第9話 流通屋の少女
「おい、そこの兄ちゃん、ちょっとウチの店見ていかない?」
道路の脇には、ひっそりと風呂敷を広げて店を構えるフードを被った少女が座っている。少しハスキーな声質だ。
(あれ、こんな人さっきからいたか……?)
「なんだよ、先に言っておくが、俺は一文なしだぞ?」
深々とボロボロのフードを被っているので顔はよく見えないないが、見た感じ俺より一回り小さいくらいの背丈で、細身だ。
「いやはや兄ちゃん、さてはまだ新米だね? この世界に通貨は無いよ。基本的にアイテムの所有権は、早い者勝ちだからね。後は物々交換くらいかな」
俺は、ほっとため息をついた。この人は、プレイヤーなのだろうか。
「まあ、見るだけでも見てってよ。きっと何かの役に立つはずですよ〜」
少女は手を擦り合わせてはこまねき、意地でも接客を続けようとする。
「分かったよ、じゃあ少しだけ見させてもらおうかな」
俺は風呂敷の前に立ち止まり、本腰を入れて物色を始めた。
『保存食(下)』『保存食(中)』『小型ハサミ』『魔物のエサ』『研磨剤』
「なんだ、全然無いじゃないか。これで全部なのか……?」
「はい、なんたって私は”流通屋”ですからね。お困りとあらば
「つまり、物品の取引だけが流通じゃないんです。情報だって貴重な商品ですからねえ」
人差し指が俺の顔にぐっと近づいた。流通屋とやらのテンションは異様に高い。
「本当に何も持っていないのですか、もしそのポーチの中に何かしらのアイテムがあるのならば、見せてはもらえないでしょうか!」
何かと言いくるめられて、不利な交渉を取りつけられるのはごめんだ。
「先に断っておくが俺は取引なんてするつもりはない、特に欲しいものは無いからな」
少女は、まだグイグイと接近してくる。
(はあ、仕方ないか。見せるだけなら問題無いだろう。)
「分かったよ、見せるだけだぞ」
流通屋は”はい”と、綺麗に
「こ、これはダークサンドじゃないですか!! しかも、四つも……!?」
その謎アイテムの名称を前に、これを待っていましたと言わんばかりに少女のテンションはさらなる急上昇を
「言っておくが、これはやらないからな」
「うむむ、それじゃあ、こんなのならどうですか!!」
メニューから取り出され、その手にピカピカと光るのは『ゴルゴンの大剣』。
(おお、これまたかなり強そうな武器だな……!)
「そのダークサンド二つと交換で、どうでしょうか……!」
「ああ、でもいいや」
「何でですかあ!!」
この食いつきからすると、このアイテムはかなり希少っぽい。大事に取っておこう。
「”武器”の質は、技量でカバーするんで」
少女はもどかしそうに、手をグーにして伸ばしながら子犬のように吠える。
「そもそもあなたおかしいでしょ、武器はどうしたの。なんで傘しか持ってないのに、そんなアイテムを所持してるんですか!!」
「ああ。まあ、ドロップしたんだよ」
「はあ、長いこと流通屋をやってるこの私でも、こんなアイテム滅多にお目にかかれませんよ。あなた一体レベルいくつですか?」
「えっと、十七かな」
「はあ、十七ぁ〜!? 流石に冗談が過ぎますよ。ひょっとしてあなた、私を馬鹿にしてません?」
「馬鹿になんかしてないし、本当だって」
「武器無しのくせに激レアアイテム持ち。たったレベル十七なのに、一人で街中をぶらついて……あなたって、何者なんですか!!」
(いや、こっちが聞きたいよ。って……!)
「あれ、やっぱりこの世界には、他にもプレイヤーがいるのか!?」
少女は、きょとんとした顔で。
「あ、はい。もちろんいますけど。それはそうと良いんですか、ゴルゴンの大剣はかなりのレア物、火力もピカイチですよ〜!!」
「しかもB+ランク武器なので、特殊効果付与も可能なんです!!」
また、分からない用語。俺は何のセールスを聞かされているんだ。
「そんなにこの剣を売りたいなら、まずは
「はいはい、分かりましたよ。それじゃあ、説明するからちゃんと聞いていて下さいね」
話によると、武器には付与できる効果の数に応じてランク分けがされている。
付与効果とは、高レベルモンスターからドロップするオーブを、武器に使用することで得られる特殊効果。
Cランクの武器ならば一つ、Bランクなら二つ、Aランクならば三つまでを上限として付与でき、その効果はオーブ使用時にランダムで抽選されるらしい。
「おっと、これくらいにしておきましょう。細かいことまで全て説明していたら、キリがありませんからねえ」
「ありがとう、参考になったよ」
「礼には及びませんよ、それにあなたは今、もっと情報が必要なんじゃないですかあ?」
「なんだと……?」
ぶかぶかのフードは、また再びこちらに擦り寄ってくる。
「さて、地図なんかはどうでしょう? この地図には、ここら辺の地域一帯の大まかな地形とスポットが記されているんですよ!!」
(スポット……?)
「この世界では、道を歩いていてもそうそうモンスターには出会えませんからね。あなたも、手当たり次第にスポットを探し回るのは、大変でしょう?」
(しつこいな。それにこの人、最初からこれを売りつける気だったんじゃないか……?)
「今なら、ダークサンド一つで取引してあげますよ。逃しちゃって良いんですか、初心者にとって、またとないチャンスですよ!!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! さらに今なら無料で、この世界の完全攻略ガイドブックまでつけちゃいますよ!!」
(なんだよそれ、テレフォンショッピングの
「そんなもん、いらねえよ。攻略なんて自分で編み出せばいい、敵がいなければ、その分だけスキルを磨くのに専念すればいいさ」
「本当に、良いんですね?」
「そりゃ、いいとも」
「そうですか。そこまで言うなら仕方ありません。じゃあこれ、もらっておいて下さい」
去り際、手渡しされた『おんぼろな剣』。やはりステータスの加算効果や、特殊効果などの詳細は一切見られない。
俺はその剣を手に取って構え、
この手に収まるフィット感、剣を振るったときに感じるこの重み。
(まあ、傘よりはマシか……!)
流通屋は、パチパチと拍手しながら。
「やっぱり、あなたには剣が似合いますね。それはあなたの目新しさに
「まったく、どういう風の吹き回しだよ」
「なあに、流石に丸腰ってのも心配じゃないですか。それでは、せいぜい死なないように気をつけて下さいね———」
いつの間にか、流通屋の姿は消えていた。
「そうだ、君は……!!」
彼女が去るその瞬間を、この目で捉えることはできなかった。
「なんだったんだ、アレ」
しまった、突然の事すぎて彼女の名前も、プレイヤーであるかどうかも聞き忘れた。
それに影についても、白マントについても、まだ知りたいことは山ほどあったのに。
「まあ、またそのうちどっかで会うだろう」
根拠はないけど、それは謎の自信を秘めた未来予知だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます