第13話 隷従と暴政


 その男は、全身はゴツいよろい装備。背は俺より二回りは大きく、角刈りの黒髪だ。


「お前、何のんきに道草みちくさ食ってんだよ。もう時間だ、さっさと帰るぞ」

 

 その鎧の手は、夏を無理矢理引っ張るようにして連れ去ろうとする。


「まったく、リージアさんが何の為に、お前みたいなとろくさい奴の世話をしてやってると思ってんだよ」


「おいそこのお前、流石にその言い方はないんじゃないか……?」


 俺は鎧の腕をつかんで引き止める。男は黙って振り向き、見下ろし、にらみつけた。


「おい春風夏、こいつは誰だ……?」


「はい、この人はそら君って言って、さっき偶然出会ったんですが、私をモンスターから助けてくれたんです……! 悪い人じゃないから、この人には手は出さないで!!」


 その男からは、怒りの波長を感じた。


「……ったく、らない事まで話してんじゃねえよ。決めるのは全てリージアさんだ、分かったらさっさと帰るぞ」


 その後ろ姿は、まるで恐怖の鎖で隷従させられている動物。鎧の男は振り返って言う。


「あと、お前もついて来い。話はグローチスに着いてからだ」


「いいぜ。俺も今、丁度お前のレギオンに入隊希望しようと思ってた所だよ———」


「ふん、勝手にしろ」


 そのミスリーという名の男に導かれて到着したのは、俺が通っていた高校だった。


 薄暗い廊下を進んだ先は、”リーダー”という貼り紙が上から貼られた生徒会室。


 ずっしりとイスにもたれかかっていたのは、茶髪カール男。少し太った体格と腕、どうやらこいつが鎧男の言うリージアらしい。


「夏、またお前か。なぜ、今日の探索を規定の時間通りにこなさなかった?」


 どんと構える茶髪男。その声色は、どこかその人望に不釣り合いな荘厳そうごんさだった。


「それは、アイテムスポットのはずの場所から、いきなり強敵が現れて……!」


「口答えするな!! 誰が、俺様に口出ししていいと言った?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、私ちゃんといい子にしますから……!!」


 夏は頭を下げて謝っている。それはまるで番長に平伏ひれふす下っの風景だった。


「そうだな。そういうことなら、お仕置きをしないとなあ」


(え……?)


 茶髪男が夏に渡したのは、それは重そうな片手剣だった。夏はその剣を両手でかかえる。


「いいか、この剣を三千回振れ。今日中にだぞ、出来なかったら、分かってるよな?」


(剣を振る…三千……聞き間違いか……?)


「なあ、お前のレベルなら出来るよな?」


 “はい、できます”と了承する夏の声は、酷く震えていた。


「それと、終わるまで配給は無しだからな」


 俺は分からなかった。その男が何のためにイスにのけぞり、人を見下し、指図するのか。

 

 そして信じ難いことに、その男の顔は笑っていた。


(おい、嘘だろ……!)

 

 俺は持ち物ポーチらんから『魔除けの数珠』を取り出して、リージアに見せる。


「まあまあ、今回はモンスターを討伐できたんだ。アイテムもドロップしたんだし、これでどうにかならないか……?」


「おお、魔除けの数珠か。これは俺様が預かっておいてやろう」


 奪い取るような勢いで、俺の手の上にあったアイテムはリージアの手に渡った。


「ああ、でも罰は罰だ。夏は三千回、しっかりと素振りするんだぞ———」


 俺は、くやしさのあまり、背中に隠した拳をぎっしりと握りしめた。


「それとそらと言ったか、お前は使えそうだなあ。喜べ、俺様はお前の入団を歓迎しよう。働きの成果次第で、優待してやるぞ!!」


 俺は夏と、このグローチスレギオンのリーダーであるリージアの部屋を去った。向かった先は、六畳半の和室。


「ここが、私の部屋だよ」


 夏は部屋に着くとすぐに、剣を握って振り始めた。『鋼鉄の剣』は、見るからに重たそうで、見ているのが辛かった。


(なんだよ、これ。暴政にも、限度ってもんがあるだろ……!)


