第32話 レギオン乱戦④支配と共存

 ——その一方、空木蒼うつろぎそらは焦っていた。


「みんな、遅くなってすまない!!」


 ようやくグローチスに到着、見慣れた顔ぶれが並んでいて少し安心した。団員は叫ぶ。


「特攻隊長……!! ビビアールレギオンの奴らがいきなり乗り込んで来たんだ。全然進行が止まらない、増援の迎撃を頼む……!」


 レギオンである高校の敷地内、辺りを見渡すと団員がちらほら倒れている。


「そうか、やっぱり俺があの時ビビアールの団員に手を出してしまったせいで……」


 副長のキレーナは軍服マントをひらつかせ、『冷結の長剣』で薙ぎ払いながら俺に。


「思い詰めるな、これは蒼のせいじゃない。近頃辺りの戦闘が激化してたんだ、皆もいずれはココも危ないと思っていたさ」


 納得はしきれない。でも少しは罪悪感も和らいだ、ありがとうキレーナさん。


(そうだ、夏は……!!)


 温かい、手は握られた。迫り来る不安の中、一目散に抱きつきに来たのは。


「もうっ、遅いよ蒼君……!」


 そこには、元気な夏の姿があった。俺はホッとため息を漏らして、気弱な声を上げて。


「夏、夏なんだな……!!」


「うん、それ以外の何に見えるってのさ、蒼君……!」


 夏は俺以上に泣きそうな顔で更にぎゅっと抱きついてくるので、参ってしまう。


「もしかしたら、もう帰って来ないんじゃないかと思った……」


 俺は夏の頭に手をポンと乗せて、強気な姿勢を保った。


「ごめんな、心配かけて。でももう大丈夫だ、俺あれからまためっちゃ進展したんだぞ。見てくれよ、ほらこの装備だって———」


 気を引き締めて明るめの調子に戻ると、夏も安心してくれたようで。


「うん、信じてたよ、蒼君言ったもんね。絶対に死なないって……!」


 足音は近づく。それは軍団なのか、奥の方が見えないくらい大勢だ。


 ヤクザのおかしらのようないかつい筋肉質の男と、占い師のようなローブ装備の顔色が悪い男の二人組を先頭としていた。


「おいおい、戦闘中に何見せつけてちゃってくれてんのかなあ。これだから天然ボケした穏健派グリーンカラーは嫌いなんですよねえ〜」


「おいレグルス、まだ暴れちゃだめか。なあもういいよなあ、血祭りを始めても!!」


 レグルスという男は振り返り、ヴァスカに小声で言い聞かせながら。


「もうちょっと待ってて下さいねえ、ヴァスカさん……!」


「というか今更だけどさあ、グローチスとかいう無名雑魚レギオンに、こんな大きな戦力割く必要あんのかよ?」


「いやあ、それがそういうわけにもいかないんですよお。どうやらこのレギオンには一人、厄介な曲者くせものがいるらしいので」


 もう一度前を向いたレグルスの目線は揺れ、一発で俺の方を見定めた。


「ええっと、あなたが空木蒼うつろぎそらですね……?」


「——ああ、そうだが」


「やっぱりビンゴでしたかあ。はい、標的はコイツです。残念なお知らせですが、あなた方には今から抹殺されてもらいまーす」


「たった今から、この区域一帯の全てはビビアールの支配下です」


「残念でしたねえ、今回ビビアールが占領されるのも、ただの気まぐれみたいなものです。恨むなら自分たちの運を恨んで下さいね」


 ほんとに、次から次へと後を絶たないな。ビビアールは、一体何と戦っているんだ。


 しかしこんな集中攻撃はあまりに酷くないか、こんなやり方がここでは常識なのかよ。


「そんなこと、特攻隊長の俺が許すと思ったか。返り討ちだ、完封かんぷうしてやるよ」


「そう言うと思いました、でも無駄ですよ。なんたって今回はAランク、ザリオーネの方々にも増援に来てもらってますからねえ!」


 そういうレグルスの背後には、五十人ほどの集団が集まっていた。


「ご無沙汰じゃねえか、特攻隊長さんよお。あの時はよくもやってくれたなあッ!」


「……ああ、鍛冶屋の時の」


「さあて、あんたのレギオンのお仲間さんたちをどう痛めつけてやろうかなあッ?」


 雲行きが怪しくなってきた、俺たちの疲労は蓄積している。そんな中でこいつらは意気込み十分、やる気満々のご様子だ。


「一応ヌチアルレギオンとも手を組んでいたのですが、やられてしまったのなら仕方ない。どうせ捨て駒ですからねえ……!」


「裏交渉って奴だよ、交友関係は大事だからねえ。あんたら穏健派おバカちゃんと違ってちゃんと情報収集、事前準備を怠らないんだよお」


(裏切る前提の交渉ってか、それで交友関係とは笑えないな。)


