第3話 夢駆け作者、主人公と共謀する(1)


 隠れ家と呼ばれるその場所に行く手段は確か幾つかあって、彼らの家の地下にあるはずなのだ。しかし彼の向かった先は私の記憶にないマンションだった。はて、彼は一軒家に住んでいなかったか。彼はそのままエレベーターに乗り込むと、階数を出鱈目に押した。扉が閉まり、上に上がると思ったエレベーターは下に落ちていく。そうして、チン、と到着を告げるレトロなベルの音が鳴った。

 開いたその先は広いモデルルームのようなリビングが広がっている。モダン風の、というよりはアンティーク風のインテリアで統一されていて、部屋だけ切り取ればまるで海外ドラマに出てきそうだ。それは思い描いていた世界に近いが少し違う。なぜなら全てが片付き過ぎていて生活用品も一人分ぐらいでまとめられているからだ。


「他のメンバーはいないの?」


 私の問いかけに、彼はダイニングキッチンの奥にある冷蔵庫を開きながら口を開く。


「他のメンバーねぇ……アンタはさ、さっき俺の他に登場人物がいるって言ってたけど。それって誰」

「えっ」


 彼は中にあるミネラルウォーターを二つ取り出して冷蔵庫を足で閉めた。冷蔵庫の扉を足で閉めるのはどうかと思う。行儀が悪い。


「仲間いないの?」

「一人でやってる」


 そう言った彼は私にミネラルウォーターを渡した。


「今何年生?」

「中三」


 ならば確か彼は仲間に出会っているはずだ。彼はポケットから写真を取り出した。その写真には彼が写っているのだが、違和感がする。集合写真なのに、彼以外を画像編集ソフトで消してしまったような。彼はそんな不自然な格好で、不自然な位置に写っていた。


「ずっと開かなかった机の中にあった。で、知り合いにこの写真について聞きに行ったらアンタに聞いてみろって言われたんだよ」


 彼はそう言ってミネラルウォーターに口をつけた。


「アンタが忘れたから消えたんだとも言われた。俺もそのうち消えるともな。俺たちはそんな存在なんだとも」


 そう言って彼は自嘲したような笑みを浮かべた。


「認めなくなかった、自分か物語の登場人物だとは。でも、認めざるをえなかった」


 私はたじろぐ。どうやら彼の仲間が消えたのは私のせいらしい。

 私が忘れていたから。確かにこの夢を見るまで私の頭には彼らの存在がなかった。忘れていた。彼らの物語はある時点から後ろ指を指されることになり、あの時はああだったと自虐につかうようになり、そして忘れてもいい忘れたい産物になりかわり――そして忘れた。それを言えばきっと彼は怒るだろう。

 ええい、どうせこれは夢だ。目が覚めたら忘れている可能性だってある。目が覚めても、もしこの夢を覚えていたならあの頃とっておいたノートを読み返そう。そう心に決める。

 でも、もう少し時間があるのであれば。もう少しだけ、夢を見られるのであれば。この明晰夢で。


「じゃあさ、一緒に新しい話を作ろうよ」


 そう言って私は彼を見た。彼も私を見る。


「君が相変わらず主人公で、もう一度、君の仲間に会いに行こうよ」


 彼は目をまん丸にして驚いた。どこか頭の中ではひょうひょうとしているイメージがあったが、彼はこういった表情もできたらしい。彼は嬉しそうに笑う。とびきり、嬉しそうに。そうして口を開く。


「じゃあ、アンタが一人目の仲間だな」

「は? 私は作者なんだけど」

「こういうのは楽しんだもの勝ち、だろ?」


 彼は悪戯っぽく笑った。確かにそうともいえる。大人になってその考えはやめてしまったけれど、昔はそう考えていた。どうせここは夢だし、それを証明するように今の私は子供の姿だ。だから、私は「そうだね」と頷いてみせる。握手を求めるように彼は私に手を差し出す。


「ケイマだ。まぁ、偽名の苗字はありきたりな田中。田中ケイマ」

「今西ミドリ。よろしく、ケイマ」


 そう言って私は手を重ねる。握られた手に、私はくすぐったい気持ちになった。これからどんな夢がみられるのだろうか、だなんて内心では年甲斐もなくはしゃいでいる。

 頼むから朝が来ないでほしいと思ってしまった。どうせ目が覚めたって、代わり映えのないあの仕事に追われるだけの日なのだから。


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