双剣の申し子—real world—ブレイドアンヘル・ディストーション

✴︎天音光✴︎

プロローグ

第1話 転生者の帰還

「ああ…………」


 ぽろぽろと、止まらない涙は異次元のブラックホールに飲まれては消える。


「でも約束しちゃったもんな、絶対にまた会いに行くって———」


(まったく、また頑張らないといけない理由が増えちまったな。)


「決めたんだ。俺はあそこに帰るって。だから、もう後ろは向かない!!」


 光の海を飛び交う様子はまるで天使の子、その見えない翼をもって時空をめぐる。


「さて。次は、どんな世界に飛ばされるんだろうな———」


 その一瞬は空白だった。目を開けると、時空のゆがみは止まって空間は一つに定まった。


「え、ここは……?」


 青色のしま模様のかけ布団がかかったベッド、いつまで経っても捨てられないキャラものの目覚まし時計に、分厚めの小型テレビ。


「ここは、俺の部屋……?」


 空間の到着点。それは信じ難いことに、俺の部屋の中だった。


「ああ、もう時間か」


 何を思ってか、この手は目覚まし時計のアラームを切る。慣れた手つきで制服に着替え、階段を降りてリビングへと向かった。


「おはよう」


 キッチンには、母親が立っていた。この口は勝手に開いた、勝手に挨拶をしたんだ。


(挨拶か。あれからずっと、親に挨拶なんてしてなかったのにな。)


 窓から差し込む太陽に照らされ、大きくゆるやかなあくびはお腹から発射された。


(ロゼリアルにいたのが一年半、その後の異世界で三年半だから、もう軽く五年くらい経ったって事か……?)


 テーブルの上に用意されたのはトーストとサラダ、ベーコンエッグとコーヒー。


「これは……!!」


 俺は洗面所の鏡を見てぎょっとした。そこに映っていたのは紫がかったサラサラ黒髪に丸めの輪郭、そして蒼目そうがん


 それは俺の転生後の姿、空木蒼うつろぎそらのまんまだったのだ。まあ少々アニメチックであること以外、元の顔立ちとあまり変わりはないが。


(どういうことだ、あの姿のまま戻ってきてしまったのか……?)


 俺はそんないきどおりをかかえながら、駆け足で玄関のドアを開けた。


「行ってきます」


(なんか自然な流れで家を出ちゃったけど、どうしよう……?)


 そう思いながらも、この足は確かに通学路に沿って歩いていた。


(あいつらは……!)


 そこには、転生する前と全く変わらない姿の同級生の男子たちがいた。


 何ら変わりのない通学路、コンビニのある交差点を横切った先のハンバーガー屋、何から何までが変わらなさすぎた。


「おはようございます」


 校門の前でいつも立っている先生への挨拶、これもやっぱり初めての挨拶。


「おはよう」


 クラスで隣の席の人への挨拶、もちろんこれも初めての挨拶。


 チャイムが鳴ると授業は始まる。机の上では、ノートが開かれる。


(なんだったっけ……)


 昔のままで変わらない勉強風景、先生が黒板に字を書き、それをノートに書き写す。


 でも、不思議とそんな”拘束”に対して、今までのような苦痛を感じなかった。


 少し前まで異世界にいたなんて有り得ないくらい当たり前に、時計の針は過ぎていく。


 日誌の日付を見ると、今日は2023年4月13日であった。それは俺が初めて転生した日であるちょうど五年前の日付だった。


 さっきから何となくは気づいてはいたが、異世界に行っていた間の時間は経過していないことになっているらしい。


「よいしょっと」


 体力測定、少し力を入れてハンドボールを投げると、球は45メートルの線を越した。


「あれ、おかしいな……」


 自分の腕をんで筋肉があるわけでもないということを確認しながら、考えた。


 持久走の時間。俺は体力が無いはずなのに、不思議と息切れはしなかった。


「ファイアメテオ!!……ってやっぱり無理だよな」


 指で魔法式を描いたが、術式魔法の魔法陣は発動しなかった。


(能力は引き継がれてなくても、基礎身体能力は受け継がれてるって感じか……?)


 いきなり雨が降り出したので、学校の予備傘を拝借はいしゃくした。帰り道、やはりこの胸に残る切なさは変わることなく俺の背中を押した。


 三度目の転移だと思ってたどり着いたのがまさかの生まれ故郷で、異世界に行っていた間の時間が、こっちでは経過していない。


 それでいて肉体は転生後の空木蒼うつろぎそら。異世界特有の能力でない身体能力は、引き継がれているらしい。


「今度は何なんだ、この現実世界も崩壊の危機にひんしているってのか……?」


(第三次世界大戦、それともパンデミック、まさか宇宙人の侵略……!?)


「いや、なんかどれも実感わかないなあ」


 俺は、いつも通りに代わり映えのない帰り道を独りぼっちで踏みめていた。


「何かが、おかしい」


 少し大きめな一軒家の黒塗りシャッターゲートをゆっくり眺めながら横切ると、目はぐらぐらと揺れて、チカチカと目眩めまいがする。


「やっぱり、何かがおかしい」


 この時の俺の胸には、何かもどかしさというか、つっかかりのような物を感じた。


 一方的な挨拶、応答は皆無。黒くて見えない人の顔、まるでそこには黒いもやがかかっていて、本当に誰もいないようなあやふや。


「そうだ、何で今まで気づかなかったんだ……!」


 俺は二つの異世界で戦って決めたんだ、人と向き合うことに怖がらないって。


「だからおかしい。見ようとしているのに、何も見えないのはおかしい!!」


「気づいてしまいましたかっ、キヒヒ……」


 白い手袋、緑を基調としたカラーリング、マジシャンの帽子を被った道化師は、浮遊しながら薄気味うすきみ悪い笑いを浮かべた。


「よおし、セッティングは完了したみたいですねえ。それじゃあ今から最高のパーティーにご招待してあげましょうっ!!」


 再び目を覚ます頃には、俺は体育館のような閉鎖空間に収容されていた。




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