第23話 一対の獅子像

 駆け上がった階段の上、神社の赤い鳥居とりいくぐった先にあったのは。


 雰囲気は今までとガラッと変わって、もやもやとした濃霧のうむで視界が曇り出した。


 入り口付近、互いに向き合う二つの狛犬こまいぬ像はガタガタと音を立てながら揺れ始める。


 ポンっと煙を上げて、二匹のモンスターは同時に現れた。


叱責しっせきの炎獣』

『Lv.40』

安堵あんどの雷獣』

『Lv.42』


 濃霧はさらに深さを増す。どうやらこの煙には視界を悪くさせるだけでなく、移動速度減少効果のデバフまであるようだ。


 不安定な視界、見えない霧の奥からは炎弾と雷刃が次々と飛び出す。


 ミスリーはB+ランクの『長蛇の剣』を片手で握り、特殊スキルの『スネイク』を放つ。


 剣は延長コードのように絡み合い、増加した表面積で弾を弾く。


「まずい、防御するので手一杯だ。こいつは、中々に厄介な敵だな。このまま三人の連携を維持しろ……!」


 キレーナ副長の軍服マントからはB+ランクの『冷結の長剣』、髪の黒紫と氷のコントラストはどこか幻想的だ。


 特殊スキルの『フリーズループ』は氷結の輪をいくつも解き放つが、雷刃を相殺するだけ、炎弾は相殺することすらできない。


 戦闘開始から約一分、二人は霧に戸惑い、相当に手間取っていた。


(よし、見えるな……!)


 耳で相手との距離を把握し鼻で攻撃を予測する、五感で感じれば分かるんだよ。


「どこから攻撃が来るかくらいはなあ!!」


 霧の中、一切の迷いもない疾走しっそう。強力な磁石に押し返されるようにして、雷刃と炎弾はこの身体かられていく。

 

「一つ一つは、大したことないな!!」


 目前に迫った炎弾は『スライス(斬)』の一振りでかき消され、雷刃は弾かれる。


 『叱責しっせきの炎獣』は濃紫の波動に包まれ、『猛者の咆哮』の大技が発動する寸前。


 続けて『安堵あんどの雷獣』は『獅子の突進』の技名表記を、その頭上に蓄える。


(集中攻撃ってか……!)


『サイクロン(乱斬)』は暴風の乱撃だ。猛者の咆哮ほうこうの威圧は竜巻に巻き取られる。


 その直後、後退した獅子に交代する獅子。見事な連携、獅子の突進は黄金に輝く。


 それに対する『スローインパクト(圧)』の緩急かんきゅうは、獅子の巨体を押し退けさせた。


(スキル属性……確かにスキルを扱いやすくなった気もするけど。)


 何かシステムに身体を操作されているようで、妙にしっくり来ない。


(なんかむしろ、扱いにくい……?)


『スピニングレイド(抜)』は一瞬の広範囲集約剣撃、炎獣には大ダメージ。


「駄目だ、無理な深追いはよせ!!」


 キレーナは焦っていたのか、その注意は凄く真剣な声だ。


「大丈夫だ、これくらいなら全然やれる」


 相手のレベル表記はオレンジ色の文字、つまり”格上かくうえ度”が低いってことだ。


「もう労働にはりなんだよ。俺はこの戦いで終止符を打つ……」


 賽銭箱さいせんばこを足場に、縄を伝って屋根に飛び乗り。ただの長剣で、二匹の獲物をにらむ。


「こんなイカれた強制労働の毎日にな!!」


 しっかりと二つの動きを確認して、ひょいっとバク宙で屋根を飛び降りた。


(来た……!!)


