第24話 次の光の差す方へ

 ——任務完了、これにて帰還。


 今、目の前には何やらウズウズしながら腕を組んで指をトントンする総長が。


 先程それとなくキレーナに謝られたのは、この事だったのか。やはりこの件は、報告しない訳にもいかなかったのだろう。


「蒼君、今の君にはいいニュースと悪いニュースがある。どちらを先に聞きたい?」


「じゃあ悪いニュースからで。ショートケーキのイチゴは取っておくタイプなんでね」


 校長室の机の前、謎のキメ顔。スナッグ総長も、何やら意味深な笑みを浮かべる。


「じゃあ、良いニュースからにしようかな……!」


(え、話聞いてた……?)


「なんとなんと、僕たちは蒼君を特攻隊長に任命することに決めたんだ。おめでとう、今日から晴れて君はウチの特攻隊長だ!!」


 スナッグ総長は、こちらに手を伸ばす。その手のひらには、光る剣が。


 受け取った剣に指をかざすと、『聖騎士の長剣』という表記が現れた。


(え……?)

 

 その言葉はあっけなかった。あまりにあっけなさすぎて、まだ上手く飲み込めてない。


(特攻隊長…おいおい、流石にそれはすっ飛びすぎだろ……!)


 だって、今の今までずっと軽くあしらわれて、ようやく攻略班についた初日ってとこなんだぞ、どうせ今日も断られると思っていた。


(なんだよ、今日はやけに素直じゃないか。それに何でそんな嬉しそうなんだよ。)


「なにはともあれ、これでようやく自由になれるってことか。長かったなあ……!」


「長いって、まだ君はここに来て一ヶ月ちょっとじゃないか」


「それでも、俺にとっては長いんだよ」


「はあ、そうかい」


(ああ、そうだ……。)


 明らかにあの光景は異常だった。影人形が群がって、婆ちゃんを食い尽くす姿は。


 だから何とかして、早くその真相を突き止めなくちゃいけないんだよ。


「正直、そら君には本当に驚かされているよ。実際、もう君は僕の手には負えない所まで来てしまったみたいだね———」


「おいスナッグ。言っておくが俺は、はなからお前の手駒てごまなんかじゃないからな」


「はいはい、分かってますよ、特攻隊長!!」


 スナッグ総長は、軽いノリで続ける。


「……それじゃあ、気を取り直して次は悪いニュースだ」


 校長室内、緊張の糸は張り詰める。


「君は一つ、関わってはいけないものと関わってしまった———」


「レッドカラー。その中でも今、特にたちの悪いビビアールレギオンに」


(やっぱりそのことか……というかレッドカラーって何……?)


「ああ。レギオンの自動集計システムでは、ランキング計測とランク分けだけじゃなくて、カラー分けもされるんだ」


「そのレギオンのプレイスタイルに応じて穏健派のグリーンカラー、中立派のイエローカラー、攻略派のレッドカラーに分かれるね」


「それで君は、ビビアールの団員相手に喧嘩を打った意味が分かってるのかい……?」


 話を聞くと、最近そのビビアールとやらが勢力を広げていっているらしい。


 スナッグ総長も、ここが標的になってしまわないように何かと頑張っていたのだろう。


(そうか、俺はそんな重要なことも知らず、勝手に……!)


「これは君が起こした問題だ、責任取ってくれたまえ……って言おうと思ったんだけど。やっぱりいいや、分かってくれたならいいよ。そんなに君が気負うことでもないさ!」


「起こってしまったことはしょうがない。これは僕の管理不足のせいでもあるし。後の事は僕の方で何とかしておくから、蒼君はこれ以上気にしないでくれたまえ」


(ほんと、スナッグ総長は分かんねえな。気まぐれさんかよ。でも、何だかんだで頼りにしてるよ。)


「ああ、手をわずらわせてすまない」


 退室間際まぎわ、総長が発した最後の一声は。


「言っておくけど今回の君への待遇は、特別なんだからね。特攻隊長ってのも、今作った特別枠だし」


「君の行動を執拗しつように制限する気はないけど、ちゃんと団員である自覚は待ってよ。これからは君が外敵からここの皆を守る役目のリーダーをになうんだ。しっかり任せたよ!」


 引き留めた後の最後の一言にしては、地味に長い後付けだ。


「しゃあねえな、ああしっかり任されたよ。でもその代わりに俺がいない間は、夏のこと、よろしく頼んだぞ!!」


 スナッグ総長になら夏を任せてもいい、こじつけじゃなくて心からそう思える。


「ああ承知した、よろしく頼まれたよ!!」


 ——本当、よろしく頼んだぞ。


 その後は、教室に集まっての情報交換に顔を出して。


そら、お前一人で遠征に行くんだってな。気をつけろよ、ビビアールもそうだが最近、妙に辺りが物騒になってきているからな」


 ピリッツがの筋肉の横で、フロットが横から付け加えて。


「うん。最近は、ヌチアルとオッサムの抗争の雲行きも怪しくなってるみたいだしなあ」


「それに、ザリオーネレギオンの動向も何やらおかしいデスよねえ。怖い怖い、本当気が休まりませんねえ」


 リミスまで悩ましげな感じだが、よく分からない名前ばかりで俺にはさっぱりだ。


「あっ。ゲートを使うんでしたら、ここら辺の地帯には近づかない方がいいですわよ」


 そう言ってユーミアは、総長から授かった『モンスター分布図(中)』の電子マップに赤いピン留めをした。


「……ありがとう、気をつけるよ」


 肩をつんつんされる。振り向くとミスリーは、地図を指差しゆっくり口を開けた。


「ゲートを使うんだったら、ここを訪ねてみるのはどうだ。ここには武器鍛錬屋の知り合いがいるんだ、そこに行けば武器の強化やスキル付与もしてくれるだろう」

 

