第4話 影の追手

 天変地異と同時に突如現れた格上モンスター。そらはその手に持っていた傘を剣代わりにして、なんとか勝利を収めることができた。


(さっきの戦闘では咄嗟とっさに傘が光って技が発動されたが、きっとあれがこの世界特有のスキルか何かなのだろう。)


 しかもあのスキルのような技は、戦闘中に発動された。レベルアップ前の”戦闘中”に。


 つまり、この世界でのスキル習得条件はレベルアップではないということ。


 これはあくまで憶測だ。しかし、仮説を立てなければ何も始まらない。


「とりあえず手探りだ。やってみないと何も始まんねえ」


 公園のグラウンド、俺は同じ感覚で何度も傘を振るう。すると十回目くらいの素振りで『スライス』のスキルは発動した。


「もう一丁、さっきの感覚を思い出せ……!」


 さっきと同じ、本気の突きを傘で再現すると、『レイピア』のスキルは発動した。


「よし、できた!!」


 その後、何十回か適当に傘を振ってみたが、スキルは一向に発動しなかった。


(ということは、この世界でのスキルの仕様はおそらく……)


 戦闘時のスキルコマンドが無い代わりに、スキルの発動条件が特定のモーション、つまりある”動作”をすること。


 追加して、適当な動作では発動条件を満たさない。クール時間は無いが、連発するには身体負荷が大きい。と言った感じだろう。


(この世界がゲームなら、ゲームなりの戦略を立てていかないとな……!)


 次の戦闘に備えて新しいスキルを習得できるか試しておこう。


「これか、それともこれ、これでどうか……!」


 いろんな角度での素振りに飽き足らず、ジャングルジムから飛び降りながら傘を振り回したり、ブランコをバシバシと叩いたり。


 側から見たらこんなのただの変質者だけど、今ここには誰も居ない。


「今、分かった気がする……!」


 掴みかけた『スラッシュ』というスキルの感覚を、手探りで微調整していると。


「よし、新技習得だ!!」


 傘の側面からは水色の光が放出される。それは『スライス』のオーラが数個ほど集まったような軽斬撃だ。


「はあ、ほんとおかしいな……」


 周りは意味不明な光景、スキルにモンスター。でもここがゲームの世界であるのならば、そこまでおかしな事ではない。


「次はもっと強い敵が現れるかもしれない、だからもっともっと強くなるんだ!」


 そうして、何度も何度も息を切らしながら傘を振り続けているうちに。


「はあああああっ!!」


 最後の一撃は、全身の筋肉をぎゅっと引き締める感覚で空を斬った。


『レベルアップしました』


「え……?」


『ステータスオープン』


〔ステータス〕

空木蒼うつろぎそら Lv.3

〈持ち物〉

ただの傘

〈スキル〉

スラッシュ/アッパー/スライス/レイピア/?????


「スキル習得だけじゃなくて、レベルまで上がるのかよ……!」


 まあ確かにそうである方が自然なのかもな、“素振り”という特訓もやり方次第で能力向上に反映される。限りなくリアルに近い。


「はあ、こんなもんかな」


 ふうっとため息をつくと、あたりは既に夕焼け色に染まっていた。夕焼け色と言っても単色で少し赤黒い曇り空の配色だ。


 公園にある時計の針は動かなくなっているので、今何時かは分からない。


 白黒で淡白だった景色は、完全な暗黒へと移り変わろうとしていた。


「さて、もうそろそろ帰ったほうが良さそうだな———」


(帰る……こんな変わり果てた世界でどこに帰るって言うんだ。でもここには家があるんだ。だから帰ろう……!)


 そう思って公園を飛び出した先の道路。そこにあったのは、背筋がビクッとするような恐怖感。赤黒い霧の中、コンクリートから影を出して姿を現したのは。


「何だよ、これ……?」


 十数ほどの人型ひとがたの影が姿を表し、忍者のようなキレのある動きで迫ってきた。気がつけばもう、俺は影人形の囲いの中。


「やめろ、来るなっ!!」


 傘からは咄嗟とっさに『スラッシュ』のスキルを繰り出されるが、影の図体に当たると。


『non-object』の文字、影の体はかすれてぼやける。スキルは無の障壁に弾かれた。


「こいつ、実体が無いのか……!?」


 恐怖に足が少しすくんでしまった。とにかく、早くかないと絶対にやばい。


「こっちからは攻撃出来ないのに、お前らはバリバリ殺しに掛かってくるのかよ!!」


 影の足はパタパタと問答無用に、不気味な足取りで高速に迫って来る。


「このままじゃあ、追いつかれる……!!」


 しっかりと状況を確認しながら曲がり角を左、電柱をくるりと回って誘導する流れで壁キックし、民家のフェンスを飛び越えた。


「よし、これですぐには追ってこれないだろ……!」


 フェンスの向こう側、少しの間立ち止まった影たちは地面に潜って帰った。と思いきやものの数秒で再び目の前に現れた。


「おい、嘘だろっ、もうめちゃくちゃじゃねえか……!」


 実質的に物質透過と、“攻撃不能”


「やばい、これはマジでやばそうだぞ……」


 不思議と足はもつれてはいない。むしろ最高潮のコンディションだ。そのおかげでギリギリのところを避けて、逃げられている。


「早く、早くっ!!」


 信号機を蹴飛ばして気持ちほど加速。駅の改札口を飛び箱のように乗り越え、動いていないエスカレーターを駆け上がる。


「もう少しだっ!!」


 心臓はバクバクと、息はハアハアと。電車は丁度止まっていたので、俺は入口に向かって前から飛び込んだ。


 ガタンガタンと。入り込んだ途端、電車はなぜか走り出した。


 窓から後ろを見ると、影はどんどん遠ざかっていく。流石にここまで追いかけては来れないようだ。


「はあ、助かった……!」


 俺は電車のドアに腰掛けて顔を手で覆い、大きくため息をついた。


 




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