にの

 いつかみーちゃんに、『どうしてめいばっかりに抱きつくの?』って聞かれた時がある。


 『細っこい身体が抱き心地がいいから』と私はぐっと親指を立てて返事した。となりでめいは自分の肩を抱いてぶるっと震えていた。


 私がこの『抱き着き症候群』にかかってから、はや数年。


 もう人への抱き着き方も手慣れたのもので、接地面積の増やし方も、その上で体重を相手に掛けない抱き着き方もお茶の子さいさいなのだ。ところでお茶の子さいさいって、お茶菓子のように簡単って意味らしい。お茶菓子いうほど簡単かなあ、というかお茶菓子が簡単てなんだ。もりもり食べるだけでいいなら私でもできるけど。


 つまりまあ、何が言いたいのかというとだね。


 「めひ、ほほふはい?」


 「……口の物出してから喋ってくれる?」


 私ほどになれば、抱き着きながらチョコチップクッキーだって、こぼさずに食べれるって話だ。うん、なんか違う気がする。


 「ほーりー」


 「急に聖なる魔法唱えんな」


 「…………んぐむ。アイム、ソーリー」


 「はいはい」


 甘いものはとてもいい。脳みそが幸せ物質でいっぱいになる。同じくコーヒーもよい、牛乳とはちみつたっぷりならなおのこと。


 人間の幸せは思ったより、そういう些細なことできているのだ。


 そうやってしばらく、私がむぐむぐした後に「歩くか……」とめいが言ったので、私もよしきたと立ち上がる。


 「今日はどこ行く? 中庭の菜園?」


 「あっこ蚊でるからやだ、裏手の非常階段にしよ」


 「あそこは、バスケ部の八王子先輩が、後輩の子と致していたことで有名な場所ですぜお嬢さん」


 「そんなの有名にすんの、止めたげなさいよ。人のプライベート事情よ。でも、うーん……そん時は……」


 「見学してく?」


 「いや、帰る。邪魔しちゃ悪いでしょ」


 「たしかにー」


 いつも通り、若干の呆れを含んだめいにうししと頷きながら、私が肩を抱きしめた状態でめいは気軽に歩いていく。私もひょこひょこと上手いこと抱き着きながら、歩いていく。数年前はこういう時も、うまく歩けずお互い足ぬつまずいてぼてっと転ぶことも多々あったっけ。


 そう考えるとなかなか進歩しているぞ私。ちっちゃなことでも上達するのは心地がいい物ですな。


 「そういえば、あんた、いつも私にこんなんだけど、家だとどうしてんの?」


 「うん? ああ、家だとねー。飼い犬に抱き着いております」


 「ほーん」


 「ちなみに飼い犬の名前はさつき」


 「…………意図的じゃないでしょうねえ」


 「めいちゃーん、めぇいちゃーん」


 「次、それ言ったら引っぺがしてトイレに捨てるから」


 「はい、ごめんなさい、もうしません。二度としません」


 そんなことを話しながら、校舎から少し出て夏場で人の少ない中庭を抜けたら、誰もいない非常階段を登っていく。建物の高さも三階くらいになると、蚊も飛んでは来れないそうで、私達は屋上も近い階段裏にふーっと息を吐いて腰を下ろした。


 しばらく、二人して寝っ転がるように空を仰ぐ。空っていっても、非常階段は屋根があるから、脇から見えてる小さな空だけだけど。


 まあ、そこそこ風が吹くので、残暑でも中々に過ごしやすい。日差しが少しだけあたるのもベネ、やっぱ日光浴って大事だからね。まあ、夏場なのでほどほどに。


 ふーっと長く息を吐いて、ふと想いだしたことを口にする。


 「そう言えば、秘密兵器があったのぜ」


 「何その語尾」


 「てってれってってってー、すぃーぶりーず」


 「キャラを統一しなさい」


 「ちなみに、ガリのガリ君味だから」


 「いや、味ではないでしょ。しかし、コピーライトのオンパレードね……」


 などともうしてるめいを放っておいて、べちゃっと大胆に清涼剤を掌に噴出させる。そしてたっぷりと塗りたくった後に、それやと一気にだきついた。


 甘く、砂糖で合成されたような匂いがする。爽やかだけどどこか人工的って感じな、そんな匂い。風の中に流されながら、ほんのりと薄く水彩で色を染めるような、そんな匂いが鼻の奥をそっとくすぐる。


 「ガリでガリ君ね……」


 「だね。ちょっとは熱いのましになった?」


 「制汗剤って要するに気化熱使ってるから、密着してると気化しなくて、無駄なんだなって実感してるとこ」


 「…………なはは、そっすか」


 対策、失敗。今度は保冷剤でも持ってこようか。確かに触れてる境目は涼しいんだけれど、肌が重なっているところはちょっとべたッとする程度。悪くないと、思ったんだけどねー。


 まあそれでもくっつき続けはするのですが、でろーんとね、出来るだけ重くないように。


 それにしても、風が随分と心地いい。めいは相変わらず抱き心地がいいし。ちょっと細っこいのに、女の子の部分はちゃんと柔らかいのがたまらない。想いっきり手を伸ばせば、ちゃんと身体全体を抱きしめられるのが、抱いてる感があって脳が幸せになってしまう。


 思わずうふふと笑ってしまう。


 ただ笑ってから、ちょっと気持ち悪かったかなと、反省してちらりとめいを覗き見る。また、窘められるかと想ったからだけど、意外とデコピンの一つも飛んでこなかった。


 それもそのはず、気付けば目を閉じてすーすーと静かに呼吸をするだけになっていた。


 その寝顔に満足しながら、私はそっと触れた手に指を絡ませる。


 幸せだなあと、楽しく笑う。


 幸せだなあと、君を抱きしめる。


 そして幸せだなあと眼を閉じる。


 そんな誰にも侵されない静かな時間をただ過ごした。


 昼休憩の終わりまであと十数分なわけだけど、うまく目覚めてくれるかなあ。


 でもまあ、目覚めなくても、まあいっか。


 その時は、二人で仲良くおさぼりしましょう。


 それから、二人で笑って怒られましょう 


 そんなことを想います。


 そんなことすら幸せです。


 君の重荷にならないようにだけ気を付けながら。


 そんな幸せを抱きしめます。


 今日、ここで、眼を閉じてみる夢は。


 きっと幸せな夢だと、根拠もなくそう想うのです。


 少し蒸し暑くて、でも気持ちの良い風が吹く非常階段の踊り場で。


 私達はそうやって二人で仲良く目を閉じました。抱き合うように、そっと身体を絡ませて。


 こんな日々がずっと続けばいいのにと想いながら。

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