第8話 フミと暗殺者
「いいでしょう。ミカ、あなたの一時入団を認めます。明日、魔獣討伐をおこないます。一旦、帰宅して装備を整えて来なさい」
機嫌をなおしたクーラは、ミカへ言った。
「わかった」
「残りのメンバーには俺達から話を通しておくから、緊張しないでいいぞ」
フォックスの言葉に、ミカは静かに頷いた。表情に出さないが緊張しているようだ。自分の恋路以外には敏感なフォックスらしいフォローである。
「フミさんもついて来るんだよね?」
「はい。お世話になります」
「わざわざ魔獣討伐の前線まで取材に来るギルド職員は、フミくらいしかいないし、フミは余計なことをしないから信頼しているわよ」
クーラは目を細めて笑った。フミは「ふひひ」と笑う。ミカは気味が悪そうにフミを見た。
「あの、模擬戦の勝敗を記事にしてもいいでしょうか?」
フミはフォックスとクーラに尋ねる。
「女神・ミーティアの名の下に正々堂々行われた戦いよ、模擬戦だとしても、その勝敗を公表することに何か問題あるの?」
「正々堂々戦ったんだ、負けても恥ずべきことはない」
クーラは不思議そうに首を傾げる。フォックスは「ガハハ」と笑った。
「フミは世間知らずなんだよ。当たり前のことを訊くなよ」
ミカにもブーブーと文句を言う。
「そうなのですね」
フミは分厚いハードカバーの手帳にその旨をメモした。
まだまだ、この世界についてわからないことが多すぎる。特に宗教問題は難しいというか厄介だ。
下手に男神・ユキアに利することを口にすると、裏稼業についているような荒くれ者からも批難がましく見られる。
それほど、あの女神は尊敬を集めており、元旦那の男神は軽蔑の対象なのだ。
フミはフォックス達と別れると、教会へと帰ることにした。写真の現像と記事を書きたいからだ。帰途の中、アリアの買い物に付き合っていたらすっかり日が暮れてしまった。
アリアの買い物は異常なほど長い。
市場の隅から隅までじっくりと品定めをしてから、買うのだ。そのくせ、買わなくて良いものを買ったり、すでにあるものを買い増ししてしまったりして、必要なものの買い忘れることが多い。
アリアに盲目的に従うミカですら、うんざりした顔で付き合うくらい長い。
買い物が長いのに買い忘れがあるので、また買い物に行くという、付き合うとなるとひたすら虚無の時間を過ごすハメになる。
「アリア姉さんは、ミーティア様の化身だと信じて疑わないけど、買い物している時はユキアの使徒なんじゃないかって思うほど、精神を殺しにくるよな」
「わかります。他人の予定とか関係ない感じですよね」
「どうしましたぁ? ああ、すっかり暗くなってしまいましたねぇ。不思議ですわぁ」
フミとミカはため息を吐いた。アリアは自身の買い物が長いことには気づいておらず、いつも不思議そうな顔をする。
フミとミカはたんまりと荷物を持たされ、アリアの後ろをついていく。アリアは名残惜しそうに市場を見ながら教会へと向かう。
「死ね!」
声がした瞬間、ミカは荷物を捨て、向かってきた刃物を持つ男に流れるような動作でナイフを放つ。男の太ももにナイフが刺さる。体が傾いた男の顔面に回し蹴りを打ち込み、蹴り飛ばした。
腰にさしているナイフを抜き、倒れている男へ近づいて行く。
「お前……今日一日中見張っていたよな?」
ミカの声には、感情がこもっていない。フミはゴクリと唾を飲み込んだ。
「誰を狙った? 嘘を言ったら殺す。抵抗しても殺す。お前が生き残る方法は素直に正直に話すだけだ」
男が動こうとした瞬間、ミカは男の肩にナイフを刺す。男は悲鳴をあげた。
「動くな。口だけ動かせ。ちなみに、舌を噛み切っても人間は死なない。シスターがいるから回復魔法ですぐに回復させてやる。いいか、誰を狙った?」
「し、新聞記者を殺せと言われた」
「フミ、この男を知っているか?」
ミカは男の髪を掴み、フミに男の顔を見せる。フミは首を横に振った。
「なぜ、わたしを狙ったのですか? 初対面ですよね?」
フミは敵意がないことをあらわすように笑顔浮かべ、男に尋ねる。自慢じゃないがフミは一度あった人物の顔は忘れない。
男はフミから目を逸らしてミカを見た。ミカは感情の失せた顔で男を見ている。視線をフミに戻し叫ぶように答えた。
「お、お前を殺せば賞金が出る!」
「えっと、つまり、わたしが賞金首になったと」
男は頷いた。フミは「ふひひ」と笑った。男は気味悪そうにフミを見る。
「なるほど。出資元は誰でしょうか?」
「わからないが、身なりのいい格好をしていた! まるで貴族のようだった!」
フミは「貴族」と呟き、ナラシカの言葉を思い出す。そういえば、命を狙われる危険があると。どうやら、勇者・ノエルに関係しているのだろう。
「わかりました。ありがとうございます。ミカくん、もういいですよ」
「殺すか?」
「別に殺す必要はありませんよ。ふひひ。アリアさん、回復魔法をお願いします」
「いいのですかぁ?」
「別に構いませんよ」
フミは笑った。ミカは不満そうだったが、アリアが回復魔法で男の傷を癒した。男は信じられないものを見るような顔でフミを見ていた。
「お前、度胸があるのな」
「そうですか? 普通ですよ。昔は国を相手に孤軍奮闘したものです」
ミカは少し関心したように呟き、フミはわけなく答えた。それに今はミーティアの加護がある。
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