第11話 駅までの散策

「それじゃあ、空木さんはどこのレギオンに入ってるの……?」 


「え、レギオン……? なんか強そうな名前だな……?」


「ねえ、聞いてるの? もしかして知らないの、レギオン」


 俺は気まずそうにコクリとうなずく。夏はめちゃくちゃ驚いていた。そのまま少し戸惑いながら、気を取り直して。


「空木さん、もしかして本当にどこのレギオンにも所属してないの……?」


 俺はもう一度、こっくり頷いた。


「レギオンっていうのはね、この世界の各地で結成されている拠点のことだよ。ここで生きているプレイヤーは普通、皆レギオンに所属しているはずなんだけど……」


「ああ、そうなんだ。それで、君のレギオンはどこにあるんだ?」


「そうかそらさんは、この世界に来たばっかりなんだね、じゃあ私が色々とこの世界について、教えてあげるよ!」


 春風夏はるかぜなつは提案した。腕を背中に組んでニヒッと、それは親切な笑顔で。


(そうか、過去の俺は、この笑顔に心を奪われたんだなあ。)


「それじゃあ、よろしくおねがいします」


 差し伸べられた手に、差し出し返す手。


「はい、喜んで!!」


 夏が向かっている駅までの道のり。その間に、色々と教えてくれるらしい。


 それにしても、いざ初恋の相手を目の前にすると体がガチガチに固まってしまう。調子が狂いそうだ。

 

 それに、今まで一度も真っ正面から会話した事が無かったから、尚更なおさら


「いきなりだけど、この世界って何なんだ。俺は学校の帰り道の途中でとつぜん景色が変わって、いきなりデカいおおかみに襲われたんだ」


おおかみ……それはすごい逆運だね。それで、この世界のことは私も知らないんだ。私も、空木さんと同じ感じでここに来たんだ」


 夏は、次々と俺に質問を投げかける。その質問に、俺が答える。


「そうなんだ、空木さんはまだここに来て三日目なんだね。ってまだ来たばっかりじゃない、じゃあ何でそんなに強いの……!」


「それにさっきのスキル、たった三日で習得したの?」


 夏は、緊張している俺をリードしてくれるようで、安心した。


「そうだなあ。素振りしたり、戦ってるうちに習得したっぽいな」


「そんな簡単に言うけど……それにレギオン未加盟って事は一人で戦ってたんでしょ。あなたは、モンスターが怖くないの……?」


(そうだ、怖いのが普通だ。この五年間なにかと戦い続けてきた俺と違って、この子は戦いに慣れていないんだ。)


「そっか、三日かあ。私がここに来たのは一年間前だから、あなたも私も一応分類上は、後期出現者ってことになるね!」


(一年でも後期ってことは、もっと昔からここに来ていた人もいるって事か。)


「あっそうだ、影は大丈夫だった? 奴らは夕方になるといきなりやってきて人を襲うから」


「何度か夜の街の散策に挑戦した人たちがいたんですけど、どれも結局失敗に終わっちゃったらしいです……!」


 やっぱり、あの影は夜に出現する殺人魔。


「とにかく、影にだけは気をつけて下さい。出会ってしまったら最後ですよ!!」


 でも俺は影の時間を二度生きびた、それだけ幸運だったってことか。


さいわい、屋内にまでは侵入してこないみたいですから、夜は建物に身をひそめていれば安全ですが」


 やっぱり、そんな気がしていた。奴らは物質透過とうかするけど、建物内には現れない。


「えっと、それで夏さんは今、何しに向かってるんだ?」


 夏は、少しだけうつむきながら振り向いた。


「スポットに向かってるんだよ。スポットにはモンスターが出るスポットと、アイテムが出るスポットの二種類があるんだけど」


「私は探索班の中でもしたっぱだから、駅のスポットまでアイテム回収に向かってるんだけどね……!」


(スポットか、流通屋も同じようなことを言っていたな。)


「アイテムは基本、スポット以外では全然入手できないんだ。だから皆、食糧とか物資を集めるために頑張ってるんです」


 どうやら、レギオンはアイテム回収とやらに熱を上げているらしい。ポップ時間を見計らって、総動員でもしているのだろうか。


 夏の声はクリアに透き通っていて、昔と変わらなかった。


「ねえ、ちゃんと聞いてる……?」


 初恋のドキドキは安心感に変わり、疲れからか、ちょっとだけボーッとしてしまった。


「ごめんごめん……!」


 そうか、夏はこんなところでずっとアイテム回収を続けていたのか。


 ある日いきなり家族と離ればなれになって、こんな殺風景な街で。


 頻繁にモンスターと戦っているわけではないにせよ、いつ道端みちばたで遭遇するかも分からないという恐怖は、並のものではないだろう。


「えっと、夏さんは今、平気か……?」


 ゆっくりと、その振り向きは帰ってくる。


「えっ、いきなりどうしたの……?」


「少し心配になってな、夏さんはもう、一年間もここにいるわけだろ?」


 こんなこと、聞くもんじゃないかもしれないけど、俺はただ心配になった。


「うん、大丈夫だよ。私は前線に動員されないし、レギオンの人たちも協力してくれるし、今ではもう慣れたかな———」


 夏は笑う。俺には少しだけ、ぎこちなく笑っているようにも見えた。

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