第5話 掠れゆく記憶

「それにしても、あのタイミングは……!」


 日が沈んで丁度くらいのタイミングで奴らは現れた。出現時間は一定なのか、それともいつでも出現する可能性があるのか。


「とりあえず、夜は気をつけないといけなさそうだな……」


 しばらく忘れていたが、これは恐怖だ。体の芯から震え上がりそうなほどの恐怖。


「今回はたまたま駅が近くて電車が来たから助かったけど、もし次にばったり出くわしても、助かる自信無いぞ……!」


 あまりのパニックにそれどころじゃなかったが、この電車も異様だ。車掌も居ないのに普通に稼働している。無人電車ってやつか。


「ええっと。何か変わっているかもしれない、とりあえず見て回ってみるか……」


 家の最寄りの駅まであと四駅、その間くまなく客席に車掌席、変わり果てた白黒の電車内の探索で時間を潰そうと。


「何かアイテムとか、そういうゲーム的なやつを期待してるんだけど、流石に無いか」


 俺は傘で何度も素振りした。その効果音に適役なのはシュバシュバ。


「そうか、俺はすっかり戦いに染まってしまったんだな」


(あのウルフが飛びかかって来た時もこの傘で咄嗟とっさにに対応出来たし、驚きはしたけど全然、狼狽うろたえはしなかった。)


「でも、あの影は別だ。はあ、あいつらにも攻撃が通るんだったらどうにでもなりそうなんだけどなあ……」


 電車は最寄り駅に到着。動かないエスカレーターを降り、閉まっている改札を潜った。


「はあ、本当変わらないみたいだな」


(また影が来てしまうかもしれない、寄り道せずに早く帰ろう。)


 俺の足は、なんでこんな勝手に一方向へと向かっているのか。


 それは多分、この通学路での登下校がルーティーンになってしまっているからだ。


 いつもの道を歩く、何ら変わらない地形の帰り道。思い出す、この道沿いにずっと下を向いて歩いていた事を。


 下しか向いていなかったのだから、今更ちょっとやそっと景色や色合いが変わろうがそこまで関係ないのだ。


 少し違う点を挙げると一つも車は走っていない為、車道の中心を歩けるということだ。


「それにしても、全然敵が居ないんだな」


 モンスターは夜にこそ活発になると相場で決まっているのに、遭遇する気配もない。まるでグラフィックだけは良いオープンワールドのクソゲーをやらされている気分だ。


「本当に、不自然なほどに何もないな」


 電柱も、動かない信号機も、横断歩道の線も、柄という概念を失ってしまったかのように無機質に変わり果て。


 等間隔に植えられた木も、歩道に突き出している雑草も、自販機もレンガも看板も全てが白と黒のグラデーションだけで統一されている無秩序な世界。


 かといって水墨画のように風流な訳でもなく、ただ荒廃した後の世界のような景観だ。


 そんなこんなで三十分ほど歩いた後、ようやく家に到着したのだった。


「ただいま……って言っても誰もいないか」


 そう、ここが俺の家であるはずの場所。そこに誰かいるわけでもないのに、挨拶はしなければいけない気がした。


 この並行世界には母も父もいない、そのことを強く思い知らされた。


「探索はまた明日から、出来ればもうあの影には出会いたくないな……」


 自室、使い古した布団だったものに潜り込んですぐに眠りについた。


『起きて———起きて————』


 翌朝、大きなあくびで伸びながら、目を擦って起き上がる。相変わらずの暗さだ。


 朝(?)になってあたりの景色は暗闇ではなくなったものの、やはり陽の光からくる

明るさというものは存在していなかった。


「じゃあ、出発するか。いつまでもこんな所にいたって仕方ないし」


 背中には真っ黒で見えない記念写真。俺は玄関の扉をぐっと開けて外に出る。


(俺はあの時、何であんな態度をとってしまったんだろう。もっと他にやり方はあったんじゃないのか。)


 顔も合わせず、口も聞かず、一言の挨拶をする事もなく終わってしまった。


 五年前の俺は、まさかこんな別れ方をすることがあろうなんてことは、考えてもいなかっただろう。


 五年の間、本気で戦って分かった。本当に大切なもののありがたみというのは、無くしてからようやく気づくものなんだ。


「今まで育ててくれてありがとう、それじゃあ、行ってきます!!」


 もう二度と会えないかもしれないんだ、ここでちゃんとしたお別れぐらいはしておかないと、気が済まない。


「それじゃあ、ちょっと近場を探索してみるかね」


 そういうわけで近所のスーパーを探し回ったが、特に何も見当たらず。試しに外の自販機を壊してみたが、中は空っぽだった。


「本当に、しけてるなあ……」


 それというのもモンスターに出会う頻度はもちろん、アイテムらしき物すらも何一つとして見つからなかったんだ。


「よし、決めた。少し遠出とおでしよう」


 ここら辺には何もなくても、県をまたげば変わってくるかもしれない。


 それに、今すぐ行きたい所があるんだ。ここに戻って来れたからにはもう一つ、行かなければならない場所が。


「さあ、出発だ———」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る