 剣には取り外し不可な計測器が付いている、しっかり三千回振らせる気だ。


「やめろよ、何で夏がこんな意味の分からない指示に従わなくちゃいけないんだ……!」


「大丈夫だよ、もう慣れたから———」


 息は漏れる。剣が振り降ろされる度に、俺は胸を圧迫されるような痛みを感じた。


「こんなの、慣れるはずがない。何でこんな事黙ってたんだ。何で、夏がこんな事しなくちゃいけないんだよ……!」


「だって、こうする事ぐらいでしか、私はこのレギオンの役に立てないから———」


(違う、統率者のやり方が間違っているから、この子が輝けないんだ。)


 俺は一回対面したから分かる、夏は銃がすごく得意で、ちゃんと戦闘にも向いてる。


「なんでライフル使いが、剣なんて振らないといけないんだよ……!」


「それとこれとは別なの。こうやってゆっくりレベルを上げていけば、結果的に銃スキルの火力も上がるし……!」


 俺は、なげかけるたびに辛くなっていく。ゲームとは無縁だった少女の口から、火力という言葉が出ることにも。


「これはスキル開発なんだよ。リージアさんが、このグローチスレギオンをもっと強く導いていくために必要な事なんだ」


「私たち後期出現者は実践で全然役に立たないからせめて、リージアさんが使うスキルを開発するために頑張らなくちゃ……」


 この異常な現状を正当化させなければいけない状況にまで追いこまれた、春風夏はるかぜなつ


「待ってくれ、いつもこんな事をやらされてるのか、嘘だろ……?」


 夏は目をつむる。首を横に振る。剣はまだ、振り続けられていた。


「みんなしてるよ。少なくともこのレギオンの人は。生きるためにはしょうがないんだ」


「みんな生きるのに精一杯なんだよ。みんな怖いんだよ。だって、ここで死んじゃったら本当に死ぬかもしれないんだよ」


「いきなりこんな場所に連れてこられて。影だって怖いし、食糧が無くなったら現実と同じで死んじゃうんだよ……!」


「だから、これが正解なんだよ。こうする以外他に、どうしようもないんだ———」


 リージア、あいつのせいだったのか。夏がずっとどこか辛そうな顔をしていたのは、全部あいつのせいだったのか。


 辛かっただろう。こんな暗い街をたった一人で探索させられて、帰ったらスキル調整のための道具のようにこき使われて。


「夏、大丈夫か……?」


「大丈夫だって、えへへ……」


 今の俺なら分かる。この子がずっと、心から笑えていない事が。いや、こんな顔を見たら、誰でも分かる事なのかもしれない。


「本当に、今、辛くはないか?」


「だから、辛くないって……」


「夏、本心で話してくれ」


 俺は夏の髪を手ぐしですくった。ライトブラウンのボブショートの髪の下、見つめられた黄金こがねひとみの奥底は揺れる。


「嫌だよ、そりゃあ私だって、こんな生活が続くなんて嫌だよっ……!!」

 

「だけど、これ以外に生きていく方法がないんだ、だから苦しくても我慢しないと!!」


 大粒の涙を流して涙は垂れた、俺のシャツはつかまれてくしゃくしゃになる。


「ごめん、でも私怖いよ。リージアさんに逆らうなんて絶対にできない……」


 次第しだいに握りしめる力はゆるくなって、涙はこの腕にポトリと落ちた。


「助けて、そら君……!!」


 俺は夏の涙に手を近づける。そっと、人差し指の側面ですくった。


「よし、それが聞きたかったんだ!!」


 もう決めた、絶対にこの子を助けるって。ひとりの助けるべき女の子として。


「よし。このレギオンのリーダーってやつに俺が直接、話を付けてくる」


「待ってそら君、そんなことしたらリージアさんが……だからやめて……!!」


「今までよく頑張ったな、あとの事は全部、俺に任せろ———」


 夏の肩には、力強く優しい右手が乗せられた。俺の顔は、覚悟を決めた目だった。

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