第2話 談笑

「では、教会のアンデット騒動はわかりましたかぁ?」


 アリアがエールを飲み干し、フミに尋ねる。一月程前にアンデットが嫌うはずの教会にアンデットが大量発生したという不可思議な騒動だ。騒動の結果、アリアのあだ名が疫病神になった。


 フミはハードカバーの手帳を器用にめくる。


「アリアさんの教会がある西区以外、つまり……北区、東区、南区、中央区にある教会に取材を申し込んだのですが、今のところアリアさんの信仰心がたらないからでは? という回答をいただいただけですね」


 フミの答えを聞くと、アリアはカウンターを叩いた。物凄い音にフミとミカはビクッと驚く。アリアはおっとりとした目元を赤くして怒鳴った。


「ありえませんわ! 女神・ミーティア様への信仰心がたらない? わたくしの信仰心がたらないなんて! ありえません!」


 フミはアリアに気おされて仰け反った。苦笑みを浮かべて鼻息あらいアリアをなだめる。普段、怒らない人が怒ると本当に怖いとフミは思う。


「まぁまぁ、そう怒らないでください。身内贔屓ではありませんが、アリアさんの信仰心の厚さは、他の地区の教会関係者より厚いと思います」

「じゃあ、なんでアリア姉さんの教会にアンデットが発生したんだよ?」


 ミルクを飲みつつ、ミカがフミへ尋ねる。フミはペンでおでこを掻いた。彼女が悩むときにおこなう癖だ。


「逆に考えて、信仰心が厚いからアンデットが群がってきた……とか?」

「ありえませんわ。生をつかさどる女神・ミーティア様への信仰心が厚いと、アンデットは寄って来ませんわ。アンデットは死をつかさどる男神・ユキアの奇跡の結果ですから」


 フミは「なるほど」と呟き、手帳にアリアの言葉を書き込んでいく。ミカは「常識だぜ」と嫌味を吐いたが、フミからしてみると新鮮な情報だった。


「この件は、要取材ですね。記者のカンですが、とくダネのにおいがします」


 フミは「ふひひ」と笑った。笑い方が不気味だった。


 パタンとの手帳を閉じると、酒場の主人に水を向ける。


「主人、なにか面白い話を聞きましたか? あ、わたしもエールかラガーをください」

「そうだなぁ。さっきフミの話に出たノエル。館の魔人戦で負った怪我が治ったって話を聞いたな」


 酒場の主人はエールを注ぎ、フミの前に置いた。

 フミはミカが息をのむのを見逃さなかった。


 ミカは元パーティーメンバーのノエル・バーンを尊敬している。その尊敬の度合いは、戦場の狂気を知っているフミから見ても異常に見えた。尊敬というよりも狂信に近いものだ。

 以前、宗教関係のテロリストの少年に取材をしたときに抱いた感情に近い。


「そうですか……一度お会いしたいですね」


 エールを一口飲んだ。生温かくおいしくないと有名な安いエール。生水を飲むとお腹を壊すので、エールを水代わりに飲む。アルコールが好きではないフミだが、エールはアルコール度数が低く、かろうじて飲むことができる。また味音痴(たいていの物は美味しいと思う)なのもフミとしては助かる。エールよりも真水のほうが高価な世界だ。


「の、ノエル様に会うのか?」

「まだ会えるかわかりませんが、会ってお話を聞いてみたいですね。ノエルさんは、国王から拝命したんですよね、勇者の称号を」

「そうだ。勇者の称号を名乗れるのは国に一人しかいないんだ。それにノエル様とそのパーティーは歴代の中で最強の勇者とも言われている!」

 

 ミカはミルクを飲み干し続けた。


「勇者とそのパーティーは、魔獣の上位種、魔人、そして魔王を倒すために選ばれるんだ!」


 そこまで言うと、ミカはをつぐんだ。どうしたのかしら? とフミがミカを見ると真っ青な顔をしていた。


「ノエル様が怪我をして、他のパーティーメンバーが死んだのも僕のせいなんだ。僕がもっと全力で館の魔人との戦いを止めていたら……」

「ふむ?」

「僕のジョブは暗殺者。相手を殺すことができるか、できないか、瞬時にわかる。館の魔人は殺すことができないとわかったんだ。でも、僕はそれをノエル様に言わなかった……言えなかった」

「それはなぜですか?」

「僕みたいな、下賎な暗殺者風情の人間が、あのノエル様と口をきくなんて失礼だろ? ノエル様が勝てると言ったのだから、僕が口を挟むのは差し出がましい……」


 勇者・ノエルが館の魔人に関係する情報収集を怠った結果じゃないか。それにミカくんは知らないようだけど、館の魔人討伐は国王からの勅命ではない。ノエルさんと一部の貴族の独断専行なのに……とフミは思ったが口には出さない。


「そうやって自分を卑下してはいけません!」


 アリアが言った。ミカは「はい」と答えたが、顔は青いままだった。


「アリアさんの言うことは素直に聞くんですね」


 フミはわざと少し拗ねた調子で呟いた。アリアはコロコロと笑い、ミカは自嘲的に笑う。


「フミ。ノエル様に会うときは、僕からの伝言をお願いしたい」

「いいですよ。まだ、会えるかわかりませんが、伝言聞いておきますよ」

「ありがとう。ノエル様には『ご迷惑をおかけしてもうしわけありません』と伝えてくれ」

「了解しました。でも、そういうのは自分で伝えた方がいいのでは?」

「……僕はノエル様から嫌われているからいいんだ……」

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