遠征へGO

第25話 山奥の鍛冶屋

 ——翌朝。


 指導役のキレーナは、ここまで見送りに付いてきた。ここは裏庭の裏口の先、ワープゲートの所在地である倉庫の前。


「ゲートの使い方は分かるか……?」


「……ああ、レクチャー済みだ。到着地点を決定すればいいんだろ?」


 ゲートはどこでも瞬間移動できるという優れものではあるが、各レギオンの区域テリトリー内には直接移動できない仕様らしい。


 それに、各ゲート所在地の情報は出回ってない為、帰りは普通に大変。どうやら万能というわけでもなさそうだ。


 メタリックな骨組みに、包まれるのは青いベールの境界面。ボタンを選択してタッチすると、ワープゲートの機内は青白く光る。


(スナッグ総長になら、安心して夏を任せられる。他のみんなも夏に優しくしてくれるし、きっと俺が居なくても大丈夫さ。) 


「……行かせちゃってよかったんですか、今まであれだけ彼の昇格を先延ばしにしていたのになぜ急に今になって?」


「——ああ、惜しいことをしちゃったかな。でも、これでも引き留めすぎたくらいさ。これ以上無理に縛り付けるのも良くないよ」


「——流石に、彼はちょっと焦り過ぎていたから、少し頭を冷やして欲しかったんだ。そら君はグローチスの期待の星なんだ、そう簡単に他所よそで死なれたら困るからね」


「……まったく、少し寂しくなるじゃないか。まあどうせ、またすぐ帰ってきますよ」


「——だと良いんだけどね」



……………………………………………………



 青白い光の眩しさに視界は飲まれ、目を開けた時には既に山の中だった。


「おお、ほんとにワープすんじゃん……!」


 そう、指定到着地点は長野県、いわゆる日本アルプスの辺りだった。


 山の中に整備された一本道をずっと歩いていくと、そこには小さな村が見えた。


「えっと、ここかな……?」


『モンスター分布図(中)』の地図頼りに、ミスリーのいう武器鍛錬屋とやらの所在へと、だだっ広い村の中を進んでいく。


 ぽつぽつと民家が散在していて、その周りには水田やビニールハウスが並んでいる。もちろん水田の水は濃い黒一色、ビニールハウスは薄い灰色だ。


「本当に、こんな所に人がいるのか……?」


 地図を指差して眺め、スワイプすると拡大されて地形が見える。地図が指す場所にあったのは小さな美容室。


「やっぱりここだよな……お邪魔します……!!」


 ガラガラと、接触の悪い扉を開けた。


「あれ、お客さん? こんな時間に来るなんて珍しいですね……?」


 するとすぐに出迎えに来たのは、オレンジ髪で右目が隠れた少し小柄な女の子。鍛冶屋のエプロンを着ている。


「こんにちは、ミスリーさんからここが武器を扱っていると聞いてやって来ました」


「ああ、ミスリーさんのお知り合いですね。どうぞ、入って下さい……!」


 黒と紫が混合した横流しの髪に、バンドマンのような見た目の細身男が。たけの長いオーバーオールを着ている。


「そうかミスリーか、懐かしい名前も出てくるもんだなあ。ああ、ボクはジェイド。ミスリーとは昔同じチームを組んでいた仲だ」


「……わ、私はクレス。私もその中のメンバーの一人でした!」


 クレスは歓迎いるようで、それをみ取ったジェイドが奥へと案内してくれた。


「ここに来たということは武器鍛錬が目当てなんだろ、それなら奥に入るといい」


 美容室の奥の扉を開けると、武器や防具がずらりと並べられている部屋が現れた。


「おうよ、見ない顔だねえ。こんな所まではるばる、よく来なさったわ」


 そこにはガタイの良さげな赤髪の姉御が、ハンマーを携えて座っていた。


「そっか、ミスリーの紹介か。へえ、あのカタブツがねえ〜。ようこそ、シャストンレギオンへ。っていってもメンバーは三人だが」


 小規模レギオンのシャストン。どうやらここはシャストンの区域テリトリー内らしい。


『ブラックヘルム』『ギガントヘルム』『アサシンブレイド』『合金の甲冑』『北風のハット』『彫刻の細剣』『スピードシューズ』

『ゴールドバックラー』…………


 装備は棚に直接置かれている。展示品のように並べられている列に目を通していると。


「すごいな、これとかもめっちゃ良さそう。へえー、こんなのもあるんだな……!」


 赤髪の姉御は横で鼻を高くして、自信満々の笑みを浮かべながら。


「すげえだろ、ここに並んでるのは全部、あっしらが鍛錬した一級品なんだぜ。どれも、丹精込めて作った傑作だ!」


 この姉御は、ドレイフさんというらしい。クリムゾンレッドの短髪、見た目の可憐さと、ガサツな口調のギャップが特徴的だ。


「んで、こいつらがあっしの弟子一号と、二号な……!」


 ジェイドとクレスは横並び、ドレイフさんに呼ばれるやいなや見事な敬礼を見せる。


「はい、僕たちはここでずっと弟子やらせてもらってます。このシャストンレギオンでは武器作成や鍛錬に特殊効果付与、武器に関する事なら何でも取り扱っていますよ……!」


 聞いたところによると、道具さえあれば誰でも鍛錬を行うことはできるが、鍛冶系のスキルやスキルレベルも存在するらしく。


 作成に必要な関連のスキルが無かったり熟練度が低いプレイヤーが鍛錬すると、成功確率も一気に下がってしまうみたいだ。


「すごいな。でもこれって、素材とかどうしてるんだ……?」


 クレスは、少しおどおどしながらも受け答えしてくれる。


「はい、私たちは戦いませんので。素材はここにいつもくる常連さん、それと流通屋って人には、お世話になっていますね……!」


(流通屋……? ああ、あの時の。やっぱり取引してるだけあって、顔も広いんだな。)


