第16話 買い物
翌朝目が覚めると、ミリアルと目が合った。
お互いの顔は10センチメートルくらいしか離れていない。
顔を近づけてキスをしたい衝動に駆られる。
でも、「おはよう、なのです」という朝の挨拶に少し不機嫌な様子を感じたので、思いとどまった。
ミリアルが大きな目を細めて睨んでくる。
「昨日は私より先に寝てしまったのです」
「ごめん」
「気が付いたら、スースーと寝息を立てていたのです」
「ごめんなさい」
「もっとおしゃべりしたかったのです」
「申し訳ございません」
俺が三度謝ると、ミリアルは俺の胸に顔をぎゅっと押し付けてから、ポンと飛び起きていった。
俺も起き上がろうとしたが、左腕がしびれて感覚が無くなっていることに気が付く。
高校時代に友人のモテ男が『彼女に腕枕をしたら腕がしびれた』と自慢していたことを思い出した。俺にもついにその日がやって来たのかと少し嬉しくなる。
でも、「何をニヤついているのですか!?」と、ミリアルにまた怒られてしまった。
顔を洗って、二人で朝食を食べるために下りて行く。
ミリアルは女将さんとモモイに「昨夜は不愛想で、ごめんなさいです。少し疲れていたのです」と言って謝っていた。
女将さんとモモイさんはその様子から、「いつものミリアルさんに戻った」と喜んでいた。
一晩寝て、ミリアルの沈んでいた心も少しは和らいだのだろう。
しかし、「リュウさんにくっついて寝たら、すっかり疲れが取れたのです」とか、わざわざ二人に言うことはないだろう。
パンとベーコンエッグとミルクの朝食を食べたあと、女将さんたちに明日街を出ることを伝えると、とても残念がられた。
でも、「二人が一緒なのは本当に良かった」とも言われた。
食堂を出るときに店の主人が、「ホント、若いっていいよな」と呟いていたが、にこりと笑って素通りした。
それぞれの部屋で支度を整えてから二人で出かける。
今日はサンタルナまでの旅に必要な物資の買い出しを行うのだ。
まずは装備品の購入だ。
冒険商人は花形職業のため、装備品を扱う専門店が朝早くから何店も営業している。それらの店をまわって必要な装備をそろえて行くのだ。
さっきミリアルと相談して、すでに購入が決まっているものがある。
それは『二人用テント』だ。
街道を通って旅をする場合には、街道沿いにある『シェルター』と呼ばれる石で囲った簡易の宿泊スペースに泊まるのが普通だ。シェルターは約5キロメートルおきに設置されていて、そこでは寝袋や毛布にくるまって寝てもいいし、テントを張ってもいい。
ミリアルは女性なので、やはりテントを使いたいそうだ。今までは一人用テントを使っていたらしいが、ミリアルのたっての希望で、これからは二人で一緒のテントで寝ることになったのだ。
ボドルガでは一番品揃えが良いと言われている『レイバーマン』という店に入る。そして、店の奥にあるテント売り場に向かった。
すると、売り場の近くにいた店員が声をかけてきたので『二人用テント』を探していると伝える。
店員は俺たちを見てニコリと笑うと、商品の説明を始めた。
「二人用テントですと、このあたりの商品になります。中でもお若いお二人におすすめしたい商品が、この『防音装置』付きの二人用テントです!」
「防音装置付きというのは何なのですか?」
ミリアルが興味深そうに尋ねる。
「ある種の魔道具を使うことで、外の音はテントの中にも聞こえるのですが、中の音は外に出ないようになっています。そのため、テントの中で少々騒いでも、他人に聞かれることはまずありません」
なんと!この『防音装置』というのは、カップルが外のことを気にせずに中でいちゃつくためのものに違いない!さすがに魔法の世界だと、すごく感動してしまう。
しかしミリアルは分かっていないのか、「すごいのです!夜に秘密のお話ができるのです!」とか言って喜んでいる。
そんなミリアルの嬉しそうな様子を見た店員はニコニコしながら説明を続ける。
「そして、こちらの製品になりますと、『防音装置』に加えて『温度調節装置』もついているのです!そのため、お二人とも真冬でも薄着で過ごすことができますし、夏でも汗びっしょりにならずに、素敵な夜を過ごすことができるのです!」
この装置も明らかにカップルがいちゃつくためのものだ。
冬でも夏でも快適な室温でいちゃつけるすごいテントというわけだ。
店員もかなりストレートな言い方になってきたので、さすがにミリアルも気が付くはずだと思っていたが…。
「その装置もすごいのです!二人で快適に休むことができるのです!これを買うのです!」
と言って、即決していた。
「いや、ミリアル、さすがにこれは…」
そう言いかけた俺の言葉をさえぎり、ミリアルは言った。
「お金のことなら大丈夫なのです。私が払うのです。店員さん、一つお買い上げなのです!」
そんなわけで、俺の収納ギフトには『防音装置』と『温度調節装置』が付いた二人用テントが収納された。
ちなみに値段は15万ガルダで、普通の二人用テントの6倍以上もした。
ミリアルが全部出すと言っていたが、それだとミリアルの持ち家に間借りするような気分なので、結局俺も半分出すことにした。
なお、店員によると、購入したテントは『ラバーズ』というカップル専門ブランドの一品で、ラバーズからは『二人用寝袋』や『ペア枕』などの、若いカップル向けの商品がたくさん出ているらしい。
つまり、ラバーズの製品を使っていると、「俺たちはバカップルです」と宣言しているようなものなのだろう。
なかなかトホホな状況になってきたものだ。
ミリアルはさらにラバーズの『ペアカップ』や『ペアフォーク』などの食器を物色していたが、俺は強引に彼女の手をひいて店の外に出た。
そしてその足で近くの『ボーンヘッド』に入る。
ここは無骨だが、質の高い武具が人気の店だ。
俺はここで、投てき用のスローイングナイフを10本購入した。
ナイフに闇魔法の<エンチャント>でスキルを付与しておき、いざという時に投げつけて闇魔法を発動させるつもりだ。
その後、服屋に行って服の補充を行ったのち、最後に食糧の調達を行う。
旅の食糧の定番は、乾パンと干し肉、そしてドライフルーツだ。
生ものは携帯マジックパックに入れておいても腐るので、水分の少ないものを持って行くのが普通なのだ。
ところが、俺がもらったAランクの収納ギフトの中だと時間の流れがストップするらしく、出来上がってすぐの料理を保管しておけば、いつでも出来立てのを食べることができるのだ。
ミリアルは「収納ギフトに時間の流れを止める効果があるとは知られていないのです」と言うが、事実なのだから仕方がない。
そう言うミリアルも現金なもので、
「リュウさん、あそこのてりやきチキンは絶品なのです!」
「その角の店のザリガニコロッケは私の大好物なのです!」
「ここの串焼き肉は病みつきになる美味しさなのです!」
と、こんな感じで、俺はミリアルのお気に入りのあちこちの屋台に連れて行かれた。
こうして、俺の収納ギフトには大量の屋台料理が収納されて行ったのである。
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