第4話 ナラシカとフミとスキャンダル

「最近のメイク方法、おじさん世代だとちょっとねぇって思っちゃうよ。おじさんの若い頃のミーティア様メイクっていえばさ、長い前髪よ。目が隠れるくらいが可愛いの。今思えば、あれのどこがミーティア様だかわからないけど……当時は燃えたものさ」 


 フミの上長にあたるナラシカは椅子に腰掛け、フミの書いた記事に目を落としつつ、彼女に語って聞かせた。

 ナラシカは40後半の男性で病的に痩せており、片眼鏡をかけている。確か娘と息子がいたはずだ。

 冴えない感じのおじさんではあるが頭はキレるし、ギルドの出版部門の部長を務めているので、かなり偉い。怜悧な頭脳が仇になり出世街道からは外れているが、新人のギルド職員のフミからすれば天上人だ。


 フミは「面白いですね」と言いながら、自然と手帳にメモをとっていた。


「この記事でOKだよ。経費の精算しておいてね」

「ありがとうございます」


 フミはペコっと頭を下げた。


「フミちゃん、次はどんな記事を書くつもり?」

「んー。そうですね。……腰抜けって渾名の少年を聞いたことありますか?」

「元勇者パーティーの暗殺者の子だっけ?」

「そうです。ミカエル・ムーラン。次は彼を追いかけようかなって思います」


 ナラシカは、不思議そうな顔をした。


「おじさんとしては、怪我から復帰した勇者のノエル・バーンの取材をしてほしいけどさ。なぜ彼なの?」

「彼が腰抜けと呼ばれている理由はご存知ですか?」

「噂程度ではね。館の魔人を前にして、パーティーメンバーを置いて逃げていったという話だよね。結果、勇者大怪我、他のメンバーは死亡と」


 さすがにギルドの出版部門の部長だけあって、噂話を知っているな、とフミは感心する。基本的に情報が早く正確だ。


「その噂話の出所をご存知ですか?」

「出所かぁ……」


 ナラシカは黙りこくって顎を撫でる。フミはふふんと鼻を鳴らした。早く続きを話せとナラシカは目を鋭くして促す。


「噂話の出所は中央区と西区のギルドです」

「中央区は国王陛下のお膝元のギルド……あとここのギルド?」

「中央区と西区のギルドで、館の魔人に勇者が負けたことを拡散してほしいというクエストが出されました。覚えていませんか?」

「そういえば、あったような気がする……」

「ふひひ。おそらく王国の情報部と館の魔人討伐に関係した貴族が出したものかと」

「失敗の隠蔽じゃなくて拡散ね」


 ナラシカは「それは変だねぇ」と呟いた。フミは「ふひひ」と笑う。

 国王が選定した勇者が、魔人に負けたという事実はなるべく隠蔽したいものではあるが、それを拡散するというのは変であるということにナラシカは気がついたようだ。


「このクエストは、ある噂話を上書きするために出されたものと推測します」

「噂話の上書きとは、どういうことだい?」

「つまり、勇者ノエル・バーンが逃げ出して館の魔人に負けた噂話を、ミカエル・ムーランが原因で館の魔人に負けたという噂話に上書きしたのです」


 ナラシカは「んー」と唸りながら、椅子に深く座り足を組んだ。指をいじりながら唸り続ける。彼が頭を高速回転させているとき見られる癖だ。

 古いノートパソコンのようだとフミは常々思う。


「フミちゃんの妄想じゃないという根拠は?」

「冒険者の噂話をよく聞く娼婦さんや酒場にはミカくんが腰抜けという噂話は浸透していました。一方、冒険者とはあまり縁のない教会勢力に、腰抜けは? と聞くとノエルさんの名が上がりました」


 ナラシカは目を閉じて、唸りながら搾り出す。


「ふぅむ。で、ミカエルくんを取材する理由は?」

「彼に関する噂の再上書きがしたいです。ミカくんの名誉回復のために」

「んー。それは……国王陛下にケンカを売る可能性があるなぁ」

「国王? なぜですか?」

「勇者は国王陛下が指名するでしょ。その勇者のスキャンダルは国王陛下の威信に傷がつくのよ。……フミちゃんは他国から来たからわかんないだろうけど、この国ってわりかし国王陛下への忠誠心が厚いわけ。国王陛下のスキャンダルとなる可能性がある限り、ギルドとしては許可できないなぁ」


 ナラシカは目を開けて、フミを見た。鋭い刃物のような眼光だった。政治という戦場で見た目だ。フミはゾクっとする。耳元を弾丸がかすった時のように、脳内の興奮物質が分泌された。


「今回の館の魔人討伐が、国王の命令じゃなくてノエルさんの独断だったらどうですか? 国王もノエルさんの被害者になります」


 フミは一言一言、慎重に選びながらナラシカに尋ねた。彼は興味を持ったらしくニコリと微笑む。目は笑ってはいない。たぶん、ここで彼を納得させなければ記事を書いても新聞として発行はできないだろう。


「確か、魔人討伐は国王の勅命が必要ですよね? しかし、館の魔人は国王が勅命を出した記録がありません。これは裏が取れています」

「本当? 本当の本当の本当に?」


 フミは手帳に視線を落とす。自身の調べたことが間違いではない、勘違いではないことを確認して口開いた。


「中央区の国会図書館の官報で確認しました。ノエルさんが勇者に指名された日から最新の官報まで見ましたが、国王は館の魔人という言葉を口にしていません。国王のおならの数まで書いてある官報にですよ。であるなら、国王は館の魔人の勅命を発していないことは明白です」


 ナラシカは、「ふむ」と呟く。


「国王の勅命を無視して、館の魔人に挑み負けたというのは問題ではないですか? 勇者を指名した点では国王のスキャンダルになりますが、ここで独断専行の勇者を放置すると国王のためにもなりません。威信は足元から揺らぐのではないでしょうか」


 ナラシカはデスクの引き出しから一枚の羊皮紙を取り出し、羽ペンを走らせる。一枚の命令書を発行したようだ。羊皮紙をフミへ見せる。


「ミカくんが取材中に、わたしの護衛を担当する?」

「そ。これがあればミカエルくんは断れないから。うまく取材してね」

「じゃあ!」

「取材を許可するよ。ただし、おじさん、この業界長いから忠告するけど、今回は命を狙われる可能性があるからね」


 フミは首を傾げた。


「西区の貴族が関わってるんだろ?」

「おそらく」

「西区の貴族は、今の国王陛下に王位争奪戦で負けた弟君の派閥が強い。ややもすると勇者のノエル・バーンも西区の貴族に唆された被害者かもしれない」

「なるほど」

「今回は、ギルドもバックアップすることはできないから、その辺はごめんね」


 フミは「ふひひ」と不気味な笑いに、ナラシカは苦い顔をした。

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