第15話 対面遊戯①見せかけの君主

「 始まるぞ……! 」


 体育館の床がキュイっと鳴る。リージアは『ゴルゴンの大剣』を引き抜き、猛突進。


「笑っていられるのも今のうちだぜ。だってお前にはこれから毎日のように足掻あがき、苦しむ日々が待ってるんだからなあ!!」


 リージアの剣には何の型も無い。ただ圧倒的な力をそのまま振り回し、詰め寄る。対する俺は慎重に、間合いを探り当てていく。


 次々と放たれる高威力の剣撃をすいっとかわす。ふらっと避ける。さらっと逃げて。一つ一つ丁寧に見切って、いなしていく。


「ははっ、ちょうどいいサンドバックが欲しかったんだよ。果たして、お前は何分くらい持ってくれるかなあッ!!」


 それでもリージアの押し込みは止まらない、俺はゴルゴンの大剣を回避。打ち付けられた壁は崩壊、大量のホコリが舞う。


「無理だ。どう考えてもこんな戦い、勝負にならなさすぎる……!」


 緑髪の青年。観客のうちの一人は暗い目で、おぼろげにつぶやく。


「リージアさんのレベルは45、それに対して装備から見るに、あいつはまだここに来たばかりの初心者だろ……!?」


 この体育館という会場の中、誰もが思った。こんな戦いに意味はない、勝敗は戦う前に決していると。桃髪の団員の疑問は。


「どうしてあいつは、あんな装備で勝負を挑むなんて馬鹿なことを……」


 ここの団員たちは皆、俺をいたたまれないような顔つきで見つめる。


「(だからずっと黙っていたんだ、私が情けない姿を見せたらきっとそら君は私の為に無茶しちゃうんじゃないかって思ったから……)」


「(こんな戦いさせちゃって、ごめん。だめだ、いくら蒼君が強かったとしてもリージアさんには敵わない……!)」


「さっきから、ちょこまかちょこまかと、うざってえんだよッ!!」


「一撃だ。お前は俺様から一撃でも食らえば、この対面遊戯ゲームは終わるッ!!」


 ゴルゴンの大剣は青白く光を放つ。剣舞の連続乱撃『ナックルジャベリン』は俺の障壁をかする、障壁への損害は大きい。状況は崖っぷち、一歩でも間違えたら終わる。


「流石に、これはもうやめさせた方が良いんじゃないか……?」


 桃髪の団員は、冷や汗を垂らす。


「アイツ、やっぱり全然リージアさんに太刀打ち出来てねえじゃんか……」


 緑髪の団員の言葉に対し黒紫髪の副総長は、その違和感に気づいてしまった。


「太刀打ち……? いや、そもそも何でアイツはリージアの攻撃を前に、後ずさりの一つもせず動けているんだ……!?」


 俺は何度攻撃を避けたとしても、勝負からは逃げない。相手のレベルがどれだけ高かったとしても、関係ない。


「俺は怒っているんだよ、風紀を乱されたことに。ルールを守れなかった子にはちゃんとケジメをつけてあげないとねえ!!」


 届かないなら相手より十倍の情報をとらえ、足りないのなら相手の十倍、潜在身体能力を使い切れ。ただの攻撃を有効打に変えろ。


「俺は、ドジな野郎共のせいで効率を下げられるのが大嫌いなんだッ!!」


「しくじった奴にはその損害と同じくらいのきつーい罰を。言葉で分からないなら身体で分からせるんだよッ!!」


 これはリアルの駆け引き。判断を間違えれば普通に負けるし、勝つための道筋だって必ずどこかにある。


 この戦いは、反射神経と身体能力、繊細な駆け引きが勝敗を左右する。


「フェイントだと……!?」


 俺はスポーツも苦手だし、運動が得意なわけでもない。だけど踏みしめる、脚を前に組み立てる、最後にゴールを奪い取るために。


(体格差、レベルの差、威圧感、そんなのに囚われてる暇があるなら、俺は———)


「考えるのを、やめる!!」


(今だけは、少年漫画の主人公みたいに、輝くんだ……!!)


「何で当たらない、お前は俺より遅いはずなのに、お前は俺より弱いはずなのにッ!!」


 醜悪の前に生じる恐怖など無い、圧倒的な戦力差に牙をけ。


(食らいつけ、しがみつけ、この理不尽な弱者支配ごっこのおりをぶち壊すために……!)


 俺のきばは、もうあいつの喉仏のどぼとけの目前までき立てられている。


 ドクン……ドクンッ……


 血流がたぎり、力が湧き上がってくる。だけど“あの力”は駄目だ、あの力は人を傷つける、だから絶対に使っちゃいけない。


(抑え込め、抑え込むんだ……!!)


「あんな力なんて、俺には必要ない。俺は、俺自身の力でお前を倒す。もう何も、大切なものを失いたくないから!!」


 感じろ、肌に脳に神経に、この腕の中に集まってる熱の塊。それは燃えたぎるマグマのように、温度計を一気に赤く染める。


「 飛んだ!? 」


 団員は皆、天井を見上げた。


「馬鹿がっ、空中じゃあ方向転換できないだろうがああ!!」


 ゴルゴンの剣へと集まるは薄茶色のオーラ、『グレードシザース』は突き上げられる。


 上空から見たそのつるぎの闇は、まるで凶暴なサメが大海の水面から、今か今かと獲物を待ち伏せしているかのような脅威。


 俺の剣はななめ横に振られた。『スライス』の水色は、剣山を弾き返す。その軽快な剣撃は、床を突き抜けるほどの貫通力。


 俺は反動で、少しだけ浮かんだ。そのままの勢いで、この剣と一心同体。前方連続横回転の『サイクロン』は、竜巻を生じさせる。


「おいっ、どこだッ!?」


 全体重を込めた一刺しの『レイピア』は、リージアの鋼鉄のかぶとを二つに割った。


「(そら君……!!)」


「おい、嘘だろ……!?」


 体育館、観客たちは思いがけない戦況に、ざわざわとさわぎ始めた。


(——爺ちゃん、見ていますか。俺はこれから過去と決別して、また一歩前に進みます。)


 俺が夏のために戦うのは、別に彼女が初恋の相手だからとかいうわけではない。


 これはケジメだ。これは、俺が初恋と決別するための大事な戦いなんだ。


「夏は、俺がこの手で絶対に守る。夏の笑顔は、もう誰にも奪わせない!!」


 俺は、ただ一人の人間として助けなければいけない女の子を、今ここで助ける。


 ——俺はいつだって主人公だった。





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