「全国自動集計ランキング十二位&二十一位対、三十二位の戦い。どうですか、これでもまだ余裕でいられますかあ?」


 戦力だけじゃない。完全に数的不利、俺はここまで警戒されていたということか。それとも、単にこいつの警戒心が強いのか。


 どちらにせよ、俺がやるべきことは一つ。この戦力差を埋める勝利の鍵ヒーローになることだ。


「なあ、そろそろおっ始めてもいいよなあ。なあなあなあなあなあッ!!」


「いいですよヴァスカさん。どうぞ、存分に暴れ散らかしちゃって下さいねえ〜!!」


「おうよ、やっぱ人を殺してこそのゲームだよなあ。お前もそう思うだろ……!」


「そうですねえ。ここでは、人の殺し合いが起こるのが必然アンド必須ですからねえ」


「うんうん、殺しは大切。相変わらず、レグルスが言ってる事には信憑性があるなあ!!」



……………………………………………………



「グラント、お前はなぜあの時、この団を抜けたりしたんだ。昔はみんなで一緒に戦った仲じゃないか、それなのにどうして!!」


『白馬の銃剣』の特殊スキル『ホーリーグラウリング(輝圧爆)』は盲目効果付与の高圧波動爆撃の剣。


「俺は昔から嫌いだったんだよスナッグ、お前のその甘ったれたやり方が!!」


「昔からそうだ。人助け、思いやり、馴れ合い。お前がそんなんだから、いつまで経ってもこのゲームがクリア出来ないんだよ!!」


『破壊の鉄拳』の特殊スキル『ラウンドブレイク(乱爆)』は、拳の連続爆裂打撃。


「ここは協力型rpg に見せかけて実際は、なんでもありのサバイバルゲームなんだ。この世界では、目に見えるもの全てが敵なんだよ」


「だから俺は、あらゆる手段をもって、全てを支配する道を行くと決めた。少しでも利用価値が無くなったら切り捨てるし、少しでも相手が隙を見せたら誰であろうと狩る」


「今も他レギオンの交渉相手、いや手駒てごま共は俺の人脈を信じて戦っているよ。どうやら俺は、人を操る才にけているみたいだ」


「もう、俺が全て終わらせてやるよ。Sランクだかなんだか知らないが、それも全て裏をかいて利用してやればいい」


「今の俺ならやれる、お前は黙って見てろ。お前らみたいな足手まといは全員、勝手に死んで養分になるのがお似合いだ!!」


 スナッグ総長は、グラントの顔を真剣な眼差まなざしで見つめた。


「グラント、お前はいつからこんな風に変わってしまったんだ……!」


 鉄拳に、かすれる銃剣のぎ。この相性で互角に渡り合えるのは、スナッグ総長がグラントよりも戦闘において一枚上手うわてだからだ。


「お前も、いつまでもぬるま湯に浸かってないで早く現実を見ろよ!!」


「違う、現実から目を背けたのはお前の方だ。何がお前をそこまで変えた!!」


「だから俺にとっちゃあ、もう他プレイヤーなんてただの戦力。全部使い捨ての手駒てごまにしか過ぎないんだよ!!」


 ワンテンポ置いて、ワントーン下げた声でなげかけたのは。


「それは、アリナも含まれるのか……?」


「なぜ、今その名前をっ!!」


「お前が愛していたアリナがグリシアレギオンの奴に…殺られた時、お前は何も出来なかった。その事を強く悔いているんだろ?」


「うるせえっ……!」


「あんなにも他人思いだったお前が、なぜここまで落ちぶれてしまった!」


「うるせえ、うるせえうるせえっ!!」


 爆発的な葛藤は巻き起こる、かつての記憶と怒りの狭間はざまで揺れ動く感情は。


〜〜〜〜


 暗い世界、この世界にはモンスターがいて、夜には人を襲う影もいる。


 ここでの生活はやっぱり辛いけど、俺にはちゃんと生きる理由があった。


 堤防ていぼうの坂に寝転び見上げる昼の夜空は、他のどんな絶景より輝いて見えた。隣には恋人がいて、はっきりと未来を思い描いている。


「好きだ、アリナ。俺は本気でアリナのことを思っている、もし現実世界で出会っても、また絶対に好きになる!!」


