第3話 女神・ミーティア

 日が暮れた。


 西区にあるアリアの教会に下宿しているフミは、灯りの魔法を使い原稿の執筆につとめている。油を使ったランプよりも明るいので、こっちの世界ではランプは嗜好品なのだ。


 パソコンなんて便利なものがないので、原稿はすべて手書き。とは言っても、フミは戦場の最前線でパソコンを優雅に使うことが難しいときは手書きで記事原稿を仕上げていたので苦しくはない。

 原稿をギルドの新聞部門に送り、上長の許可が下りれば新聞として、ようやく印刷機によって印刷される。


 トントンと扉がノックされた。原稿にペンを走らせつつ、「はい」と答える。


「ういーっす。仕事中? わりぃねぇ。邪魔するよん」


 声の主をちらりと見る。茶髪の見目麗しい少女が、まるで娼婦のような肌の露出の多い格好をして、まったく悪びれた調子なくフミの部屋に入ってきた。そして、フミに許可を取ることなくベッドに寝っころがる。

 インクの匂いに満たさいんれていた室内が、甘い香りに包まれる錯覚を覚える。


「ミーティアさん。もう少しで原稿が書き終わるので待ってくださいね」

「お? 女神様を待たせるなんて偉くなったものねぇ。あたしゃ悲しいよ」

「すぐ終わりますよ。女神なんですから、我慢をしてください」

「様をつけろ~、不敬ぞ?」

「はいはい」


 アリアさんが、女神・ミーティアの真の姿を見たら口から泡をふいて気絶するかもしれないなぁ。それに……ミーティアさんが寝転んでいるベッドは聖遺物に認定されてしまうかも。そんなことを考えると自然に笑みがこぼれてしまう。


「ニヤニヤしてんぞ。なんだ、面白い記事書いてんの?」

「ん? んー西区の娼婦さんたちの間で流行っているメイクについて書いています。まるでミーティア様のように美しくなっるというメイク方法ですよ」

「ふふ。下界の民は面白いことを考えるわねぇ」

「写真を見ますか?」

「見るー」


 フミは席を立つと、乾燥が完了した印画紙を一枚取り、ベッドでごろごろしているミーティアに手渡した。印画紙にプリントされている娼婦たちのメイク姿を見て、ミーティアは吹き出した。


「ぶは! なにこれぇ。ウケんだけど。白黒写真のせいかヤマンバギャルを思い出すわ。知ってる? ヤマンバギャルって」

「歴史の教科書で見ました。……メイク方法ですが、目の周りを派手にするとお客さんから好評らしいですよ」

「だからってこれ、え~、マジで? あたしと全然似てないじゃん! くししししし。ウケる」


 ミーティアはひとしきり笑うと、写真をテーブルの上に置く。


「ところで、フミはこっちの生活は慣れた? 地球から転移して二ヶ月だっけ?」

「そうですね、おかげさまで慣れました。気前のいい女神様の援助のおかげです」

「あら〜? そんなに褒めなくてもいいのよぉ。まぁ、フミは地球では従軍記者をやってたからねぇ。適応力ははんぱないねぇ」


 ミーティアはふんわりと笑った。フミは原稿を書き終わり、署名を済ませる。椅子をガタガタ鳴らしてミーティアが寝転がるベッドへ体を向ける。


 ミーティアは見上げるようにフミを見た。今日、美に命を掛けている娼婦たちに会って来たが、ミーティアほど美しい女性がいただろうかと思う。

 出るとこは出て引っ込むところは引っ込む。茶色の艶のある髪、甘い香り。この世界ではトップクラスに美しいアリアでもミーティアには敵わないかもしれない。

 ましてや、自分は足元にも及ぶまい。


「どうしたぁ? あたしに惚れちまったかい? 女神を抱くのも悪くないぜぇ? どうだいベイビー」

「や、やめてください!」

「くしししし。27才の処女には刺激が強いかしらん」


 そういうことは言わなくていいです。それに、いい人と出会ってないだけです!


「こほん。で、今日はなんのようですか?」

「ん〜特に用はないけど、用がないと来ちゃダメ?」


 ミーティアはどこか甘えるように尋ねてくる。脳が蕩けそうになるくらい魅惑的な姿だ。これはずるい。迷惑とは思っていないけれど、迷惑なんて絶対に答えられないじゃないか。


「よ、用がなくても来ていただけるのは嬉しいですよ。わたしをこの世界に転移させた女神様とお話しする時が、身元を気にしないで済みますから」

「くしししし」


 手玉に取られている感じがあって面白くない。


「あ、ミーティアさんに聞きたかったことがあるのですが、いいですか?」


 ミーティアはベッドに寝転びながら「いいわよー」とだらしなく答える。


「アンデットのことなのですが、教会には、普通は集まらないものなのですか?」

「アンデットォ。あいつらは根暗男神の奇跡だから、あたしの縄張りの教会には集まらないわよ。普通」

「そうなんですね……」

「まぁ、例外はあるけどねぇ」

「例外……ですか?」


 フミはハードカバーの手帳に手を伸ばす。ページを開き、ペンを手に取る。


「アンデットは、男神・ユキアの聖遺物があれば、ゴキブリのようにわいてくるわよ!」


 心底嫌そうな顔をして、ミーティアは答えた。ゴキブリに喩えるほど嫌なのか。


「ですが、聖遺物なんて簡単に手に入りませんよね?」

「そうねー。A級冒険者が突破可能なダンジョンとかでたまに出現すとか聞いたわよ。ダンジョンはユキアの縄張りだから近づきたくないから、よくわかんないけどー」

「なるほど。じゃあ先月の騒動もユキアさんの聖遺物が原因の可能性もあるのか……」

「騒動? ああ、教会にアンデットがあらわれたアレね」

「ですです。なにかあるはずですよ」

「ふーん。ねぇ、フミ。あんたは地球を救った特典でこっちの世界に転移してきたのよ? こっちでは力を使って好き放題すればいいじゃない? シスター・アリアや毒舌チビのオモリなんて楽しいの?」


 ミーティアは不思議そうに尋ねてきた。フミは楽しそうに「ふひひ」と笑う。不気味な笑い方にミーティアは眉を顰める。


「楽しいですよ。記事を書くのも写真を撮るのも、すごく新鮮です。アリアさんにミカくんもいい人だから、助けたいんです。知っていますか、ミーティアさん。ペンは剣よりも強いんですよ!」

「はぁ? 何それ」

「そのうちわかりますよ。……ところでユキアさんと別れた原因ってなんですか? 吟遊詩人さんの歌のとおりですか?」

「ノーコメント!」


 ミーティアはプクーと頬を膨らませた。悔しいが可愛いのである。

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