 目をカッと見開く。空中、逆さまの視界で断つ逆さまの一太刀。


「役職を選択する、それは個人の自由だ。だけど俺は、組織には属さない。組織を選択しないという選択をする!!」


 全身へと流動した心臓は反響を繰り返す。『リバースリフレイン』は空間を圧縮させるように、二匹の獅子を同時切断した。


「それに。組織ってのは所属するよりも、ぶっ壊した方が面白いだろ……?」


 命の散りぎわ、獣の血は舞った。


『レベルアップしました』


「凄い、そらって本当に不思議だな。あの時の戦いだって、目を奪われたようだった。本当どうなってるんだよ、お前の成長速度は……」


 キレーナに続いて、神社の階段に座り込んだミスリーは、俺に問いかける。


「なあ、お前って今まで何をイメージしてスキルを使ってきたんだよ。知らなかったわけだろ、スキル属性……?」


「何ってそりゃあ、自分だよ」


「自分……?」


「今の自分の姿をしっかりとイメージして、信じてやるんだ。信じれば強いスキルだって打てる。強いと信じれば本当に強くなる、これが今の俺のモットーだからな」


 キレーナは、ふと笑い出して。


「本当、蒼って変なやつだな……!」


 俺は、手を合わせてお参りしていた。


「どうか、この世界の全員が幸せに生きられますように……!」


「いやいや、それはちょっとスケールが大きすぎないか?」


「いや、全然大きくなんかないよ。俺は本気で願ってるんだ、俺は実際それを叶えるつもりでずっと戦ってるし」


「そうか、ひょっとしたら蒼の強さの秘訣ひけつはそういう所なのかもしれないな……!」


 また小さな笑いが芽吹いた。これは人を思う心の、優しい笑いだ。


 俺とキレーナは、座り込んだミスリーに手を貸す。


「あっ、それとさっき、何か組織をぶっ壊すみたいなことを言っていましたが……」


「ああ、あれは言葉のあやってやつだよ。気にしないでくれ」


「本当ですか……まあ、今回は目をつむっておいてあげましょう……!」


 こうして、休憩も済んでそろそろ帰ろうとしたその時。階段からは足音が聞こえる。


「なんだあ、もう倒されてるじゃないかあ」


 真っ直ぐに歩いてきたのは、黒制服装備の男女二人組。


「おっと、邪魔なんだよ。もっと気をつけやがれ!!」


 男はよそ見で衝突する、ぶつかられたキレーナは地面に背中から倒れる。俺は地面ギリギリの所でなんとか彼女を抱えた。


「おい、いきなりやって来て、どういうつもりだ……!」


 男は、首をかしげて両手で疑問のジェスチャーをしながら鼻で笑った。


「おいおい、それはこっちのセリフだぜ。そもそもお前ら、俺たちの区域テリトリーで、何勝手に狩りしてんだよ……?」


(誰だこいつは、それにあいつらの区域って……?)


「ここは俺たちのレギオン区域、ただそれだけだ。いいから、早くドロップしたアイテムを全部よこせ。今回はそれで許してやんよ」


 キレーナは黙って震え、持ち物ポーチから『猛獣の護符』と『獅子の神水』を取り出した。二つのアイテムは男にぶん取られる。


「待て、俺たちはレギオンのリーダーに許可を得て来ているんだ。これは何かの間違いじゃないのか……?」


 黒い制服の男は、口をねじって眉毛をピクリとさせて。


「いいぜ。そんなに気に入らないのなら、お前たちのリーダーとやらに直接話をつけに行ってやってもいいんだけど?」


 キレーナは俺の腕を持って”良いんだ”とだけ言い、引きとめた。


「ああそうだ、これは今回損なった経験値分の賠償ってことで———」


 帰りぎわ、男は振り返る。くちゅくちゅしているその口からは、つばが飛ばされた。


 唾は、キレーナの顔に命中。彼女も咄嗟とっさの事で反応できなかったんだろう。


「今日はこれで勘弁してやるよ。次同じような事があったら、分かってるよな?」


 唖然あぜん。キレーナは下を向き、拳を握りしめる。俺たちは少しの間、固まった。


 二人組は笑いながら、神社の急な階段を降りていく。


「……ふざけるな!!」


 どんどん遠ざかる二人組。叫び声に一度は振り返るも、完全にスルーだ。


「やめろ、良いんだ———」


 前傾姿勢のこの腕は、キレーナに引き止められる。それでも。


「無視してんじゃねえ!!」


 振り払って進む、俺は百段の最上段から男の元を目掛けて一直線に飛び降りた。


「何なんだよ、お前……!」


 特殊防御スキルの『ウォールバリア』が、相手の剣からは発動される。


 それを見た瞬間、俺は空中で構えの姿勢を作った。長剣を下向きにグーで握り、ひざをかがめてバリアに飛び込む。


【ブレイクスルー】


 バリアは、バリンと打ち破られた。


「おいおい、マジかよ……!!」


 転げ落ちる。地上、俺は男の背中をぎしっと組んで取り押さえる。


「それで、一体これはどういうつもりだ……?」


「謝れよ———」


「え、何だって?」


「謝れって言ってるんだ。さっきキレーナさんにぶつかったことと、唾を吐いたこと」


「はあ、あんなのちょっとしたおふざけだろ。何をそんなムキになってるんだ……?」


 もう一人の女の子の方は、ビックリはしているものの手出しする気は無いらしい。


「おふざけで済むかよ。キレーナさん、お前が来てからすごく嫌な顔してた……」


「俺はルールとかを、とやかく言うつもりはない。でも、この世には、やっていい事と悪い事ってもんがあんだろ」


「何たってこんな世界だ、確かに気が狂ってしまう気持ちも分からなくはない」


 男は、黙って顔をそむける。


「でも、これだけは許されない。お前が唾を吐いたせいで、お前が唾を吐いたことでキレーナさんの気高さが傷つけられた!!」


 男は”へ?”という、すっとんきょうな声を上げながら振り向いた。


「何言ってんだ、お前……?」


 一度ヒートアップした早口は止まらない。


「お前には分からないかもしれないが、これは一大事なんだよ。気高さっていうのはいわば尊厳とおんなじことだからな!!」


「お前は、キレーナさんの尊厳を愚弄ぐろうした。人の尊厳を軽んじるやつは、ここで問いただしておくべきだ!!」


 ここで、男が指示すると女の子は従うままに俺の体をハンマーで突き飛ばした。


「お前らグローチスレギオンの奴らだろ、俺らビビアールレギオンの区域を侵した上にこの暴行。ただで済むと思うなよ……!」


 その目は、嘲笑ちょうしょう憎悪ぞうおが入り乱れて分からなくなった目だった。


「やっちゃったね、そら。まったく、なんてことしてくれたんだ……!」


 階段を降りてきたキレーナは、清々しさと不安がかき混ぜられたような表情で。


「よりにもよって、ビビアールレギオンのやつらに喧嘩けんかを売ってしまうとは……分かっていますか、これはあなた一人だけの問題じゃないんですよ?」


「……ごめん、やり過ぎた」


 申し訳なさそうな顔で地面に倒れている俺にキレーナは、ほっとため息をついた。


「はあ、もう良いですよ。実際、私も悪い気はしませんでしたし。ほら、帰りますよ!」

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