんせいしてくれている。


そら君、私も援護するよ!!」


 見事な手捌てさばきで、次々とクリーンヒットを決めていく夏を見た相手側の団員は。


「あの子、一人でやってんのか、エイム良すぎだろ……!?」


 心配なんてやめた、今必要なのは信頼。不安を募らせている暇があるのなら、俺は一秒でも早く、この戦いを終わらせる。


「……来いよ。一発だ、次の一発で終わらせてやる!!」


 来た、いつもの感覚が吹き込んできた。


「お前のめ腐った人生観を、脳髄のうずいから叩き直してやるよ」


「……ひとつ、聞いてもいいか? いつも思うんだけどさあ。何で俺がけなされなきゃいけねえんだよ、間違ってるのはお前らだろ」


 この言葉に、背中がゾクっとした。生理的な嫌悪感がほとばしってきたんだ。


「んなわけねえだろ。お前まさかそれ、本気で言ってる訳じゃないよな……?」


「……お前もそうか。そんなに言うのなら、お前の理論が正しいという根拠を述べてみせろよ!!」


 そのほとばしる感情は、この双剣を最大限に突き動かす追い風となる。


「ああそうかよ、それは救いようもないな。お前の考えは論外だ。人をあやめてよろこぶなんて、正気の沙汰さたじゃないぜ」


「考え方は人それぞれだ、根拠なんてねえよ。いいか、俺はある程度正常な己の倫理観にのっとって、お前の異常を打ち破る!!」


「殺しが正しい? そんなもん、いっぺん自分で殺されてみてから考えろ———」


 ——安全地帯にて、声は高らかに。


「馬鹿だなあ、今まで日和ひよってた弱小レギオンが今更足掻あがいたってどうにもならない事くらい、分からんもんかねえ〜」


「まあ、だからこそ穏健派グリーンカラーのお馬鹿さんたちは恰好かっこうの的、良いカモなんですけどねえ!!」


 占い師のような紫のローブを着て、喉から裏返ったような声で引き笑いする。


「明らかに需要と供給が釣り合っていないこの世界に来てしまった時点で、争いからは逃れられない運命なんですよ」


「これは、騙し合いと奪い合いのゲーム。まあ危機感の足りない馬鹿さんたちがだまされて、僕のような賢い人間が生き延びるってだけの話ですかね」


 “人狩り”と”弱者狩り”、この二つ名コンビで通っていたヴァスカとレグルス。


 この時のレグルスは知るよしもなかった、パートナーの身に危険が生じていることに。


 ——空木蒼うつろぎそらは、到達する。


 アサシンのような接近術。レグルスの小指は、きれいにストンと切り落とされた。


「おおおおっお前っ、ヴァスカはどうした、ヴァスカはどうしたんだ……!?」


「ヴァスカ……あの殺人狂のことか、それならもう斬ったよ」


 レグルスは慌てふためいて周りを見渡し、ヴァスカが道端に倒れているのを確認する。


「きっ、斬った……!? にわかには信じられませんが、認めざるを得ないようですねえ」


「最後に言ってたぞ、『俺の殺人を分かってくれるのは相棒パートナーのレグルスだけだ』って」


 すると突然、レグルスはその場で笑いこけ出してしまった。


「分かるわけないじゃないですか、気持ち悪い。あんなの、ただのご機嫌取りですよ。まあ丁度良かったです、そろそろ潮時だと思っていた頃なんですよお〜!!」


 レグルスの笑いは、味方の死を心から喜んでいるように見えて物凄く不気味だ。


「いいですよ。どのみち、どう転んでもビビアールに負けはありませんからね、張っている予防線の数が違うんですよお!!」


『指揮のエンブレム(A)』

『《アクティブ》【ラコンツェルト】: 味方全員の防御力を底上げする(三分)』


『飛龍の心音(A+)』

『《アクティブ》【心音の息吹いぶき】: 味方全員に攻撃無効を付与する(一回)』


福音ふくいんのガントレット(A)』

『《アクティブ》【新羅しんらの波動】: 味方に一定時間自動回復効果アップを付与(五分)」


 どうやらクールタイムを考慮して、様々な効果付与スキルを取っ替え引っ替えに発動させているようだ。


 道路の両端からは、次々にバフのかかったザリオーネの団員たちが攻めてくる。タフすぎて、全然数が減っていく見込みもない。


「そして仕上げの『花毒かどくの錠剤』、これは裏取引、密売で入手したドーピングアイテムでねえ、使用すると一時的に”狂乱”状態になるんですよお〜!!」


(”補助”と”強化”と”回復”に、ドーピングまで使ってるのかよ……!)


「どうも、ヌチアルレギオンもあなたが倒したみたいじゃないですかあ。でも二度はありませんよ、観念して下さい」


 それになんだこの違和感は、数が減らないにも限度がある。減らないというより、むしろどんどん勢いが増している気さえする。


「お気づきですか。はい、僕たちはただ闇雲やみくもに暴れているわけじゃありません。この陣形は計算されたフォーメーションで、あなた達はもうその術中なんですよ」


 そうだ、フォーメーションだ。囲まれているだけじゃない、この陣形の全容には一定の流れを感じる。


「ザリオーネの団員は平均レベルが高く、装備も充実している。だから、耐久戦法をとらせてやれば中途半端なレベリングじゃ通用しない”弱者狩り装置”が完成するんです!!」


 分かった、自動回復だ。戦闘要員の自動回復を狙って、順番待ちしながら一定の間隔で戦闘要員を送っているんだ。


「それじゃあこの弱者狩り・半永久機関耐久戦法は、HPヒットポイント無限たらいまわし戦法とでも名付けましょうかねえ〜!!」


 こんなの、まともな人間の普通の思考で考えつくような作戦じゃない。馬鹿げている、プレイヤーには痛覚だってあるんだぞ。


「……ドーピングとか、感覚麻痺まひってんのか。それにこんな捨て身の戦術、お前は仲間のことをなんだと思ってんだ?」


手駒てごま。赤の他人が苦しもうと、どうなろうと知ったこっちゃないですね」


 俺は、レグルスの補助スキルを止めようと攻撃姿勢をとるが。


「斬ってみろよ、斬れるもんならねえ!!」


 ニヒリと笑うレグルスのローブの内側には、大量の爆弾が仕込まれていた。あいつとは、比べ物にならないほど大量に。


(流行ってんのかよ、それ。本当どれだけ用意周到なんだよ、こいつもこいつで相当に狂ってやがる……!)


「どうだい、絶対に勝てないいくさを仕掛けられた気分は〜!?」

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