第19話 旅立ち

目を覚ますと、目の前にニコニコ顔のミリアルがいた。

とてもとてもかわいい。


ミリアルは「おはようなのです」と言うと、昨日と同じように俺の胸に顔をぎゅっと押し付けてから、ポンと飛び起きていった。


俺の左腕は、今朝もしびれている。

幸せしびれと呼んでも良いかもしれない。

毎日腕枕を続けていたら、いつかはしびれなくなるのかなとか考えていたら、

「リュウさん、今朝も良い笑顔なのです」とミリアルに褒められた。

叱られた昨日とは全然違う。


すぐに出発できるように剣などの装備をすべて持って朝食に下りる。

時間が早いので、食堂は俺たちだけだ。

トロトロのチーズを乗せたパンとミルクの朝食を食べながら、女将さんや娘のモモイとおしゃべりする。


「今回はちょっと遠くまで出かけることになるのです。なので、次はいつここに戻って来られるのか、わからないのです」


「それは冒険商人だから仕方ないわね。でも、くれぐれも元気にいておくれよね。――リュウさん、ミリアルさんをしっかり守ってあげてくださいね」


「私からもお願いします。ミリアル姉さんのことを本当によろしくお願いします」


女将さんに加えてモモイにも頼まれた。二人ともミリアルのことをすごく大切に思っているのだろう。


「命にかえてもミリアル姫をお守りいたします」


俺がうやうやしくそう返したら、「ちょっと嘘くさい」と笑われた。


この世界に転生して4日目だが、豚足亭の皆さんとの出会いなど、ここまで楽しく過ごせている。それもこれもすべてミリアルのおかげだ。

本人は自覚していないが、女神イザベルが言っていたパートナーは、やはりミリアルで間違いないのだと思う。


もろもろの支払いを済ませ、女将さんとモモイに礼を言って宿を出る。

玄関にいた主人から「若さを満喫できていいな」と呟かれたので、「ご主人もまだまだ若いので頑張ってください」と言っておいた。


外は快晴だ。

もう一月もすると雨が続く季節が始まるが、それまではほぼ晴の毎日となる。

気温もそれほど高くなく、一年で最も過ごしやすい時期だ。


門まで来ると、門衛にギルドカードを提示して街を離れることを告げる。


「お預かりしている5000ガルダの保証金は、通行税として徴収されます。――お二人の旅が素晴らしいものになることをお祈りしております」


いつもの決まり文句だ。しかし、これを聞くと、新しい旅が始まるのだと少しワクワクするのは、リュウの記憶がしっかりとなじんでいるからだろう。


街道をしばらく歩いてから森に向かう小道にそれる。

待ち合わせ場所は、一昨日にエンマと戦った森の中の少し開けたところだ。

<マジックサーチ>ですでにエンマたちも集合していることがわかる。ちょっと気になる点もあるが、会えばわかるだろう。


ちなみに、街の中にいる間も<テレパス>を使ってエンマと連絡を取り合っていた。

その結果、50キロメートルくらいの距離までなら<テレパス>で話ができることがわかった。無線や携帯電話のように、とても便利なスキルなのだ。


エンマとの待ち合わせ場所に着いたら、エンマとカガリ以外に俺たちを待っている魔獣がいた。誰かと思ったら、エンマの親父の『ガンマ』だった。この森のリーダーらしい。マジックサーチにエンマたち以外の反応があったので誰かと思っていたのだ。


『リュウとやら、お前に会って少し話をしたかったのじゃ』


ガンマが<テレパス>で話しかけてくる。

<テレパス>を使うと二人だけで会話できるが、気分的に二人っきりになりたかったので、皆から少し離れたところに移動する。


『それで、話とは何なんだ?』


『女神のイザベルのことじゃ。お前はイザベルに魔王が造った魔道具を探せと言われたらしいが、イザベルのことをどう思っておるのじゃ?』


ガンマは少し怒りがこもった様子でそう聞いてきた。


『そんなことを急に聞かれても困るな。…実のところ、イザベルとは数日前に初めて会ったばかりなので、奴のことはよく知らないし、思うところもあまりないな。まあ~今のところは、依頼を達成したら報酬をくれる依頼人としか思っていないかな…。でも、依頼を失敗すると、元の世界に戻れなくなりそうなので、ちょっと怖い存在ではあるな』


