第31話 レギオン乱戦③人狩りの拳

 一瞬の間が空き、隊長の腕は上げられた。構えられた銃は全て、降ろされる。


「嘘だろ、こんな化け物がいるなんて聞いてないぞっ!? 今回はもう撤収だ。撤収、撤収ゥゥゥ〜!!」


 ヌチアルレギオンの奴らは、ガボアを先頭としてバタバタと電車へと逃げ込んだ。死者や気絶した団員は踏み越し、置き去りだ。


「お前は生きてたら後々厄介になる。この乱戦に紛れて、死んじまえばいいさっ!!」


 隊長のガボアは、電車の窓から捨て台詞を吐いて去っていった。


 ——ドクン。


「そうか、これは俺がやったんだな」


 この戦いで数名、死者が出た。他でもない、俺がこの手でやったんだ。


 この緊急事態に、最悪な状況。もちろん意図はなかった、けどこれは現実だ。


 鼓動が苦しいほど全身に響きわたり、呼吸は痛いほどに荒ぶる。


 俺は今、仲間たちの命を天秤てんびんにかけて、こいつらの”死” を選択したんだ。


(いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。早く行かないと……!)


「おい、大丈夫か二人とも!!」


 きつく締められた縄を順番に解くが、特にユーミアは不安そうな顔をしている。


「蒼さん、さっきのは一体……?」


「今はそんなのどうでもいい、グローチスが危ないんだろ、早く向かうぞ!!」


「待ってください、リミスさんが……!」


 どうやらリミスは流れ弾を食らってしまったようで、血を流していた。


「分かった、乗れ……!」


 俺は、リミスを抱えて走り出す。


「ひゃっ、これは何事デスか〜! 変な持ち方するのやめて下さいよ〜!!」


「そんだけ喋れる元気があるなら大丈夫そうだな。少し飛ばすけど、我慢してくれよ」


 駆け足の道中、また良からぬものに出会ってしまった。目の前には立ちはだかるのは、第二の刺客しかくって所か。


「おうおう、聞いてた通りだぜ。あの時は、よくやってくれたじゃないか……!」


 前と同じ黒制服姿。今回は一人、ナイフを持ってのご登場みたいだ。


「お前は、あの時の唾吐き男……!!」


 ユーミアには、リミスを抱っこして先にグローチスの拠点へ向かってもらった。


 息を整える暇もなく男は急接近、双剣とナイフが弾け合う音が響く。


「おい、どういうつもりだ……?」


「——まあゴリ押しだよな、結局は先手必勝だ。お前には賞金、いや報酬がかけられてんだよ。いい機会だ、俺がボコしてやんよ」


「俺は先を急がなくちゃならないんだ、早くそこをどけ……!」


 男は『パワーカプセル』を飲み込み、足装備の『ロケットブーツ』に火をつけ加速。


「行かせねえよ!!」


 えげつない迫力、これは完全に殺しにかかってきている。内ポケットからナイフを次々出して詰め寄って、斬り込んでくる。


(まったく、どいつもこいつも、なんでこんな時に……!)


