第26話 狩猟人の朝は早い

 ——そんなわけで、また暗い朝が来る。


 早朝、俺は黙ってシャストンレギオンこと美容室を飛び出した。


「あれ、出て行くんですか……?」


 こっそり出るつもりだったが、起こしてしまったか。クレスの片目は髪の毛で隠れているが、心配してくれているのが分かった。


「ああ。ようやく準備も整った事だし、初仕事って所だ。せっかくいい武器を作ってもらうんだから、俺も頑張らなくちゃ」


「そうですか、お気をつけて。それとここら辺は足場も不安定なので、足元には注意してくださいね……!」


「了解。ある程度区切りがついたら帰ってくるって、ドレイフさんに伝えておいてくれ」


 そう言って立ち去る駆け足、軽快な足取りは風を切ってゆく。


 モンスター分布図(中)を手にした今、ようやく自由なスポット巡回じゅんかいが可能となった。これは、初レベリングのチャンス。


 レベル上げもしつつ、あわよくば素材アイテムのかさ増しができたらという考えだ。


「とりあえず、ルートを決めるか。たぶん今日中に回れるのは、この二カ所だな」


 やはり、分布図(小)より可能索敵さくてき範囲がかなり広い。半径10km圏内だったのが、一気に半径100km圏内まで見えるようになった。


 分布図が赤く光っている点が強敵モンスターのスポット、つまりポップ地点だ。


 この分布図には中型〜大型に分類されるモンスターのポップ地点だけがマークされている、だからこんなにも表示数が少ない。


 スポットの密度は高くないが、ここまで山奥なら他のプレイヤーに先を越されることもおそらく無いと見た。


 山のうねった一本道を進み、ガタガタの坂道を登って、川越え山越え谷を越え。四十八時間分の六時間ほどを走り、ようやく一つ目のスポットに到着。


 山脈に囲まれた高原。ゴツゴツした岩の足場の間で、わさわさと草は風になびく。


 風は急激に荒ぶり始める。草は暴れ、髪の毛は上昇気流に飲まれる。


 正直、分布図からはポップモンスターの正確なレベルや個体名の判別はつかない。


 だから作戦は行き当たりばったり、危険だと思ったらあきらめて次の地点に進む。


『ブリーズバード』

『Lv.43』


「まあ、こいつはバリバリ狩猟しゅりょうの対象だよな……!!」


 一人で戦えば、獲得経験値も分散しない。こんな少しのレベル差で、みすみす伸びしろを逃すわけがないだろ。


「こんにちは〜!!」


 ブリーズバードが両翼を広げると同時に鋭い羽が大量に飛ばされ、地面に突き刺さる。


【スライスカット】


 鋭い羽の雨は降り注ぐ。雨は追い風によって更に勢いを増すが、この剣先の描く軌道はそれ以上にきめ細やかで。


 助走の構え、前進。水色のオーラはじわじわと剣に染み、羽を細かく切り裂いてゆく。


『ウィンドブラスト』の大技表記は、チャージ時間無しだった。その両翼からは強圧の台風、生い茂る草木は一瞬にして禿げ上がる。


「そんじゃ、さようなら……!!」


『スキルが進化しました:[サイクロン→ネオサイクロン(new!!)]』


 全身の骨は、きしみ上がっている。


 ギアのジョイントを回すような全身の関節移動、折り返し。その剣舞から生まれる暴風は台風に勝り、100m先の山まで貫通した。


 スキル発動後、背中からは飛行機雲のような煙が後を引く。


『ドロップ:強固な羽』


「うーん、こりゃハズレかな。それはそうとさっきのは……ステータス確認しておくか」


〔ステータス〕

空木蒼うつろぎそら Lv.38

〈装備〉

E 聖騎士の長剣/E 修復の手袋/E 幸運のブローチ

〈スキル〉

スラッシュ/アッパー/スライス/レイピア/グリンドバイス/アイアンウォール/スピニングレイド/ネオサイクロン/リバースインパクト/リバースリフレイン/スライスカット/ブレイクスルー/殺戮の宴/?????


