第21話 小休憩の闇夜
「ちょっと、よくもこんな危険な強敵と戦わせてくれマシたね……!」
スナッグ総長の机にバンと手を叩き、抗議するのは青髪ロリっ娘もどきのリミス。
「しょうがないだろ、こればかりは予測不能の事態なんだ。どうか許しておくれ」
スナッグ総長は素直に、校長室の机に頭を押し付けるように下げる。
リミスは自分が悪いことをしたかのような気になったらしく、そそくさと部屋を出た。
「それに僕は、君たちなら何があろうと絶対に大丈夫だと思っていたよ。なんたって、
(結局は他人事なのかよ、って待てよ。総長は最初から俺のことを認めてたのか。なら何でこんな試すようなこと……?)
「もちろん蒼君はあれくらい、余裕だったよね。あれ、もしかして危なかったの?」
総長は
「リージア元隊長なら、三十五レベルの変異種くらい、ちょちょいだよ?」
(ぐぬぬ……!)
「お、おう。そりゃあ余裕だったよ。あれくらい、確かにちょちょいのちょいだ……!」
「堂々と嘘をつくなーー!!」
リミスは、なぜかバタバタと帰って来て俺の頭にチョップをお見舞いした。
「ツッコみたい気持ちは分からなくもないが余計な事、言わないでくれよ、リミス……」
俺は早く総長に認められて、自由に日本を探索するための道具セットとワープゲートの利用権を手に入れないといけないのに。
「はっはっ、本当に蒼君は面白いねえ。でもまだ認めるには時期
焦りからか、少し早口になって。
「指示通りボス倒を倒しに行ったじゃないか、しかも予定よりかなり高レベルの。約束が違うぞ……!」
スナッグ総長は、落ち着いたまま。
「約束を取り違えているのは君の方なんだよね。僕は君に相応しい実力があると認めたら、特攻部隊に昇進すると言ったんだ」
「こんなんでへこたれてたら、ゲートなんて夢のまた夢だよ。ここら辺のモンスターの平均レベルは低いけど、他の区域にはもっと強い敵がうようよいるからねえ」
ぐうの音も出なかった。この人の意見はどうしてもド正論のように思えて、何も言い返す気になれないんだ。
俺はそのまま夏の部屋に向かう。今回探索に入ったメンバーで、アイテム分配のためのプチ集会が開かれるらしい。
「来たか
フロットが司会となって仕分けは始まる。
『皮のブーツ』は春風夏、『ラバーハンド』はリミスの手に渡った。
「えっと、このジュエリー(下)ってやつはなんだ……?」
「これはな、スキルレベルを一レベル上げるための宝石だ。使ってみるか?」
「いいのかフロット、それに皆も」
すぐに
『 Not available 』
「あれ、スキルの所が暗くなってて使えないぞ……?」
和室の中、ちょっぴり不審な空気は漂う。
「そんなはずないんだけどなあ、ちょっと見せてみろ……」
フロットは、横から俺のスキル選択画面をスライドする。
「なんだと……お前、もしかして……!?」
「え、何……」
「こいつのスキルレベル、全部が五以上なんだけど……!?」
「それってどういう……」
「しかもジュエリーを知らなかったって事は、全部自力で上げたのかよ……!」
フロットの目線はチラチラと。
「そうか、ジュエリー(下)じゃあスキルレベル五までしか上がられないから、使えなかったんデスね……!」
リミスは右手のひらに左手のグーをポンと置いて、納得した表情。
「このスライスって技なんて、もう九レベルじゃないか!!」
ピリッツには、肩をぎしっと掴まれる。
「本当、蒼サンの体はどうなってるんデスか。蒼サンは、何かと成長速度が早すぎるんデスよ……!」
スキルレベルってどのくらいが平均なんだろうか。やっぱり、自分のステータスについて全然把握できてないみたいだな。
「じゃあジュエルは夏にあげよう。それで皆も良いよな」
スキルアップの宝石は、夏の手に渡った。
「そういうことなら、オーブはやっぱり一番貢献した蒼がもらってくれ!!」
ピリッツの筋肉はシュバっと差し出され、オーブは俺の手に渡る。武器や装備のための特殊効果付与アイテムだ。
「今は使えないかもしれないが、蒼のことだ。どうせいずれはランク付き武器も手に入れることだろう」
こうして紫のオーブ(下)は
闇夜。分配が終わったところで、そのまま屋上だった場所に集まった。
夜風に吹かれながら支給された非常食(中)を食べる、会食ってやつだ。
「ふと思ったんだけどさ、俺たちってどうやって転生したんだろうな」
「え、いきなりどうしたんデスか……?」
「いや、転生してどうなったんだろうって言い方の方が正しいかな」
ピリッツは、飲むアイス的なやつをちゅうちゅうと吸いながら。
「ああ、それなんだがな。そこら辺の話は俺たちもサッパリなんだ。今、元の世界がどうなってるのかも、そもそも今も存在しているのかも分からないんだよな……」
この世界に顔見知りがいれば色々と情報交換できるのだが。そもそもプレイヤー総数自体が少ないのと、キャラメイクで顔と名前が変わって判別できないのが痛手だ。
それに皆、ちゃんと元の日本での記憶はあるらしいのだか。
この世界に来た時期は皆バラバラなのに、元の日本で今まで、
ここがゲームだとしたらサーバーはこれだけなのか、誰がこんな大それたことを可能にしているのか、一体何の目的でこんな世界に皆を呼び込んだのか。
まだ知りたいことは、山ほどある。
まあ、今何も分からないのは仕方ないよな、これ以上思い詰める必要もないか。
「うーん、うまい……!!」
今回の中身はレトルトカレーだ。少々甘ったるいが、冷えた体に染み渡る旨さ。
ゲームにおいて空腹という存在は厄介だが、
ほんと不思議だ。だって、ここはゲームなのにこんなにも食べ物が美味しい。また食べたいという欲求も生まれてしまう。
それなのに、夜空のどこを見渡しても相変わらずの殺風景。
白と黒だけで描かれた落書き、何かに吸い込まれて嫌なトラウマを思い出してしまいそうなほどに統一された闇夜だ。
「綺麗だね———」
屋上のフェンスの網の前、ライトブラウンの髪はゆらゆらと風になびく。
「ええ、そんなに綺麗か……?」
ひょっとしたら夏はここに来てもう一年だから、感覚の基準も変わったのかも。
風が少し強いので、左腕をおでこにかざして片目をつむる。
「綺麗だよ、本当に……!」
空は真っ黒で何もなかった。でも隣には夏がいる、不思議な世界だ。
ただの一つの星が光っているわけでもなく、雲や煙に覆われることもない闇夜。
でも何となく分かる気がした。
夜風の静けさ、その何も無い景色は一面が版画の黒を
「確かに、綺麗なのかもしれないな」
春風夏と見上げる満点の闇夜は、どこまでも無限に広がっているように見えた。
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