 俺は何度も、なんとかギリギリの所で双剣を振って対応。何度も防いでいるうちに、だんだん慣れてきた。


「モブが、しゃしゃってんじゃねえぞ」


 あの神社の時のこと、まだ根に持っているのか。元々、悪いのはお前じゃないか。


 間髪入れずに何度も打ち込んでくる、まさかここまで恨みを買っていたとは。


「よし、当たり判定〜♪」


 完全に避けたと思った斬撃は、この身体を切り裂いていた。危険を感じた俺は、さらに神経を研ぎ澄ませて反撃に出る。


「——よっ、カウンターヒット! ピヨったな。はいっ、キャンセル!!」


 こいつの動きは何か気持ち悪い、どうにも上手く行動させてくれない。


「余裕余裕〜、あの時はいきなりだったから対応出来なかったけど。お前やっぱただの雑魚じゃん、ゲームのセンスないよ」


 何度も双剣を振るうが、手応えが全くない。完全に遊ばれているようだ。


「はいゴミゴミゴミ〜、お前みたいな初心者は、意味わかんない行動で相手の不意をつくくらいしか脳がねえんだなあ!」


 時々蹴りもテンポ良く刻み込んでくるので、とにかく厄介。


「なあなあお前、グラントたちの元に向かうんだろ。そんな下手くそなキャラコンじゃあ、俺にすら勝てないぞお!!」


 確かにこいつの動きは洗練されている。下手に動くこともできないし無駄な動きだってない、技術を感じる行動”パターン”だ。


「俺は嫌いなんだよ、お前みたいな小物の癖に調子乗ってるモブ野郎がよ!!」


 ——でも、欠点はある。


【ソニックブレイブ】

【リボルブショット】


「だから、そんなの効かねえっ……て?」


 紺碧こんぺきの剣の右手から繰り出す(波斬)のモーションに隠して放つ、蒼剣の(弾突)は。


「残念だが、今この戦場で最もモブを演じることになるのは、お前だ」


 たった一発にして、男を行動不能にした。


「——二連続スキルなんて……聞いたことねえよ……!」


「知ってっか、喧嘩売った方もあれだが、いつまでも売られた喧嘩につっかかってムキになってる方が、よっぽど小物臭いぞ」


 諦めたと思ったその瞬間、男は自分の服をピラッとめくって中身を見せながら笑う。


「——アイテム調合のプラス値マックス。最後の切り札、自爆でーす!!」


 中には、大量の爆弾が仕込まれていた。


「お前、死ぬ気か……!?」


「——残念だったな、『プロテクション』でギリ耐えるんだわ」


 この計画はしっかりと想定内だった。もう爆発寸前、くことは無理だ。


「——ご愁傷しゅうしょう様あ!!」


 ピンチはチャンスとまでは言わないが、俺にはピンチを踏み台にする力がある。


【スクエアコンティニュアム】


 爆破前に、双剣は目に見えないほどのスピードで往復を繰り返した。一瞬の十二連斬、爆弾はみな一斉に起爆せず切断された。


「意味わかんない行動で相手の不意をつくって、こういうことかな……?」


 男は、地面に尻餅しりもちをついて震える。


「命を軽く見てんじゃねえ。ここはゲームじゃないんだよ、少しは頭を冷やせ」


「——まて、待てよ。おいって、くそっ、なんだよこのクソゲー!!」


「お前はここで自動回復でもしてろ、弱った所を悪い奴に発見されないといいな」



……………………………………………………

 


「おうおうおう、瞬殺瞬殺〜、格好の狩場じゃねえか!!」


「はい一匹〜、もう一匹ィィ〜! やっぱり楽しいなあ、人殺しってのはなあ!!」


 廃ビル。オッサムレギオンの仮拠点内、”人狩り”のヴァスカは殴る。『ブラッディナックル』は赤く血塗られてゆく度に勢いを増す。


「やる相手には、最大限の敬意を払ってやらねえとなあ。刃物は使わず、少しでも苦しむようにぶっ壊してやるからなあ!!」


「ほんなら次いっちゃうかあ♪ はいまた一匹〜、ほらまた一匹ッ!!」


 血を浴びることに喜びを感じる変態は、暴れ回る凶悪犯罪者の鏡。


「ああ、やめられない、止まらないッ!! ああ、ほんと人狩りは気持ちいいなあ、ドーパミンがドブドブだぜ!!」


「ピンピンに生きてる人間をひとなぶりで、べちゃくそにしてやるときの脳汁が弾け飛ぶ快感言ったら、もう最高ッだな!!」


 震え上がる恐怖、地獄の追いかけっこ、断末魔だんまつまの叫び、順番に途絶えていく魂。


「——うわあああああ!!」


「——何で、お前らは、俺たちの仲間じゃなかったのかよ!?」


「悪いな、状況が変わっちまったんだわ。これはグラントの要望だ。最も、俺の願望でもあるがなあ!!」


 ヴァスカの後ろにはレグルス、占い師のような格好をした詐欺師が隠れていた。


「自覚して下さい、もうあなた達は用済みなんですよお〜!!」


〜〜〜〜


 ——俺は、元の世界で凶悪殺人犯だった。


 殺す理由は怒り、憎しみ、そのどちらでもない。ただ殺したかったんだ。


 世の中は、つまらない殺人事件で溢れかえっている。報復、強盗、泥酔、殺し屋?


