第2話 ◆収容、殺戮の宴会

 気がつくとそこは体育館のような空間、俺はパイプ椅子に座らされていた。ロープで腕を後ろに縛られいるので、動けない。


 目の前には後頭部、横を見渡すと同じく縛られて座っている人の姿。


 縦横が綺麗に整列し、規則的に並んでいる。それはまるで学校の朝会のような鬱憤。


「早く終わらないかなあ……」


 パイプ椅子の上、ぎこちなく。尻が焼けるように痛み始め、血のめぐりは悪くなり、目の前の頭が二つに分裂して見え始めた。


「さあ始まりました、”選別”のお時間でーす!!」


 するといきなり、道化師の引きった声は、体育館中に放送された。


「安心して下さい、縄は解きました。それではまず自身の手を確認して下さい———」


 手に違和感を感じた。手元には、何の変哲へんてつもないただの包丁が握られていたのだ。


(え…何で包丁……?)


「ルールは簡単、ここに収容された千人の中でたった一人生き残った者。その一人だけはこの選別に生き延びられまーす、以上」


 道化師のふざけた声は、この脳内に直接響くようにして発せられる。


「ああ、言い忘れていましたが、ここで死んだら本当に死にますからね———」


(おい、おいおいおい、嘘だろ……!! なんだよ死ぬって、早すぎるだろ。こんな滅茶苦茶な急展開、ありかよ……!!)


 死んだら終わる、何もかもが終わる。溜まりに溜まった心の鬱憤うっぷんは、その恐怖をもって増幅されていく。


「待ってくれ、おい、何で……?」


 今まできつく縛られていた衝動が、爆発しそうな予感がした。


(“いつもの”より数段と重い。だめだ、このままじゃあ押し込められない……!)


「嫌だ、やめてくれっ、なあ早く止まってくれよ。おかしいんだよ、こんなの……!!」


 でも体は聞いてくれない。心拍数はありえないほど急速に上昇している。気持ち悪い、体の平衡感覚が無くなってよろけ出す。


 包丁を握る手は痙攣けいれんして震え出す、視界はどんどんぼやけて消えていく。


「……こんなのって、おかしくなっちゃうじゃないか!!」


 それと同時に、ある映像が頭の中にくっきりと鮮明に射影された。


 ドクン……ドクン……


「え、痛い。なんで———」


 次に見えたのは前の人の背中が、見事に貫通する姿。目の前のパイプ椅子には血がしたたる。それは一番最初の攻撃だった。


「安心しろ、次で楽にしてやるからッ!!」


 その言葉が終わる一秒前には、男の体は真っ二つに引き裂かれていた。


 その光景が今現在の客観視点なのか、未来予知なのか、ただの夢なのかは分からないけど、この光景の異常さだけは良く分かった。


「はあい、エクセレントォッ!! はい、これで一人脱落でーす。残りは999名、最後まで頑張って下さいねえ!!」


 道化師はうるさい。その男の死亡を契機として、状況を理解したこの場にいる全員が、錯乱状態で各々おのおのの包丁を振り回し始めた。


「ようやく”皆さん”気づき始めましたか、この戦いに敗れたら本当に未来は無いって」


「皆さん人それぞれだと思いますが、ここで終われない理由があるでしょう。だから諦めたくないのなら、命懸けで戦いなさい」


 収容された空間、殺し合いのゲーム。生きる意味、その理由付けがなされた瞬間に脳みそが、脳汁が弾け、神経がはち切れた。


 中年大男の動きは遅い、血の噴水は巻き起こる。死体は軽い足場。ヒョロい男の喉は、かすれてつぶれた。


(え……人ってこんなに簡単に終わるの、人ってこんなにもろかったっけ……?)


 何も感じなかった。ここにいる人たちが地球の人間かどうかは分からない。でも命を奪っているというのに何も感じない、奪っている実感がわかなかったのだ。


「そうです、その感覚をよーく覚えておいて下さいねえッ!!」


 強い怒りと解放の増長。その感情は一言で言うなれば、殺戮さつりくの衝動。


 収容された体育館の、醜い乱戦。突き刺した後は引き抜いて、き散らかす。


 壁を蹴って飛び上がる。床をう。死の恐怖を前に硬直する者にとってパイプ椅子は盾だが、狂った今の俺にとっては投擲とうてき具だった。


「うらああああああ!!」


 足がひん曲がるほどの勢いで飛びつく。その動きは誰よりも早かった、格段と。関節の可動域を無視した狂気のむさぼり。


 どうやら吹っ飛んでしまったみたいだ、頭の中のネジの一番大事なパーツが。


「こんな所で、訳もわからずに、死んでたまるかよ……!!」


 全員が敵意を持って包丁を手にしている。だからこの場にいる全員は、俺の敵だ。


「え、嘘だろ———」


 殺戮さつりくの衝慟から目を覚ました時、そこにあったのは死体の山と、床の一面に張った血の水溜まり”だけ”だった。


「これを、俺がやったのか……?」


 視界が赤い血でぼやけているのが見えて、気づいてしまった。自分の震える腕が返り血で濡れているのを見て、確信してしまった。


「そうですよ、本当すんばらしかったですねえ!!」


 道化師はひょいっと空間から姿を現した。ニヤけ面からはかん高い声が放たれる。


「おめでとうございます、あなたはこの選別に見事勝利し、最後の一人に選ばれました!」


「そんなの全然、嬉しくない……!」


「それは本当ですかあ? だって、これは全部あなたがやった事じゃないですか。全部あなたがした選択の結果なんですよォ!!」


「何で、何でこんな事をやらせた。目的を言え……!」


「(いやあ、ほんと見事に認識改変が効いているみたいですねえ。)」


「これでパズルのピースは埋まりました、後は鍵のロックを外すだけの状態です」


 キヒヒと笑いながら、手をパンパンと叩く道化師には、完全に人間の心が無かった。


「おいっ、一体何なんだよ。お前の目的なんなんだ!!」


「それじゃあ、適応の時を心待ちにしておりますよおッ!」


「おいっ、待てよっ!!」


 また、視界はぼやけ始めた。


「え、何だ……?」


 何か嫌な夢でも見ていたかのようだ、何かがあったはずなのにうまく思い出せない。


「ほんとに、何だっけ……?」


 重い足取り。代わり映えのない下り坂、いつもの帰り道だ。傘を杖代わりにつんつんと地面に刺しながら、しとしとと歩く。


 でも不思議と頭のもやもやは消えていた。横を通り過ぎる自転車に乗った人の顔は、この目でしっかりと見ることができた。


 俺はとりあえず家に帰って一休みしようと、少し歩くスピードを上げた。この公園を通り過ぎて左に曲がれば、駅に着く。


 ちょうどその時だった、何かぞわっとした異変を感じたのは。


「何だよ、これ———」


 一瞬だった。下校途中の道であったはずの道路が鉛直方向のさかいを区切れに飲まれていく。境に飲まれた地上は、黒白とネオン色、ホログラムみたいな景色に変わっていく。


 建物、街路樹、電柱や車、それ以外も全ての物が飲み込まれた。街の地形は全て模型もけいのようにかたどられ、無機質へと姿を変えた。


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