第1話 腰抜けと疫病神と新聞記者

『これぞ挫折を味わった男の底力。


 S級冒険者パーティー【鷹】の守護神・アルフォード・フォックス(23)の1日の魔獣討伐数が、前人未到の55体を記録した。


 いままでの1日の魔獣討伐数の記録は勇者・ノエル・バーンの持っていた34体だったが、その記録を21体も多く上回っている。


 前パーティー【幽玄】にて、追放宣言を受けてから様々な経験を経て、今季S級冒険者パーティー【鷹】に迎えられてからの偉業となる。


「【鷹】の皆さんや団長の助けのたまもの」とはにかんだ。』



 新聞の一面には、そんな記事がおどっていた。


「やっぱりアルフォードはやる男だったんだよ! 俺の言ったとおりになっただろ? あいつの、ジョブとスキルはSSS級冒険者のそれだよ」

「あいつが追放されたときに、声をかけとけばよかった……」

「無理無理。【鷹】の団長はアルフォードの幼馴染でふたりはおねつだ。俺たちがいくら誘っても、見向きもされなかったろうよ」


 丸テーブルを囲んだ3人の男は、新聞に目を落としながらため息をついた。新聞の二面には『S級冒険者パーティー【鷹】でビッグカップル誕生か?』の記事がおどっていた。


「最近、ギルド新聞の発行頻度も増えたし、前みたく嘘か本当かわからねぇネタばかりじゃなくていいな」

「ああ。それにこの挿絵の精巧さといったら……本物の魔獣みたいだよな!」

「馬鹿、それはシャシンっていうんだよ。最近、ギルドに来た女が持っていた魔道具で風景を切り取るんだと」


 頭が禿げ上がった男が自慢げに言った。赤ら顔の男は「はぁ」とよくわからないが頷く。


「お、東区の武器屋でセールがあるらしいぜ」


 熱心に新聞を読んでいた男が声を上げた。


「マジで?」

「新聞に書いてある。アルフォードの実家が東区だから、セールするんだと。アルフォード様様だな。それに新聞を持っていけば幾分か割り引いてくれるとさ」

「よし! 俺もカワイ子ちゃんに振り向いてもらえるように剣を新調しちゃおうかな!」


 3人はグイッと木製のコップに残った酒を煽る。

 ギルドに併設された酒場の扉が開かれた。背の小さな少年と修道服を着た美女の2人が酒場に入ってくると、3人の男は舌打ちをした。


「おい、腰抜けと疫病神が来たぜ」

「あー。俺、武器屋に行くけどどうする?」

「俺も行く~」


 背の小さな少年が男たちを睨んだ。男たちは露骨に目を逸らして、さっさと酒場を後にする。


「なにが腰抜けだ……なにが疫病神だ……」


 少年が呟いた。心底頭にきているのか、唇を噛んでいる。


「あらあら。ケンカはダメですよ?」

「アリア姉さんは、馬鹿にされてケンカをするなっていうのかい?」

「ケンカはよくありませんわ。女神様に嫌われますわ」

「っち」


 少年と美女は、カウンターに腰かける。注文をしていないのに、少年にはミルクが、美女には温いエールが出された。


「ありがとうございます」と美女。

「なんで、頼んでないのにミルクなんだよ!」と少年はイライラした調子で酒場の主人に怒鳴った。


「どうせ、お前はミルクしか頼まないだろ?」


 酒場の主人は肩をすくめて応える。美女は笑った。少年が続けて何か文句を言おうとしたときに、酒場の扉が開かれた。


「すみません! 遅れました! 西区の娼婦さん達を取材していたので……」


 黒い髪で大きな黒い瞳をした化粧が派手な女性が、酒場に入ってくる。首には古い型のカメラをぶら下げていた。子供のように澄んだ純粋無垢の瞳が特徴的だろう。

 貧相な体つきではあるものの、彼女は不細工というわけではない。派手な化粧をしているので、特にそう思うのかもしれない。しかし、娼婦としては肉付きが足らない。


「なんだよ、フミ。お前も客をとっていたのかよ? そんな、ぺったんこの胸で」


 少年は鼻で笑う。服の袖で化粧をぬぐいながらフミは答えた。


「ああ、この化粧ですか? 娼婦さんに悪戯されました……素材がいいとか言われましたよ! 胸はないけど魅力的ですって。うっふん」

「お世辞だ、馬鹿。真に受けるな」

「酷いなぁ、ミカくんは。アリアさん、こんにちは」


 フミにアリアと呼ばれた修道服の美女はエールを飲みながら、軽く頷いた。酒場のカウンター席に座ると、フミはニコニコと笑い、不機嫌そうなミカと穏やかなアリアを改めて見た。


「なにかありましたか? ミカくんがいつにもまして不機嫌ですけど」

「さっき、腰抜けと疫病神と言われただけですわ」

「いつも言われているじゃないですか。なぜそんなに怒っているのです?」

「わかりませんわ」


 フミとアリアは互いに首を傾げた。


「いつも腰抜けと言われるのが嫌なんだよ! 俺は館の魔人と最後まで戦ったのに……」

「なるほど」


 フミはポケットからハードカバーの手帳を取り出し、ページをめくる。使いにくそうな手帳ではあるが、フミは慣れた手つきで目的のページを開いた。


「ミカくんを腰抜け呼ばわりしている人達ですけど、解散したパーティーの生き残り……勇者のノエルさんとパトロンのようなんですよね」

「はぁ? 適当なこと言ってんなよ。ノエル様がそんなこと言うわけないだろ! あの人は慈悲深いんだ!」

「新聞記者のわたしの命に代えても事実です! ちゃんと取材をしました!」


 フミは少しだけ語気を強めて、ミカの言葉を否定した。フミの澄んだ瞳に射られて、ミカは言葉を継げずにいた。

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