第20話 狂気の手術室

 手術室の中、スポットライトのようにモンスターを照らす無影灯むえいとうは、青白い光で俺たちの視界を撹乱かくらんさせる。


『マッドセラピスト』

『Lv.35』


「……おかしい、こいつのレベル表記、紫文字じゃねえか。こんなの聞いてないぞ!!」


 フロットが言うように紫表記ということは、赤表記よりもさらに格上。


「やばいです、扉が封鎖されてます……!!」


 夏は、みんなに聞こえるように叫んだ。


「どうやら、逃してはくれないみたいだな……!」


 これは明らかにやばい。モンスターのレベル表記の色は、相対的な戦力差を示す。


 しかもパーティーの全員を合算した戦力との比較なので、この色の示す意味は全員がかりで戦っても、勝ち目が薄いということ。


「うげ、なんだこいつ。気味悪いデスねえ」


『ダミードラッグ』、敵モンスターの手からは注射の針。メンバーは各々の武器で針を防ごうとするも、少しはかすってしまう。


(これは、全体状態異常か……!?)


 夏以外の皆はスタンで動けなくなった、俺が注意を引きつけないとまずい。


 俺は持ち前の、いや今までの戦闘でつちかわれた反射神経で針を弾いて走る。


「後方、支援します……!」


 リミスに守られた夏。アサルトライフルが放った乱弾は『ミストバレット』、俺の目の前に追加で飛ばされる注射器を撃ち落とす。


「サンキュー、夏!!」


 俺は一度、剣でモンスターに攻撃を喰らわせバックステップ。読みは正しく、どうやらこのモンスターは近距離も危険らしい。


 続けてピリッツ、『獣の爪』からは『ナックルブレイク』の中範囲突撃が放たれる。


 しかし狂気の医者は軽々とガード。巨大化させた刃物を振り回す『カットインメス』は、攻守共に優れていた。


「くっ、やり損ねたか……!」


 医者の狂乱は鎮静ちんせいせず、『マシーンガイスト』の大技のお出まし。


 設置された医療機器のコードはぶちぶちと途切れ始め、すごい勢いで飛んでくる。


「駄目です、これじゃあ全然近づけませんね……!」


 ガラクタの飛び交う室内、リミスはいつにもなく真面目な口調だ。夏は揺れに戸惑う。


「これじゃあらちが明きませんねえ、もういっそのこと一網打尽してしまいまショー!!」


 リミスは『身かわしのマント』で巨大ハサミ攻撃を回避、握られた『ポールメイス』はバキバキとテンポ良く連続で、行手を塞ぐ医療器具を叩いて壊していく。


 そのまま間合いに突入、棍棒こんぼうは水色に光って突き出された。『グリフトメイス』は直撃単発物理スキル。バコッと打撃音は鳴る。


「下がって下さい、危ないですよ!!」


 フロットが『羽風はかぜの剣』を振るうと『ウィンドウェーブ』、機械は吹き飛ばされ、一斉に爆発した。


「まさかこんな攻撃までしてくるとは、中々姑息こそくな手も使ってくるんデスね……!」


 リミスが言うように、機器の一つ一つには爆弾が仕掛けられていたのだ。


「はあ、なかなか責めきれませんね」


 二人は、背中合わせで息を整える。


「それに防御にスキルを使っちまうから、体力が持たねえ……!」


 下手に動くわけにはいかない、全員が攻めあぐねている状況だ。


「俺に任せろ———」


 俺は既に前方へと飛び出していた、それは何の迷いもない滑空。


「やめろそら、一人で突っ込むな!!」


 ピリッツの叫びは、完全無視される。


「なんなんデスかアイツは、人の事なんか聞いちゃいないじゃないデスか……!」


 何を今さら緊張してるんだ、俺は今までずっと死ぬかもしれない戦いをい潜ってきたんだ。緊迫した戦闘には慣れっこだ。

 

 それに一刻も早く前に進まなくちゃいけないんだ、一秒たりともおくしている暇は無い。


『ダミードラッグ』、狂気の医者からは注射の針が大量に降り注ぐ。


「駄目だ、そんな至近距離じゃあ防げないだろ……!」


 メンバーは目を見張った、瞬く間に反応する『ただの長剣』を。たった一つの剣の動きは、まるで双剣を模しているかのようで。


 淡くだいだいに光った剣は『スライスカット』。剣筋は垂直に、水平に、そして書家が筆を勢いよく走らせるように弧を描いた。


「みんな、そらの援護するんだ!!」


 フロットの掛け声は指揮、皆をまとまめる。ピリッツは夏を針攻撃から守る。


 アサルトライフルの銃口からは、超速球の灰色の弾丸『ミドルバレット』が放たれる。


 続けてフロットの一撃、羽風はかぜの剣からの『ハンドウェイブ』はモンスターを一瞬だけノックバックさせる。


 続いてリミスへとコンボは繋がる。ポールメイスからは『アサシンメイス』の突撃、とげは深くに突き刺さる。


(オーケイ、ナイス連携だ。フロット、やる時はやるんだな……!)