 ここは知る人ぞ知る秘境の武器屋、ときどき知り合いの人が武器購入・鍛錬に来るくらいで基本、人足はほぼ無いらしい。


「……そっか、隠れ家的存在なんだな。それで、いきなりですまないが、今から装備を作成してもらう事は可能だろうか?」


「なんだ小僧、あっしらの力作が、そんな安くつくと……?」


「……駄目か?」


「駄目ってわけじゃないんだが。どーにもこれじゃあ、精が出ないんだよなあ」


 腕を組む師匠の隣で、解説するクレスは。


「ドレイフさんは、こだわりが強いんです。認めた人にしか武器は売らないし、気に入った装備にしか強化は加えないって感じで……」


 ああ、そういうことか。でも大丈夫、見て驚け、これぞ大本命。あの流通屋の目をも光らせたレアアイテムのお披露目だ。


「じゃあ、これならどうだ……!」


 インベントリから魔獣のひずめと牙、魔物のコア×5とオーブ、そして大本命のダークサンド×4をドサッと取り出して並べた。


「こ、これは……!?」


 空気は一瞬で張り詰めた、謎の緊張感をまとったドレイフは。


「すごい、すごいぞ。これだけ材料があれば、史上最高傑作が完成するぞ……!! それであんたこんな凄い素材、どこで手に入れてきたんだい……!?」


 影を倒したと言っても信じられないだろうと思い、黙り込んでいると。


「まあ何でもいいや。兄ちゃん、どうかこの素材をあっしに任せてはくれないか……?」


 かなり食い気味での要求、こんな風に詰め寄られたら断れるわけがなかろう。


「ああ、こっちから頼みたいくらいだよ。ただし、双剣で頼む……!!」


「双剣……んいいね!! 双剣はまだ挑戦したことないけど、職人魂に火がついちまった。こりゃあ、良いモンが作れそうだぜ!!」


「よっしゃあ、そうと決まれば早速作業に取り掛からせてもらうぜ。完成まで一日はかかるから、良かったらここで休んでいってくれ」

 

 そう言ってすぐに作業台に座り、仕事に取り掛かってしまった。その横顔はまさにたくみそのもの。


 そういうわけで、俺はそのまま客室で休ませてもらうことにした。


「すごかったなあ、めっちゃ集中してたよなあ。ドレイフさんって、いつもあんな感じかのか……?」


「ああ、はい。集中するといつもこんな感じです。まあ、今回のドレイフさんはいつにも増してって感じですけど……!」


 クレスがコクリとうなずくと、ジェイドもうんうんと頷いて。


「装備を作ることに関して言えば、あの人は他の誰よりも真剣なんだよね。あの人にとって今まで作り上げてきた装備は、どれも大切な作品なんだ。それだけ愛が凄いんだよ」


「本当、職人って感じでカッコいいよなあ。早くボクも、あの人みたいな凄い職人になれたらなあ……!」


 そうか、この二人は本心からドレイフさんを尊敬しているんだ。同じ、装備を作る道を行く者として。


「……三年間だったか、今までずっとこの三人でこの鍛冶屋をやってきたのか。でもこの世界じゃあ、結構大変なんじゃないか?」


 その言葉にジェイドは穏やかでいてどこか遠い目で、ため息をついた。


「確かに、大変ではあるよ。でも、”辛い”と思ったことは一度もないね。だって、ここにはクレスとドレイフさんがいるから……!」


「……そうだね、私もジェイド君がいるから、いつも安心かな」


 少し照れくさそうな空気が漂った後、ジェイドはさらに話を続けて。


「ボクらはもともと、戦いのいざこざが嫌になってここに逃げてきたんだ。でも結局今は、本気で職人目指してる」


「人は、何の指標しひょうも無しに生きることはできない。ボクらの場合は、それがたまたま武器製作だったってわけさ」


「ドレイフさんもボクらも、もうすでにこの道の”とりこ”なんだよ。他の事なんてどうでもいいから、とにかく装備作っていたいんだ」


「こんな一見最悪なつまんない世界でもね。本気になれる事一つあるのとないのじゃあ、何もかもが変わって見えるのさ———」


 凄いな、どんな世界にもプロフェッショナルってのはいるんだ。こんな世界でも、生きる意味を見出みいだせている人たちがいるんだ。


 こんな窮屈な一辺倒の世界の中でも、自分の生き方を見つけている人だって、普通にいるんだな。

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