『なるほどのぅ…。そうすると、これから始まる旅の目的は報酬だけなんか?』


『そうだな、報酬をもらうことと、依頼を達成するまで美味いものを食うとか、珍しい景色を眺めるとか、ミリアルやエンマたちと楽しい経験ができればよいかなと思っているよ』


『ふ~む、嘘は言ってないようじゃな…。じゃが、楽しい経験をしたいとは、なんだか気の抜ける奴じゃな、お前は』


俺の話に少しは納得したようで、怒気が少し和らいだ。

そこで、今度は俺の方から質問をしてみる。


『しかし、わざわざイザベルのことを聞きに来るなんて、魔獣とイザベルの間には何か因縁でもあるのか?』


ガンマは俺の目をじっと見つめて、しばらく考えてから話し出した。


『イザベルの目的は、この世の魔族と魔獣を根絶やしにすることじゃと、ワシの爺さんから聞いたことがあるのじゃ。――爺さんの話じゃと、ずーっと昔に魔獣がこの世に生まれた。それから魔族が生まれたらしいのじゃ』


教会でも、イザベルが魔族と魔獣を根絶させようとしていると教えている。人間と魔獣の世界で同じ内容が語り継がれているということは、それは紛れもない事実なのだろう。

一方、魔獣が魔族よりも先に生まれたという話は初耳だ。


『魔獣と魔族は人間が住む土地を避けて生活を始めたのじゃが、人間どもは魔獣と魔族に攻撃を始めたのじゃ。じゃが、魔獣や魔族の方が人間よりも強かった。人間を押し返した魔獣と魔族は、人間の土地に攻め込んだのじゃ』


『このままではやられてしまうと恐怖におびえた人間どもは、教会で祈りをささげたのじゃ。すると、イザベルが現れ、人間どもに我らとおなじ力を与えた。いわゆるギフトと呼んでいるものじゃな。それから人間が少しずつ魔獣と魔族を押し戻し、元の土地を取り戻したということじゃ』


『イザベルはそれ以降も人間どもに力を与え続けた。勇者を生み出して魔獣や魔族を殺し続けたのじゃ。そして、それは今も続いておるのじゃ』


『じゃが、こたびイザベルの依頼を受けたというお前は、エンマを殺さぬばかりか、仲間に加えて旅に出るという。それを聞いて、たまげたワシはお前にぜひ会って話がしてみたくなったのじゃ』


一気に話し終えたガンマは、まっすぐに俺を見ている。


『なるほど、イザベルとの間にそんなことがあったと言われているのか…。しかし、そうだとしても、俺は魔獣を殺すつもりはないからな。仲良くしたほうが断然楽しそうだし。それに、魔族には会ったことがないから何とも言えないが、血を見るのは嫌だから、殺すことは多分しないと思うぞ』


俺がそう言うと、ガンマは豪快に笑いだした。


『ガハハハッ!お前は気が優しいというか、軟弱というか、本当に気が抜けるような奴じゃわい!――じゃが、少なくとも、進んで魔獣を傷つけようとしないことはよくわかったのじゃ。エンマとの関係が何をもたらすか見当もつかんが、とりあえずは息子のことをよろしく頼むのじゃ!』


こうしてガンマとの対話は終了した。


ガンマの話を聞いて、過去の出来事などについて新たに疑問に思うこともいろいろ出てきたが、俺の第一の目的は魔王の魔道具を集めることだ。

まずはこれを優先させて、報酬をがっぽりと手に入れなければいけない。

そのついでに、疑問に対する答えが見つかればよいかなと思う。


ガンマと一緒にみんなのところに戻って、いよいよ旅を開始する。

こうしてガンマに見送られて、『異世界人の俺』と『人間のミリアル』、『ブルーエイプのエンマ』、『デスニャンのカガリ』が旅立ったのである。

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今までまったくモテなかった俺は素敵なパートナーと魔王が造った魔道具を収集する旅に出ます ヘントウカイバ @hento-kaiba

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