「オッケーやっぱり、スキルが進化してる。でもまだまだ、こんなもんじゃあ足りないよな。もっと早く、強くならないと……!」


 道中、リス系雑魚モンスターを一振り。相変わらず、雑魚の出現頻度がボスと大差ない事に違和感を覚える。


「まあ、あんまり低レベルの奴を狩っても仕方ないっちゃ仕方ないんだが。レアドロップもしないし」


 次のスポットに到着。河原には砂利が敷き詰められ、川はじゃばじゃばと音を立てながら流れている。


『ハーフ-フィッシュマン』

『Lv.42』


【トライデントショック】


 いきなり溜めなしの大技みたいだ。半魚人は凄腕、三つまたから網目状の放電、前方約九方向に分散する。


 三つの支柱のそれぞれから分岐する放電の網目は、さながら木の枝。


【ブレイクスルー】


 ゴリ押しだ。透明な結界だろうと電気の包囲網だろうと、この跳躍突撃は貫通する。


【デストロイ】


 次に、高速薙ぎ払い状態の三つ叉の先端から図体までを一括に破壊させる剣。内臓は破裂、体はボロボロと崩れさっていった。


『レベルアップしました』

『ドロップ:魚人の鱗』


 やっぱり、そう上手くもいかないか。お目当てのオーブはボスから一定確率でドロップするのだが、なかなかのレア物。


 でもその分、オーブで付与できる特殊効果は期待できそうだ。


「まあ、これで今日は退散って事で」


 分布図を見ても次のスポットはかなり遠かったので、日が暮れて影が出現してしまう前に引き返すことにした。


 ——その頃、シャストンレギオンでは。


「ちわーす、また来てやったぜえ。久方ひさかたぶりだなあ!! なんだなんだあ、また色んな武器溜め込んでるじゃねえか!!」


 ドレイフさんを押し退けてレギオンの拠点、美容室の鍛冶屋に入り込む男三人に。


「あんたらもしつけえな、毎度毎度よくりずにやって来るもんだ……!」


「……いやあ、今日はちょっといつもとワケが違うんですわあ」


「ああん、どういう事だ?」


「……今日はなあ、取引じゃないんだわ。今回は、大事な交渉を持ちかけに来たんだよ」


「言ってみろ、どうせくだらな———」


「……今日からお前らは、ザリオーネの支配下に入れ。これは上の決定だ、お前らにはウチの専属鍛冶職人として働いてもらう」


 突然の訪問にドレイフは瞬時に理解した。これは交渉じゃない、勧告だと。


「何度も言ってるだろ、お前らのために武器を作るつもりは更々さらさら無いってな……!」


 ザリオーネの下っ端三人組は、ゲラゲラと笑っている。


「そーんな、釣れないこと言うなよお。俺たちは誰にも使われない装備たちを、有効活用してやろうってんだぜ?」


「お前らシャストンレギオンが作る武器はどれも高性能なんだよ、お前らが協力してくれさえすれば、ザリオーネは最強になれる」


 しかしドレイフは、そう簡単に信念を曲げるはずもなかった。


「ふん、死んでも嫌だね。テメエらみたいな装備を性能でしか見れない奴に、作るモンなんて一つもねえよ!!」


 その声は響かなかった、ザリオーネの三人組は棚の上の装備品に手をかけ始めた。


「そんなに嫌なら、力ずくで奪うまでだなあ。お前ら、準備はいいか。ついでに貰えるもんも全部かっさらってくぞ!!」


「……おい、やめろ。あっしの大事な作品に指一本でも触れてみろ———」


 二人が装備品を漁っている中、三人組のもう一人はドレイフに斧を振りかざした。


「触れたら何だってえ? 第一お前らは管理が甘すぎるんだよ。そんなに大事なものなら、持ち物ポーチにでしまっておけよ!!」


「……ふざけるな、どう考えても、お前らがおかしいだろ。店に物を展示しておくだけで、それが当たり前のように奪われる。そんなことが、正当化されてたまるかよ!!」


 ドレイフは持ち前の鍛冶スキルで作り上げた武器を持ち物ポーチから取り出して防御するが、どれも一発で弾き飛ばされてしまう。


「さあて、そんな武器の使い方で、いつまで持つかなあ。その貯蔵が尽きた時が、お前らの運の尽きだ」


「喜べ、お前らには今日からザリオーネレギオンの元で効率的生産、永遠に武器製作させてやるよ。戦力増強のかてとなれ!!」


 武器の貯蔵は無くなった。ドレイフは怒る、自身の行く道をけがす者が許せないんだ。


「なんだあ、まだ一つあるじゃないか。その腰に付けてるヤツ。おい、その武器も寄越せ」


 ドレイフは、必死に武器を抱き抱えて守る。突き飛ばされて、何度も蹴られても、その手をどけない。


「ここにあるのは全部、あっしの命と同じくらい大事なモンだ。これはその中でも一番の最高傑作、お前らみたいないけ好かない野郎には、絶対に渡してやんねえよ!!」


 お付きのジェイドとクレスは慌てて荷物をまとめ、完全に逃げ腰状態でいた。


「無理だっ、無理ですよ姉御。こいつらに敵うはずがありません、とにかく早く逃げましょうよ姉御!!」


 しかし彼女の目にはまだ、灯火が揺らいでいた。それは消えることのない信念。


「……逃げたきゃ、勝手に逃げろよ。ただしそれは、お前らの中に、鍛冶職人の血が流れていないと言うのならなあ!!」


「あっしは人に指図さしずされて作るなんて絶対に嫌だ、ましてやこんな奴らの言いなりなんてもってのほか、絶対にゴメンだね」


「鍛冶屋の仕事、あたしゃあこれさえ自由に出来れば、他は何でも良いんだよ!!」


「この世界でもあの世界でも、人生は一度っきりしかねえんだ。だから、この人生の邪魔をする奴は、誰であろうと許さねえ!!」


 ——狩りからの帰還。


 俺はちょうどその時、心の底から張り上げられた魂の叫びをの当たりにした。


(どうやらこれは、お客さんって訳でも無さそうだな……!)

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