第12話 バラ色の未来

俺とミリアルは倒れているブルーエイプに近づいていく。

そして、途中で拾い上げた剣を右手に持ったまま、ブルーエイプの傍らに立った。

ブルーエイプは別段あがくこともなく、『殺すなら殺せ』と言わんばかりに、悠然とした様子で地面に横たわっている。


「リュウさん、とどめを刺すのです」


そう言ったミリアルを横目で見ながら、俺は剣を鞘に納めた。

カチンという音にブルーエイプの体がピクリと動く。


「えっ?なぜ?なぜなのですか?どうして…」


ひどく驚くミリアルの言葉をさえぎるように、俺は自分の想いを語る。


「ミリアル、俺はこいつを殺したくない。魔獣の命を奪うことはしたくないんだ」


「でも、でも、魔獣は敵なのです。この魔獣もさっき、私たちを殺そうとしたのです。とどめを刺さないといけないのです」


ミリアルは震える声でそう反論する。


「教会も『魔獣は殺すべし』と教えているのです。この世界から魔獣を根絶させることが女神さまのご意志なのです!」


確かに、この世界の常識はミリアルの言う通りだ。

教会は女神イザベルの意志として魔獣と魔族を根絶やしにすることを教えている。

魔獣と魔族は闇の生き物であり、人間を害する悪の化身であると教会は教えてきたのだ。


この世界の教会の権威は絶対だ。何しろ、成人の儀では教会で女神から『ギフト』が与えられるのだから。

また、結婚は教会で女神から認められないと成立しない。男女がどれだけ愛し合っていても、女神が許可しないと結婚できないことになっているのだ。

逆に、女神から祝福を受けて結婚すると、新たなギフトが与えられたり、既に保有しているギフトのランクが上昇したりする。


その女神が『魔獣は殺すべし』と言えば、ほとんどの人間は何の疑問も持たずに魔獣を殺すだろう。実際に、リュウを含めて、リュウが知っているほとんどの人間は、魔獣を殺す機会があれば、迷わずに殺してきた。

逆に、魔獣を『助ける』なんてことをしたら、天罰が下ってもおかしくないと思っているはずだし、リュウの記憶でもそんな人間に会ったことは一度もなかった。


しかし、俺は魔獣を殺したくないのだ。

そもそも、女神イザベルから『魔獣を殺せ』とか『魔獣を助けてはいけない』とか言われていないのだから、契約違反で訴えられることもないだろう。

ミリアルを巻き込んでしまうことは心苦しいが、ここは俺のわがままを通させてもらおうと思う。


「俺は女神イザベルからSランクの闇魔法を与えられた。その闇魔法には<テイム>というスキルがあるとミリアルはさっき言ったよね。このスキルを使えば、魔獣たちと『仲良く』することができると思うんだ」


実際のところ、<テイム>を使って『魔獣と仲良くする』という言い方は、こじつけもいいところだと思う。<テイム>は魔獣との間に主従の契約を結ぶSランクのスキルだが、本来は『魔獣を使役する』ためのスキルだからだ。

でも、もともと動物好きの俺は、<テイム>を『魔獣と仲良くなる』ための格好のスキルだと思ったのだ。


それに、今の俺の心には『魔獣と仲良くする』ことが正しい選択だという想いが強く湧き上がってきている。

ミリアルによると、俺には『未来を読む力』があるらしい。

実際のところ、そんな力を持っているという実感はないのだが、何かを判断をするときには、心の奥底からこれが正しい選択だという想いが湧き出てくることがある。

今の俺は、自分のこの『予感』を信じようと思っているのだ。


「ミリアル、俺には魔獣と一緒に仲良く暮らす『バラ色の未来』が見えているのかもしれない」


「そっ!そんな…」


ミリアルは顔を真っ青にして苦悶の表情を浮かべている。

それも仕方がない。

パートナーの俺がしようとしていることは、教会の教えに完全に反することだ。

今までその教えを信じてきたミリアルには到底受け入れられることができないことだろう。

まさしく、教会を捨てて俺についてこいと言っているようなものなのだ。


そもそも女神イザベルは、俺にAランクの闇魔法を与えようとしていたので、俺が<テイム>を使うことは想定していなかったはずだ。だから、俺が魔獣を助けるとイザベルが怒るかもしれないし、それに付き合うミリアルにも何か災いが降りかかるかもしれない。


「ミリアル、もし俺が魔獣と仲良くしようとしていることがどうしても許せないのなら、無理して一緒に来る必要はない。俺は自分自身がとんでもないことをしようとしているのはよくわかっているし、それをミリアルにも押し付けるのはとても酷いことだということもよく分かっている。それでも、俺はこのブルーエイプや他の魔獣を殺したくないんだ。できれば、仲良くしたいと思っているんだ」


ミリアルはずっとうつむいて、俺の話を聞いている。

もしかしたら、涙を流しているのかもしれない。


しばらくして、沈黙していたミリアルがゆるゆると顔を上げてつぶやいた。


「リュ、リュウさん…?」


「何だい?ミリアル」


「バラ色の未来には…、人と魔獣が仲良く暮らすバラ色の未来には…、私とリュウさんも一緒に暮らしているのですか?」


俺は涙があふれているミリアルの瞳をじっと見つめ、心を込めて笑いかける。


「俺とミリアルの2人がそろっていないと、バラ色の未来とは言えないだろう?」


それを聞いたミリアルはふらりと俺に近寄り、そして俺の胸に顔をうずめた。


「私は昨夜決めたのです。リュウさんとずっと一緒にいると決めたのです。そして、二人でバラ色の未来を創ると決めたのです」


そう言うとミリアルは両手を俺の背中に回して抱きついてきた。

俺は愛しいミリアルをぎゅっと抱きしめるのだった。

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