 そんなのはどれもお遊びだ。殺人が目的じゃない殺人なんて、本物の殺人じゃない。


 多分、世界一殺しを愛している奴と聞かれたら俺になるんだろう。それくらいには、殺しが好きでいる自信があった。


 だからあの世界は、本当につまらなかったよ。ちょっと通りがかった奴を殴っただけで、罪人扱いだぜ?


 分かんねえよ、皆狂ってやがる。たかが殴ったくらいでムキになりやがって、頭狂ってんのかって思ったよ。


 だってさあ、無性に殴りたくなることぐらい絶対、誰にだってあるだろ。


 そんな当然の権利さえ迫害され続けて、気づけばムショの中。殺しのない生活、もう人生には何の希望もないと思ったよ。


 ——そんな時だった、俺がこの世界に転移したのは。


 でもここならやりたい放題、どれだけ人殺そうがおとがめ無しだ。


 ここには無意味な法律も、つまんねえ倫理感もねえ。ここでは頭の悪い常識も、気色の悪い道徳も、窮屈で窮屈で仕方のない秩序もいらねえんだ。


 俺は理解した。ここは、俺が待ち望んだ理想郷。俺のために用意された最高の独壇場どくだんじょうって事をなあ!!

 

〜〜〜〜


「やれやれ、もう終わっちまったのかよ。歯ごたえねえなあ……!」


 そう、”人狩り”のヴァスカは現在ビビアールの臨時メンバーとして乱戦に参加中。狩る為だけに生きる、その生き様はまるで傭兵。


「相変わらず派手ですねえ、ヴァスカさんは……!」


「(まあ、ヴァスカさんには暴れるだけ暴れてもらった方がこちらとしても好都合ですけどねえ〜!!)」


 肉壁を前にレグルスは嘲笑っていた、この殺人狂の武器としての利用価値にすがって。


〜〜〜〜


 僕は、いつも周りの皆から嫌われていた。ひねくれてる、顔が気持ち悪い。顔に覇気がない、生理的に無理。


 みんなして僕にばっかり、何でそんな悪口ばかりを振りかざすのさ。“顔がみにくい”ってだけでよくもまあ、こんなに言えたもんだ。


 僕はいつも嘆いていた。”顔よりも中身が大事”だなんていう言葉の無責任さに。


 違うんだよ、顔が悪ければ自然と人が去って行く。人が去って行くから、どんどん自信も無くなって、中身も悪くなっていくんだ。


 だから僕は結局、何をどうしたって嫌われ者体質なんだ。


 ——でも、この体質にはたった一つだけ利点がある。


 そうだ。この圧倒的なみにくさを、武器にしてしまえばいい。そう思い始めてから、自分の醜い顔が欠点じゃなくなった。


 キャラメイク時も、元の顔に負けないほどのブサイクな顔にしてやったよ。


 標的は自分より顔立ちが整っている人間。ああにくい、あいつらは一目見ただけで僕を格下だと判断して、甘く見る。


 だから、だからこそ簡単につけ入ることができるんですよお……!!


 嫌われ者を武器にして、相手の懐に潜り込むだましの交渉術。こんなプレイスタイルの僕はさながら詐欺師って所ですかね。


 今もウチのリーダーのグラントは、僕の交渉術を信じきってるだろうよ。でもこっちは違いますよお。なぜなら、もう蹴落とす準備は出来てますからねえ!!


〜〜〜〜


「でも、ヌチアルの奴ら負けちまったんだな。ヌチアルとオッサムを互いにしのぎ合わせて、最終的に俺たちが奪うって魂胆こんたんが、おじゃんじゃねえか!!」


「……よく、分かってるじゃないですかあ」


「当たり前よ、グラントは殺しの機会を与えてくれてんだ、そのご意向を最大限くみ取った上で殺るのがせめてもの礼儀だろ?」


「それで、向こうは大丈夫なのか?」


「……まあ、計画が少し狂っただけのことですよ。オッサムレギオンの奴らもあらかた片付きましたし、本隊と合流しましょうか」

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