第5話 夢駆け作者、夢の中で夢を見る
夢の中なのに夢を見ているらしい。いかにも夢だと言わんばかりの場所に私はいた。真っ白な空間である。足元に影もなければ光源も不明だった。一面の白。そんな世界である。
「夢、ですか。その認識はある意味は正解なのでしょう」
男性の声が聞こえるとともに強い風が吹いた。ぎゅっと目をつぶってまた開けば白い世界が変わっていた。一面の花畑だ。その奥には狩衣を纏った青年らしき人物がぽつんと一人立っている。いや、もしかしたら女性なのかもしれない。市女笠に虫の垂衣をつけて被っている。平安時代、いいところのお嬢さんが顔を隠すために使っていたものだ。彼は真っ直ぐにこちらを見る。
「しかし、現実は逆転しています」
「逆転?」
「貴女を連れてきたのはあの子であれど、こちらにきたのは他の方の力。貴女に空白をどうにかして欲しかったのでしょう。それは私も同じことなのですが……」
「つまり?」
私は首を傾げてそう尋ねた。イマイチ容量が掴めない話だ。恐らく連れてきたのはケイマなんだろうが。緩やかな風が吹く。彼の衣が揺れる。花びらが舞う。隙間から見えた顔は整っている。そしてまた見たことがあるような、会ったことがあるような奇妙な感覚が襲ってきた。
「貴女の現実はもはや夢となり、夢が現実となったのです」
その言葉を聞いた瞬間、ずしり、とお腹に何かがのしかかる感覚がした。世界が一度暗転した後、起きろってば! という少年の声が聞こえて目を開く。そこにいた少年ことケイマは懐かしい中学校の制服を着ていた。
「やっと起きた。俺学校行ってくるから! 不用意に出かけんなよ! 補導されたら面倒なんだからな!」
朝飯は置いてあるから! シャワー浴びんなら廊下出て左の扉! などなどなど囃し立てるように説明した彼はエレベーターに飛び乗った。いってらっしゃい、と一応言ったが聞こえているからは不明である。よく寝た、という感覚がする。夢の中にいるのに変な話であるが。
私は寝ていたらしいソファから立ち上がる。確かに言いつけ通りダイニングテーブルにはバランス栄養食が置かれていた。なるほど、あまり中学生にはよろしくない朝食である。
時計を見れば8時15分を過ぎた頃だ。テレビをつければニュースの一つや二つやっているだろうか。そう思いながらテレビをつけてダイニングテーブルに向かう。まぁ、その前にソファの前にあるローテーブルに足のすねをぶつけるのだが。
「いったー!!」
痛い。めちゃくちゃ痛い。転げ回るくらい痛い。誰もいないのをいいことに転げ回る。涙目である。……。
「……は?」
よくよく考えたらおかしいのではなかろうか。よく夢では痛みを感じないとか言うし、そもそも痛みを感じる前に飛び起きるではないか。いや待て、痛みを感じているような錯覚を起こす夢なのかもしれない。とりあえず転げ回るのをやめる。でも、本当にそうなのだろうか。
――貴女の現実はもはや夢となり、夢が現実となったのです。
あの青年は確かそう告げた。その言葉を信じるのであれば、私が大人であった現実は夢になり、今ここにいることが現実になる。
「……そんな馬鹿な」
そんなことはありえない。あり得るはずがない。何故ならそんなことは絶対に起こりえないのだ。私の妄想した世界、空想した世界に行くなんてことは。これは痛みを感じているような錯覚を起こす夢を見ているのだろう。
ノロノロとダイニングテーブルに向かいバランス栄養食に手を伸ばす。テレビでは偉い政治家が亡くなったニュースが終わり地域の天気予報に画面が切り替わった。
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