「おう、ありがとう。丁度使えそうなアイテムがあるから、寄ってみるとするよ」


 ミスリーが初めて夏を連れ去った所を見た時は何事かと思ったけど、いざ話してみたらやっぱり、そんなに悪い奴でもなさそうだ。


「そっかー、明日からちょっとさみしくなるなあ……」


「そうですわ、蒼さんがいらしてからはずっとにぎやかでしたものね……!」


「まったく、蒼サンはなにかと早すぎるんですよ、どうなってるんデスか」


 他の団員たちも、見ず知らずの俺を受け入れてくれて本当にホッとしている。


 最初は少し距離もあったけど、そんな壁はすぐに消えてなくなった。


 もし俺が他のレギオンに入団してたら、同じようになっただろうか。


 多分、こいつらだからこんな俺でもすぐに打ち解け合えたんだ。こんな仲間はどこにでもいるわけじゃない、大切にしないとな。


「あれ、そういえば夏は……?」


「夏……確かに見てないな。またどっかで涼んでるんじゃないか……?」


 俺は席を外し、すぐに向かった。一直線に目指した先は。


「……夏、またここにいたんだな」


 学校の屋上、展開された一面の闇夜、今夜も夜風はひゅーひゅーと吹き付ける。


「うん、やっぱりここは落ち着くから。それで、そら君……もう、行っちゃうんだね」


 その夏のもう一言は、もどかしくて、あと一歩の所で思いまどうような緊張をまとっていた。


「やっぱり、お別れは辛いなあ。ほんとは、ずっと一緒にいられたらいいのに……!」


 俺は、ただ前だけを向いていた。


「ああ、ここの人はみんな良い人たちばかりだもんな。俺もちょっと名残なごり惜しいよ」


 夏は、思い惑った末の決意を胸に。その小さな人差し指は、俺の首元を指していた。


「そうじゃなくて、私は蒼君がいなくなっちゃうのが……」


(ん……?)


 優しい深呼吸の音が、すっと入ってきた。


「私は、そら君が好きです———」


 その時の夏の顔は、ただ明るいだけじゃなくて、今までにないくらい輝いて見えた。


「はあ、やっと言えた。私はずっと、蒼君のことが好きでした……!!」


「えっ……ずっとって?」


「……ずっとは、ずっとだよ———」


 その目は真っ直ぐで、声は透明で、少しの濁りもない。


(なんだよ、最初から両思いだったって事かよ。まあ、今の俺は空木蒼うつろぎそらなんだけど。)


 春風夏はるかぜなつ、それはかつて俺が恋をした女の子。明るい笑顔にライトブラウンの髪。今でもこの胸はなびき、高鳴っている。


 勝手に悩んで、勝手に諦めて、また再会して、今度は向こうから告白してくれた。


 それは10年遅れの恋の結実、でも同時にどこか気詰まりを感じた。


 俺はそんな彼女の告白に、どう答えれば正解なのか分からなくなったんだ。


 別に夏が嫌いになった訳じゃない、今はもっと好きな人ができてしまったんだ。


 解封の代償で、最後の瞬間は顔も見えずに終わってしまったけど、まっすぐ向き合えたことなんて一度もないかのもしれないけど。


 そこには確かな温もりがあった。俺はかなうたちの元に帰らなくちゃいけない。今だってきっと、ずっと待ってくれているんだ。


「ごめん。自分勝手かもしれないけど、俺には裏切っちゃいけない人がいるんだ」


 ここはそもそも俺の生まれ故郷だ。別にここでまた恋をしたって、誰にも文句は言われないのかもしれない。


 でも、中途半端な自分勝手な気持ちで振り回して、夏のことを傷つけたくない。


「だから、夏の気持ちには答えられない」


 いや、本当は自分が傷つきたくないだけなのかもしれないが。


 俺はもうこれ以上、そんな軽い気持ちで恋人を作れないよ。深く関わってしまった分だけ、別れの時に辛くなるから。


「そうなんだ……。分かった、大丈夫。蒼君は、十分気持ちに応えてくれたよ……!」


 夏の息は緊迫、行き詰まっていた。


「それに俺は、いつまでもこの世界で足止めをくらっているわけにもいかないんだ」


「えっ……もしかしてそら君、もうここには戻って来ないつもりなの……?」


「ごめん。このことは、皆に黙っておいてくれないか……?」


 見つめられた夏の目は、とても必死で。引き止めるための言い訳をうまく言葉に出来ないような、落ち着かない口先だ。


「俺はこれから世界を救う旅に出る、“このエンディングのないゲームを終わらせる”ために。だからここで見守っててくれ……!」


(え……?)


 心臓には、衝撃が走った。ボブショートの髪はサラサラと、表情を隠す照れ隠し。右頬には、微かな口づけの感触だけが残った。


「やっぱりさっきの訂正。私、諦めないから……!」


 口をツンと丸く尖らせ、腰に手を当てビシッと指を指しながら。


そら君が何者なのか、これから何をしようとしているのかは知らないけど。絶対にふり向かせてみせる。だから絶対、また戻ってきてね……!」


 それはあからさまなフォーリンラブ、初めて見る夏の一面だった。


(夏のこんな顔、初めて見た。そうか、夏ってこんな顔もするんだな。)


 もし仮に、夏が恋人になって、もっとずっとそばいられたら、他にも彼女のまだ見ぬ一面をたくさん知れるのかもしれない。


 でも、わがままは言ってられない。だからただ一つの強い決心を、夜空に誓った。


「ああ、俺は死なねえよ。絶対に生きて帰る、約束だ!!」


 手を空に。その夜空は、いままで見た中で一番に輝いて見えた。

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