第15話 ミリアルの過去

魔獣たちと別れてボドルガの街に戻ると、夕暮れ近くになっていた。

そのため、そのまま寄り道せずに宿屋兼食堂の豚足亭に向かう。


魔獣たちと別れてからミリアルはずっと沈んだ様子だ。

心細いのか、街に入ってからは俺の服の袖あたりをつかみ続けている。

魔獣たちと共存するという教会の教えに背く道を選んだことが原因と思われる。


「あらあら、お二人とも朝よりもさらに仲良くなっているわね」


豚足亭に戻ると、食堂にいた女将さんが朝と同じように冷やかしてきた。

しかし、ミリアルの沈んだ様子を見て、それ以上のツッコミはやめてくれた。


昼食抜きでとても空腹なので、部屋に戻る前に夕食をとる。

今夜は『豚足のスパイス焼き』を食べた。

この料理は、ゆでた豚足に秘伝のスパイスを表面に塗りこんでからオーブンで焼いたものらしく、表面はパリパリ、中はプルプルして実にうまい。

ミリアルもしっかり食べているので少し安心した。

心配そうに様子をうかがっていた女将さんと娘のモモイも、それを見て安心したようにうなずいている。


食事を終えると、二人で俺の部屋に戻る。

そしてベッドの上に並んで座った。

ミリアルは落ち込んだ様子のままだ。


こんな状況で沈黙はだめだ。

ミリアルの心を解きほぐすためにも、何か話さなければいけない。

そう思った俺は、あることに気が付いた。

俺はミリアルに昨日会ったばっかりで、ミリアルのことはほとんど何も知らないのだ。

そこで、ミリアルのことを教えてもらうことにした。


「俺はミリアルのことをほとんど何も知らない。だから、今夜はミリアルのことをいろいろ教えてくれないか?」


俺がそう言うと、ミリアルは少しの間俺を見つめたあと、静かに微笑んだ。


「もちろん、いいのです。でも、条件があるのです。リュウさん、今夜も私と一緒に寝るのです」


そう言われて断る理由もない。

俺がオーケーすると、ミリアルは「先にシャワーを浴びてくるのです」と言って、自分の部屋に戻って行った。

俺もそそくさとシャワーを浴びる。


しばらくして部屋に戻ってきたミリアルは、少しラフな感じの黒いパジャマを着ている。

これまでモテない人生を歩んできた俺にとって、ミリアルのような美しくてかわいい女性と2日連続で一緒に寝られるなんて、すでにバラ色の人生なのではないかと思ってしまう。


俺たち2人は、ベッドの頭部にある板を背もたれにして並んで座った。

いつでも寝られる体勢というわけだ。

そして、ミリアルは話を始める。


「私は、冒険商人をしていた両親の元に生まれたのです。でも、10歳になった年に二人とも目の前で亡くなってしまったのです」


冒険商人をしていたミリアルの両親は、ミリアルが生まれると馬車を買って、彼女を連れて依頼をこなすようになったらしい。

そして、ミリアルが10歳の時にその事件は起きた。


「商品を運ぶ依頼を受けて山道を移動中に、魔獣の群れに襲われたのです。父と母は奮闘して、何とか魔獣たちを撃退したのです。でも、安心したのもつかの間、すぐに山賊が襲ってきたのです」


魔獣との戦いですでに疲れ果てていたミリアルの両親は、なすすべもなく山賊たちに殺されてしまったという。

そして、その後山賊たちはミリアルを馬車から引きずり下ろした。

その時ミリアルは、両親と同じ世界に行けるのならそれでも良いと思ったらしい。


ミリアルを見ると、肩が小刻みに震えている。

本当につらい思い出なのだろう。

俺は左手をミリアルの左肩に回して、そっと抱きしめた。

しばらくそうしていると、ミリアルは少し落ち着いてきたのか、再び話し始める。


「でも、アイリスさんたちが助けてくれたのです。『煉獄の誓い』の皆さんがおられなかったら、今の私はないのです」


たまたま『煉獄の誓い』という女性冒険商人ばかりで作ったAランクパーティが近くを通りかかり、山賊たちを一掃してくれたという。

そして、両親の亡骸にすがって泣いているミリアルに「私たちが来るのが遅すぎた」と言って、何度も謝ってくれたらしい。


それからミリアルはアイリスたちと行動を共にするようになった。おそらく、アイリスたちの方が、ミリアルの落ち込む様子を見て放っておけなくなったのだろう。


つらい事件の後遺症で、しばらく言葉を発することができなかったミリアルだったが、底抜けに明るいアイリスたちとの生活を続けるにつれて、次第に心が和らいで行ったという。

そして、事件から一年たった頃には、パーティ以外の人にも何とか話せるようになっていたらしい。


「アイリスさんたちは、生きて行く上で必要なあらゆることを私に教えてくれたのです。ご飯の作り方に始まって、冒険商人のノウハウまであらゆることなのです」


こうして、ミリアルと煉獄の誓いのメンバーたちは家族同然の関係になって行ったらしい。

ちなみに、ミリアルの「~なのです」口調は、アイリスの「~なのだよ」という口調を真似ていたら、染みついてしまったものということだ。


15歳の成人の儀では、ミリアルにはAランクの鑑定のギフトが授けられた。鑑定はとても有用なギフトで、それがAランクということもあって、皆の喜びようは大変なものだったらしい。アイリスにいたってはミリアルを抱きしめてずっと泣いていたという。


「成人の儀以降は、戦闘力の無い私のために、鑑定のギフトを活かせる依頼を一緒にこなしてくれたのです。それで経験を積んだ私は、アイリスさんたち以外の方たちともパーティを組んで仕事ができるようになったのです」


ミリアルはさっきから俺の左腕を枕にして、一緒にベッドに寝転んでいる。

ほとんど恋人同士の寝方だ。

でも、煉獄の誓いとの楽しい思い出を嬉しそうに話すのを聞いていると、俺が魔獣を仲間に引き入れたことがとても酷いことのように思われて来る。


「今から2年くらい前、冒険商人のギルドから煉獄の誓いに、西の辺境地域で物資の輸送にたずさわるようにという依頼があったのです。なんでも、西の辺境地に高ランクの魔獣が出没することが増えて、物資の輸送が滞るようになったらしいのです。煉獄の誓いはAランクのパーティのため断ることもできず、私を残して旅立ったのです」


ミリアルも同行を切望したが、アイリスに「足手まとい」と一蹴されたらしい。

ミリアルを危険な目に会わせたくないというのが本音だろう。


「だとすると、サンタルナに行くと煉獄の誓いのみんなに会えるかもな」


サンタルナの西側の領域が、煉獄の誓いが活動している西の辺境地だ。そのため、アイリスたちがサンタルナに立ち寄る可能性は十分にある。


「そうなのです。私もそう思うのです。だから、とても楽しみなのです!」


「俺も、アイリスさんたちにぜひ会ってみたいよ」


「えへへへ、とても嬉しいのです。私も、煉獄の誓いの皆さんにリュウさんを紹介するのが、今からとても楽しみなのです」


その後ミリアルはサンタルナの名物料理や街の様子などを事細かに話し始めたが、申し訳ないことに、俺は途中で寝落ちしてしまったのである。

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