 怒り狂った頭上には濃い紫色の技名表記、医者の狂気はピークを迎える。


「まだ、何かあるのかよ……!!」


『マッドルーム』、爆発した医療機器の破片は浮き上がり、それぞれが修復される。


 皆はパニック状態。医療機器は再び浮き上がり、あらゆる方向に飛び散り始めた。


 床は傾き部屋全体はサイコロのように回転する。モニターからは不気味な笑い声。


 俺は何とか荒波をくぐれているが、メンバーの四人の体力はもう限界そうだ。


「だめだ、こんなの防ぎ切れない……!」


「足場が不安定すぎる、こんなのどうすりゃいいんだよ……!?」


 勝機は絶望的な状況に急落した。だからこそ、奴を今ここで仕留めなければならない。


「みんな諦めるな。いいか、俺がここにいる限りは、誰も死なせない!!」


 それに、こいつらを死なせるわけにもいかないしな。付き合いは短くても、ここにいるのはみんな大切な仲間なんだから。


「ここは、強行突破する……!!」


 ただの長剣は前傾ぜんけい姿勢で構えられた。闘牛の猛突進で、傾いた部屋をけ上がる。


 銀色のトレイには大量の手術道具。その一つがカタカタと浮き出し、一瞬で巨大化。


 巨大なハサミはジャキジャキと、音をたてながら開閉し空を切り裂く。


「届け……!!」

 

【スピニングレイド】


 ハサミが閉じられるより先に鋭く構えられたこの剣先は突き出され、それに導かれるように身体は二つの刃の間を通り抜けた。


 次にトレイから巨大化して目の前に現れたのは包丁、刃は空中を高速回転する。


「止まるかよ……!!」


 ぐいっと横回転、繰り出された剣撃の竜巻『サイクロン』は包丁の側面をジリジリと削り、包丁研ぎの火花は通過する。


「しまっ……!?」


 医者の三投目はペンチだった。この身体を上下に押し潰す重圧、骨は悲鳴を上げる。


 この世界での痛覚はおそらくほぼ等倍。スキルを使えば体力を消耗しょうもうするし、体に致命傷を食らえば永遠に治らないこともある。


「だから…どうした……!!」


 あごを噛み締めた、歯を食い縛った、全身の隅々を震わせた。重圧をよじる、プレスは解ける、その回転は軟体動物の如く。


「……俺は絶対に負けない。今よりも、もっと強くならないといけないから……!!」


 認めさせるんだ。こいつを余裕で倒して、リージア総長に俺の力を認めさせる。


 それで、俺は次に進むんだ。


 目標到達地点は全プレイヤー中最強だ。そうでもしないと、ラスボスには勝てない。


「俺は止まらない。いつだって前を向き続ける。いや、前を探し続ける!!」


 巨大なペンチをすり抜けた軟体動物はこの瞬間、宙に浮いていた。それはまるで宇宙空間に浮かぶ廃棄物。


 この時、部屋は垂直になっていた。つまり、床は壁で壁は床。


 自由落下に身を任せ、空中でしなやかな後回転、柔軟な着地フォームは、壁に貼られたモニターの地面をトランポリンにする。


 液晶は割れる。とその瞬間、浮遊する狂気の医者の首は粉砕ふんさい、次に血の噴水。


 その後、暁光ぎょうこうは部屋のすみから端を一直線で突き抜ける。強大な破裂音はさらに遅れて、やまびこのようにやって来る。


「おい、今何が起こったか分かったか……?」


 探索班メンバーは全員首を横に振る。全員、一閃を凝視してはいたが、その動きを捉えることはできなかった。


『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『ドロップ: 紫のオーブ(下)』

空木蒼うつろぎそら Lv.28』


 なめらかに、部屋の傾きは元に戻った。閉ざされた扉のロックは外れる。


「はあ、なんでアレで勝てるんデスか。まあ助かったんだし、もう何でもいいですか……」


 俺は、飛び道具で傷を負った夏を抱える。


 このくらいの傷なら、三十分もすればシステムの自然回復で全快ぜんかいするだろう。


「私、本当に怖かった。でもやっぱり、そら君がいてくれれば安心だね……!」


 今回は運悪くも、超低確率で出現する変異種なるものに遭遇してしまったらしい。


 しかも、ここまで空間を利用した変異種も珍しいとのこと。


 流石、俺の逆運だ。かつて望んだ主人公像に近づけたようでもあって、嬉しいのか嬉しくないのかよく分からないな。


 持ち物ポーチから『異軸時計』を取り出し現在時刻を確認すると、まだ昼だった。


「おい、こっちにもあるぞ!」


 フロットが指差す先、ベッドの上にはピカピカと光るオブジェクト。近づいて手を伸ばし、取得を押すと回収できる。


 余った時間で病院内を探索をした結果、見つかったのは『皮のブーツ』と『ラバーハンド』と『ジュエリー(下)』、アイテムも意外と探せば見つかるものだ。


 ある程度探索に区切りがついた所で、俺たちはグローチスへと帰還するのであった。

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