第4話 夢駆け作者、主人公と共謀する(2)


 それから私は夜通し彼と話をした。彼と話すのはとても楽しかった。まるで昔の気の合う友人と話しているようだった。それに加えて彼がとても眩しい存在のように思える。彼の話はとても綺麗な話ばかりだった。大人になった私の周りに溢れる話とは真逆の。誰かの陰口や怒り、自慢の話ではない。他者を貶すことも威圧することもない。ただ彼の口から出るのはこれからの夢や希望と、楽しみにしていること、これから先のこと、そんな言葉しかないのだから綺麗に感じるのだろう。

 あの頃の私もこうだったのだろうか。この世界が、未来がとても楽しく美しいものだと信じていたのだろうか。


「あのさ、ミドリは今何してんの」


 彼はそう言って私をみた。彼の話に相槌を打っていた私は言葉に詰まらせた。今何をしているか。ただ職場と家の往復。たまの休みだって家で寝て終わるのだ。彼のような綺麗な話などできやしない。


「ミドリは大人だろ? 俺たちみたいな話を書いてたわけだし、作家とかしてんの?」


 言い淀んでいた私に投げかけられたのはトドメのような言葉だった。作家、に、なりたかった時もある。でも、なれなかった。いや、夢を諦めたが正しい。だから、私はあやふやにしたくて笑う。綺麗な彼に話すようなことではない。彼は私の表情を見て、ムッとした表情を浮かべた。


「でた、大人が話を誤魔化すときに使う笑い方! それが一番タチが悪いってしってんのか? なんか、こう、あるだろ! 色々!」


 彼はそう言って私をみる。私は困ったような笑みを浮かべた。


「失望するかも」

「今更だなぁ。もう俺を覚えてなかった時点で一回失望してるっての」


 彼はそういうと不服そうに頬杖をついた。


「で?」

「……ないよ、何も」

「はぁ?」

「何にもないよ、夢も希望も。ただ生活してるだけ」

「お前、それで人生楽しいの?」

「楽しい云々以前に、生活のためというか、生きるためだから仕方ない」

「はぁー、これだから夢も希望もない大人は!」


 嘆くように彼はそう言って背もたれに深くもたれた。が、すぐに「閃いた」と言って起き上がる。


「一緒に中学生になりゃいいじゃねぇか」

「は?」

「手伝ってくれるって言っても、怪盗業は基本夜のわけだし。どうせ日中暇だろ?」

「いや、これ夢だからそのうち目が覚めるし」

「……目が覚めるまで暇だろ?」


 彼はそう言って首を傾げた。私はいやそんなと口を濁す。ケイマは畳み掛けるように身を乗り出した。


「そうだよ、そうすりゃいいじゃん。今の外見中学生なんだから、中学に通ってても違和感ないし」

「いや、此処にいたらいい話……」

「すぐには流石に無理だよなー、少なく見積もっても書類の準備とか調整とかに二、三日……」

「話を聞いてほしいな?」


 ぶつぶつと呟いたケイマに私はため息をついた。自分の世界に入ってらっしゃる。そのまま椅子に深くもたれて目を伏せる。


「寝んのか?」

「夢の中なのに寝るの?」


 そう言って目を開いて苦笑いする。


「……あるだろ、夢なのに寝る夢とか、寝坊する夢とか」


 確かに夢の中で寝る夢があるとは聞く。私はいまだに見たことがないが。寝坊する夢は見たことがある。あれは決して心地いいものではない。


「なー、いいだろー? ミドリの言う通り、俺の学校に仲間がいるならあんたが来たほうが早いんだし。仲間つくんの手伝ってくれるんだろ?」


 彼はそう言って眉尻を下げた。ぴえん。そんな言葉が頭によぎる。その表情としばらくにらめっこをしていたが、私は負けた。


「わかったわかった、目が覚めるまでは行くから」

「じゃあ明日一緒に行こうぜ。明日っつーか、今日だけどな」


 そう言って彼は時計を見る。時計は夜中の2時を指していた。


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