第18話 旅立ち前夜
マリアスの依頼を引き受けたあと、依頼品の箱を俺の収納ギフトに保管した。それを見ていたマリアスは、「やはり登録書類に記載されていないギフトを持っているのだな」と納得していた。
冒険商人のギルドに登録する時には、自分が持っているギフトをありのまま申告する者がほとんどだ。持っていないギフトやランクを申告しても、いずればれて信用を失うし、逆にギフトを隠していると、正当な評価を得られにくいからだ。
でも、中には『嫌な仕事をしたくない』という理由でギフトを隠す者もいる。
例えば、収納ギフトを持っていると荷物持ち扱いされることが多くなるし、治癒のギフトを持っていると治癒士扱いされてしまう。
そのため、荷物持ちや治癒の仕事をしたくない者は、ワザと申告しないのだ。
黙っておいて、自分や仲間うちだけで使用するというわけだ。
また、あまりに高ランクすぎるギフトの場合は、『しんどい仕事をしたくない』という理由で、ワザと低ランクのギフトとして申告する者もいる。
安全でユルイ仕事をこなしていくだけで良いというスタンスだ。
事実と異なる申告をしても罰を受けることはないので、マリアスに収納のギフトがばれても特に問題はない。
むしろ、ギルドとしては、メンバーの隠れた能力を見出して活用することも重要な仕事の一つだ。
つまり、マリアスにとって今回は、新しい人材を見つけたという意味合いの方が強いはずだ。そのためマリアスからはにこやかに「今回だけに限らず、末永くよろしくな」と言われてしまった。
もろもろの手続きが済んだので宿に帰ることにする。
ギルドの建物を出ると、夕日があたりをパステルカラーに染めていた。
ミリアルは昨日と同じように、俺の袖のあたりをつかんで歩いている。
昨日と違うのは、終始ニコニコしていることだ。
沈んでいた心はかなり復活したようで本当に良かった。
豚足亭に着くと、夕食の混雑時の前だったので、さっさと食事をいただいておく。
今日のメニューは『豚足のフライ』だった。
これは、じっくり塩ゆでした豚足にパン粉をつけてラード(豚の脂)で揚げた料理だ。煮汁をベースにして作った甘酸っぱいソースをかけて食べる。
そのひと切れを口の中でかみしめると、豚足本来のうまみと揚げたことによる香ばしさ、そしてそこにソースの甘酸っぱさが加わって、得も言われぬハーモニーが生まれる。
また、豚肉のトロトロ感と軟骨のコリコリ感に、衣のザクザク感が加わって、口の中が小さなお祭り騒ぎだ。
「今日もすごく美味いな。同じ豚足なのに、料理ごとにまったく違うものになるんだな。――でも、すべてが美味い!――旅に出てしまうと、豚足亭の料理が食べられなくなるのがつらいな」
「そうなのです。ボドルガの街を離れて一番つらいことが、豚足亭の料理を食べられなくなることなのです。リュウさん、豚足亭を丸ごと収納ギフトに入れて、持って行くのです!」
そんな冗談を言いながら豚足のフライを楽しむ。
最後の夜ということで、女将さんがエールの『ジネス』をサービスしてくれたので、さらに美味しく料理をいただくことができた。
食事が終わると「ごちそうさま」を言って、それぞれの部屋に戻る。
シャワーを浴びてから荷物の整理をしていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。ミリアルがやって来たのだ。
俺とミリアルは今夜も俺の部屋で一緒に寝ることになっている。
寝る前はいろいろな相談やお話ができて、とても有意義なひと時になるからだ。
ベッドの上に並んで座ると、ミリアルは驚くことを口にする。
「ギルマスから預かった箱なのですが、あの中には指輪が入っているようなのです。おそらく魔王が造ったものか、それに関係がある物だと思うのです」
「えっ?さっき中身はわからないって言ってたよな」
「あの時はそう言った方が良いと思ったのです。時には事実を隠すことも必要だと思うのです」
そう言ったミリアルは少し笑っている。
「私にとって一番大切なことは、リュウさんが魔道具集めの依頼を成功させることなのです。その妨げになることはしないと心に決めているのです。もしさっき本当のことを言っていたら、少し面倒なことになったと思うのです」
確かに、箱の中身が魔王の魔道具ということであれば、マリアスは俺たちに詳細を説明する必要が出てくるだろう。そして、そうなったとしたら、俺たちが簡単に依頼を引き受けるのも何だかおかしい気がする。
ミリアルの言う通り、中身を知らないことにした方が、お互いに良かったのだろう。
「あの時そこまで考えて、本当のことを言わなかったのか?そうだとすると、ミリアルはすごいな」
「なんとなく、そうした方が良いかなと思っただけなのです。たまたまなのです」
そう謙遜しているが、ミリアルは俺の想像以上に物事を深く考えているのではないかと思ってしまう。
俺は収納ギフトからマリアスから預かった小箱を取り出してベッドの上に置いた。
「魔王の魔道具が入っているとすると、これをどうするかだな」
女神イザベルの依頼は魔王の魔道具をすべて集めることなので、こちらを優先するならば、マリアスの依頼は達成できないことになる。しかし、そうしてしまうと、ギルドとの関係が非常にまずくなるのは目に見えている。
「とりあえずはマリアスの依頼通り、サンタルナのギルドマスターに届けるのが得策だろうな…」
俺がそう言うと、ミリアルも同意する。
「私もそう思うのです。サンタルナには勇者パーティもいるので、とりあえずサンタルナに行ってからいろいろと考える方が良いと思うのです」
こうして、まずはマリアスの依頼を片づけることにしたのである。
明日は早いので、ベッドの上に寝転びながら話を続けることにする。
ミリアルは今夜も俺の左腕を枕代わりにしている。
完全に恋人同士の寝方なのに、ミリアルは何とも思わないのだろうか?
俺の方は、ぎゅっと抱きしめたくなることもあるけれど、女性経験がほとんどないので、怖くて何もできない状態だ。
俺がもやもやしていると、ミリアルは昨晩俺が寝落ちしたために途中になっていたサンタルナの街の様子などを話し始めた。
「サンタルナの一番のおすすめは、何と言っても羊肉の料理なのです。西部には『ザフォーク種』という品種の羊がいて、そのお肉がとても美味しいのです。煮ても焼いても素晴らしい料理になるのです」
「そうか。サンタルナに着いたら、二人でザフォーク料理を食べつくそうな」
そんな会話を楽しんでいたら、いつの間にかミリアルが寝息を立て始めた。
少し安心して、俺も目を閉じた。
ちなみに、寝る前にミリアルのおでこにチュッとしたのは俺だけの秘密だ。
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