第5話 ミカとフミ
西区でもっとも大きな通りを、フミとミカは歩いていた。通りの左右には露店が立ちならんでいる。太陽の位置からしてもうすぐ昼だ。時間の関係もあってか飯屋の露店が目に付く。
ひっきりなしに人が往来しており、人にぶつからないように歩くのは無理だ。フミは諦めて歩いている。ミカは器用に人を避けていた。
「久々のギルドからの依頼が、取材と護衛ってなんだよ。僕なんかより、もっと別のやつがいるだろ。ノエル様とか」
フミの隣を歩くミカはブーブーと文句を垂れた。しかし、ミカの碧い瞳は油断なく周囲を警戒していた。彼の金色の絹糸のような髪が揺れる。
「ノエルさんには、ギルドの優秀な職員が取材に行きましたよ。文句ならナラシカさんに言ってください」
ミカのヘイトをナラシカへ向けようと、フミは適当なことを口にした。
「あのオッサンもお前と同じで、何を考えているかわからないから怖いんだよ」
「怖い……? ナラシカさんとわたしが? 意外です」
「昔、討伐した魔人にオーラが似ている気がする。それに怖いって感情は、暗殺者にとって一番大切なものだぜ。怖がりすぎるのもダメだけど、怖いものがないとすぐに死ぬ」
「ふむ」
フミは手帳にメモをとる。それをミカは面白くなさそうな顔をして見つめた。
「昔討伐した魔人というのは箱の魔人のことですか? お一人で討伐していますよね」
「実は一人で討伐したわけじゃないんだ。一族で討伐したんだ」
ミカの声が沈む。
「僕の一族は、魔人専門の暗殺者集団だった」
「過去形ですね」
「うん。一族に箱の魔人を討伐しろと、国王陛下から命令がきた。その結果、箱の魔人と引きかえに家族が死に絶え、唯一僕が生き残った」
「そう……だったのですね。でも、なぜ一人で討伐したことに?」
「華々しい戦果じゃないから、王国の情報部が一人で討伐したってことにしたのさ」
「なるほど」
「箱の魔人を討伐した話を聞いて、ノエル様が声をかけてくれたんだ。まぁ、今じゃ、箱の魔人を討伐したという話自体が嘘じゃないかって噂されているけどな」
ミカはため息をついた。
家族を犠牲にして魔人を討伐しても報われず、栄光の勇者パーティーメンバーから、今は後ろ指をさされて馬鹿にされる生活だ。
生活環境の落差で、ミカくんは心身を病んでいるのではなかろうか? 身長が伸びないのも心的なストレスが原因かもしれない、とフミは心配をした。
「ミカくん、最近——」
「!」
フミがミカに声をかけようとした瞬間、ミカは雷にうたれたようにビクッと震え、足取りがぎこちなくなった。どうしたんだろう? とフミは思う。
「ミカ! おい、ミカじゃないか!」
銀色の髪をしたギラギラした感じのオーラのある青年だった。歌手のような美しい声であり、それでいて威厳のある声だとフミは思う。筋肉質な体型であり身長はだいぶ高い。腰には派手な拵えの剣をさしている。
青年の後ろには、見知ったギルド職員が二名、影のように付き従っていた。フミを不満そうな顔をして見ており、なんだか疲れた様子だったのがフミの印象に残る。
「ミカ、久しぶりだな。どうした? 俺が元気なのが気に入らないか? ん?」
「いえ。ノエル様。お怪我が治ってなによりです」
「ミカ、お前は少しやせたな」
ノエルはニッと笑い、白い歯を見せる。親しそうにミカの首に腕を回し抱き寄せた。ミカは苦しそうにするが抵抗はせず、なすがままといった感じだ。
「最近は食が細くなりました」
「成長期だからちゃんと食え! いいか、元パーティーメンバーとしての命令だぞ」
「はい。ありがとうございます」
「で、お前は?」
ノエルは、ミカの首に腕を回したまま、フミに尋ねてきた。
「フミ・マツシタともうします。ただのギルド職員です」
「ああ、お前がフミか。俺はノエル・バーン。勇者様だ。その首に下げているのがシャシンとかいう魔道具か」
ノエルは、フミの首にかかるカメラを指さして訊いた。フミは大切そうにカメラを手に持ち頷く。
「はい。撮影してよろしいですか?」
「かまわない」
フミはカメラを構え、シャッターを切った。
フミが手に入れた情報では、ミカを腰抜け呼ばわりしているのは、ノエル・バーンと彼のパトロンだ。ミカはかたくなに信じないが、確かな情報だった。
「ありがとうございます。写真ができ次第、ギルドからお届けしますね……どうしました?」
「なぜお前は、俺のことを取材しない? ミカより俺のほうがいい記事になるぞ。なぁ、ミカ」
「……はい」
ノエルは少し腕に力を入れたようで、ミカはますます苦しそうな顔をした。
「そちらには二人もギルド職員が取材についているじゃないですか」
「俺はもっとも腕のいい記者をよこせとギルドマスターへ言った。こいつらから聞いたが、お前が一番良い記事を書くんだろ? お前が俺の記事を書けよ、ミカじゃなくて俺の復帰戦を記事にしろ」
「はぁ」
「これから【幽玄】パーティーを、俺の新しいパーティーメンバーにするんだ」
「【幽玄】をですか?」
【幽玄】は主力だったアルファードを追放して、落ち目になっているパーティーだったな。
「ああ。落ち目だがそれなりの人材がそろっている。新生勇者パーティーには調度いい」
「そうですか。ミカくんも今フリーですよね?」
「ミカ? こいつはいらない。腰抜けなんて勇者パーティーにふさわしくない。な、おい。だから、俺の記事を書け! 一面がいいな、魔獣を討伐しにいくから、早く来いよ」
「いえいえ、わたしはただの新聞記者です。吟遊詩人さんの真似事はできません」
フミの答えに、ノエルはつまらなさそうに鼻で笑った。
「お前、嫌な奴だな。ミカもそう思うだろ? この女は嫌な女だと」
「は、はい」
より一層力を腕に込めて、ミカの首を絞めたあと、パッと放す。ミカが苦しそうな顔をして頷くのを見るとノエルは満足したように頷いた。
「あ、あのノエル様!」
「なんだ?」
「館の魔人戦では、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
ミカは深々と頭を下げた。頭を下げるミカを興味なさそうに見下ろすノエル。しかし、すぐに笑顔を作り言った。
「お前のせいで栄光の勇者パーティーが負けた。ちゃんと後悔しろよ、ミカ」
「……はい」
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