異世界で新聞記者をしているフミと申します!

宮本宮

第0話 始まりのお部屋

 フミが目を覚ますと、懐かしいにおいがした。日焼けした畳の上に寝かされていたようだ。薄いタオルが布団代わり。ちゃぶ台が一つあり、テレビの音が聞こえる。


 ああ、わたしは夢を見ていたんだ。さっきまでのことが夢なのか、今現在が夢なのかわからないけど、夢の微睡の中にいるのだろう。


 フミは目をこすりながら、上半身を起こす。手に硬い感触があり、何かしらと見るとカメラだった。

 部屋を見回すと四畳半の和室のようだ。


 ちゃぶ台に肩肘をつき、おせんべいをバリバリと食べている茶髪でラフな格好をした少女がいた。タンクトップからスポーツブラがはみ出ている。下半身はショートパンツで長く白い足が眩しい。

 テレビでは、漫才が放送されており、少女はときおり笑っていた。

 その少女の美しさは、世界各国を歩き回っていたフミをしても、見とれてしまうほどだ。


 フミは手に大切に持っていたカメラを少女に向けていた。シャッターをきったと同時に、少女がフミに気がつく。


「あ、おはようざいまーす」


 少女はにこりと笑う。かなり砕けた口調の日本語だった。


「おはようございます」

「え~と、あんた松下文、27歳の処女だよね?」

「あまり、そういうことは言わないでほしいんですけど……そうです」

「あー。ごめんごめん。モテそうな顔してんのにね。彼氏いない歴=年齢なのねぇ」


 少女がそんなこと言うと嫌味っぽいが、フミは特に気にしない。


 少女はテレビの電源を切る。そして、視線をフミに向けた。正面から改めて見る少女の美しさに、フミはゴクリと喉を鳴らす。

 気の抜けた顔をしているのにひどく美しい少女。しかし、ここまで美しいと対抗心とか嫉妬心も湧かない。


「えっと、あなたは誰ですか?」

「私はアレだよ。見てわからない?」

「フリーター。ニート? あ、引きこもり」

「ちげーよ! 女神だよ! め・が・み! 神様!」


 女神は親指で自身を指しながら怒鳴った。フミは素直に頷く。こういう頭のおかしいタイプの人間(?)とは議論しないのが長生きのコツだと先輩から口を酸っぱくして教えられたので、反論をするという悪手は打たない。


「その〜女神……様? ここはどこですか?」

「様を疑問系にすんな! ここは天国」

「は?」

「あんた、死んだから。そこんとこよろしく」


 天国というよりは、ズボラ女の部屋か、売れない芸人や漫画家の借りている格安アパートみたいだなぁと、興味深くフミは部屋の中を見回す。

 女神はゴロンと横になるとちょうど手が届く場所に設置してある小型冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッと開けて喉を鳴らして飲む。


「ぷはぁ〜! 死んだのよ、地雷で。覚えてるでしょ?」

「ああ……はい。覚えています。夢じゃなかったのですね……」


 女神の言葉にフミは俯いた。

 結局、自分は何も後世へ何も残すことができなかった。戦争を止めることも出来なかった。そんな自責の念で胸が押し潰されそうになる。


「まぁ、あんたは死んだけど、I国とR国の十七年戦争は、あんたのおかげで終わったから、そう落ち込むなって」

「わたしのおかげで……? あの泥沼の戦争が終わったのですか⁉︎」


 フミは身を乗り出して女神に尋ねた。


「あんたが撮って遺した写真や手記がきっかけになって、R国とI国のみならず全世界が再び本格的に反戦ムードになるの。下界の賞……えっと、ピュリッツァー賞だっけ? あんたは故人として、それも受賞する予定」


 フミは「本当ですか⁉︎」と食い気味で女神に問い詰めた。女神は、いきなり元気を取り戻したフミたじろぎつつ、「お、おう」と頷く。

 ピュリッツァー賞を受賞した喜びもさることながら、フミは自分の願望であった停戦及び終戦を実現できたことが信じられないほど嬉しかった。


 そうか。彼らはもう銃火に怯えることがなくなったんだ……よかった。


 感極まって涙を流しながら、フミは女神に言った。


「ありがとうございます。教えていただき感謝いたします。これで心おきなく成仏できると思います」

「ちょちょちょ! 勝手に話を進めんなし。神様を前に成仏とか言うなし! 仏教用語やん!」


 女神は座った目で、ちゃぶ台をバンバンと叩き怒鳴った。


 フミはやだこの酔っ払い怖いと思う。


 女神はちゃぶ台の上のせんべいの入った袋をフミへ向ける。

 フミはせんべいを一枚取りかじった。美味しい……


「まー聞け」

「はい」

「世界平和のためとはいえさ、あんたを見殺しにしたのは女神として目覚めが悪いのよ……」

「見殺しって、運命なんだから仕方ないのでは?」

「いつものあんたなら、地雷のワイヤーを切る? あの時、思考力が鈍らなかった?」


 確かに、普段はあんなケアレスミスは絶対にしない。ならば、なぜあんなことをしたんだ? フミは女神様を見た。女神様はバツの悪そうな顔をして答えた。


「思考の鈍化、ブービートラップ。全部、あんたを殺すために運命を操作したの。あんた手記や写真の効果を劇的にするためにね。ごめん」


 女神は気まずそうに頭を掻いた。


「そこで……あんたが良ければなんだけど、異世界に転移してみない?」

「異世界……異世界で復活できるのですか?」

「こっちの世界であんたが復活すると具合が悪いのでね。私が管理するもう一つの世界なんだけど、どうよ?」


 フミは好奇心をそそられた。広く大きな世界を見たくて世界中を放浪しようと、居ても立っても居られない、何かに突き動かされたときのように。


「異世界って存在するのですね? どんなところですか? 並行世界とは異なるのですか? 文明のレベルは――」

「ちょちょちょ! 一気に質問するなし! 異世界の文明はあまり発展してないかな。印刷技術と識字率は高いけど他はあんまし高くない文明レベル。あ、でも衛生観念とかは進んでいるから安心して。街中は汚物で溢れてないから。あと魔法があるのよ――」

「魔法!」

「お、魔法を使いたい感じ?」

「あ、はい。便利そうじゃないですか。それに夢があるじゃないですか!」

「オケオケ。あといくつか便利な能力もあんたにあげようじゃないか」


 女神はそこまで言ってから、その美しい顔を真面目に引き締める。


「私の子供たちを救っていただきありがとうございました。余生をどうぞ楽しんでください」


 頭を下げて、女神は言った。フミは少しくすぐったい気分になったが「いえ、お世話になりました」と頭を下げた。何をお世話されたがわからないが……


「で、あんたは新しい世界に行ったら何をするの?」

「んー。また新聞記者でもしましょうかねぇ。……あ!」

「なんだよ、急に大声出すなよ」

「時間があるなら取材できます?」

「ちょちょちょ! ダメ! ダメ! 今は絶対やだ!」

「何故ですか?」

「……め、メイクしてないから、また今度!」

「ぷは。神様もそういうこと気にするんですね」

「ミーティア。あたしの名前はミーティアってーの」

「ミーティア、じゃあまた今度、取材をぜひ!」

「お、おう」

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