「嬉しいです、私もグラント君とおんなじ気持ちだよ。でも私怖いよ、早く元の世界に帰りたい。私、死にたくないよ。早く、こんな辛い世界は終わって欲しいよ……」


「そうだな。だったらこんなゲーム、さっさと終わらせてやろう! 俺たちの手で、終わらせるんだ。そして、今度は二人で暮らそう、本来出会うべき現実の世界で———」


「そうだね、きっと上手くいくよ。私は信じるよ、この夢は絶対に叶うって」


 恋人を守るんだと心に決めて、行くあてもなくゲームクリアを追い求め続けた。でも。


 ——そんな希望は、ほんの一瞬にして奪われた。


 ほんの一瞬の出来事だったんだ。何をしたわけでもない。ただ普通に、いつものように街を探索していただけだ。


 はるか上空から見下ろす冷え切った目、神経を逆撫さかなでするような生暖かい声。


 今も目に焼き付いて離れない。グリシアレギオンの飛竜使いドラゴンテイマーむちを打って、うろこの刃が、アリナの心臓を貫く瞬間が。


 俺は涙を流して叫び上がった、あの時のあいつは何て言っていたっけ。そうだ。


『弱いから死んだんだ。君は、弱いからその子を守れなかった。ただそれだけの話さ』


 知ってしまった。この世界は奪い合い、蹴落とし合うことがごく普通にまかり通っていて、大切なものを奪われることに悔やんでいる余裕すらもないということを。


 ——そうか、弱いから駄目なんだ。


 弱いから狩られて、弱いから好き勝手にもてあそばれて、弱いから奪われる。


 ——弱いものには、大切な物を守る資格さえ与えられないんだ。


 だから俺はなり変わってやる。弱者から強者へ、奪われるものから奪うものへ、あやつられるものから操るものへ。


〜〜〜〜


「もう俺には何も残ってないんだ、もうどうしようもないんだよ……だから俺から大切なものを奪った奴らもろとも、全部めちゃくちゃにしてやらないと気が済まねえんだ!!」


「……こんなやり方を、アリナが望んでいると思うのか!!」


 スナッグは痛ましかった。旧友に、かつての悲劇を呼び起こさせることが。でも、ここで妥協する訳にもいかなかった。


「……もう、誰も信じられないんだ」


 守るもの一つない者が、世界の全てを敵に回している姿は、見るにえないものだ。


「そうやって全てを疑って、誰も信じなくなった先に、何が残るっていうんだ……!」


「……残るさ、ゲームクリアという事実と。俺に狩られるクソ野郎どもの悲鳴が———」


「そんなことのためにお前は……関係ない人にまで不幸を振りいて、自分を傷つけて、アリナの思いまで踏みにじるのか……!!」


「うるせえ、うるせえよ。こんな無意味な戦いをするべきでないなんて事、俺も分かってる。でも、やらなきゃ殺られるんだよ!!」


 この世界に来たものは全員、効率の奴隷になるか、恐怖のうずまれるか、虚無感にさいなまれるしか道はないのだろうか。


「早く終わらせなくちゃいけないのに。こんなやり方じゃあ、いつまで経ってもこのゲームはクリアできねえぞ……」


「だからこそ探すんだろ。皆で力を合わせて、ゲームクリアの方法を探すんだろ!!」


 これが、攻略派レッドカラー穏健派グリーンカラーの縮図だ。


「いや、この世界では全てが敵だ。先にやらないと全部奪われてしまう。平穏も、恋人も、そして最後にはこの命までもが!!」


 支配のグラントに、共存のスナッグ。


「早く目を覚ませ、確かにゲームクリアには何の手がかりも見つかっちゃいないが。確かに希望はあるんだよ!!」


 ——僕は、知っている。


「——いるんだよ。ただ一人、このゲームを終わらせられるかもしれない少年が」



……………………………………………………

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