第10話 闇魔法(1)
1階の食堂では、モモイに加えて店の女将さんにも冷やかされた。
「ミリアルさんには男っ気が全然ないと心配していたけれど、やるときはやるもんだねぇ。見直したよ!」
「単に、二人でお話ししていただけなのです…。そんな、特別なことはしていないのです」
そう返すミリアルの顔はさっきからずっと赤くなっている。
でも、『特別なこと』って何だろう?
「まあ、深くは詮索しないけどね。―ところで、リュウさん、ミリアルさんとは3年越しのつきあいになるんだけど、この子は本当に良い子だからね。泣かせたりしたら、私が許さないからね!」
豪快な笑顔でそう言われると、「はい」と答えるしかない。
パンとチーズとミルクの朝食が終わると、それぞれの部屋に戻って支度をしたのち、二人で外出する。
こえから街から少し離れた森に出かけて、闇魔法のトレーニングを行うのだ。
ちなみに、玄関を出るときに店の主人が「若いっていいよな」とか呟いていたが、にこりとわらって素通りした。
衛兵が守る門で手続きをして外に出ると、彼方まで延びる街道をあたたかな日差しが照らしているが見えた。
この世界にも季節がある。
今は春だ。あちこちで花が咲いているのが見える。
日本では春が一年の始まりだったので、俺の異世界での新生活も春から始まるのは気分がよい。
ミリアルと並んで森に向かいながら闇魔法の話を始める。
「闇魔法は精神や魂に作用する魔法なのです。使い方によってはすごく強力な武器になると同時に、とても残酷な力にもなるのです。でも、リュウさんならきっと上手に使って、人を悲しませるようなことはしないと思うのです」
「残酷な力というのは、人の魂を傷つけてしまうようなスキルのことか?」
「そうなのです。例えば、<コンケスト>というスキルを使えば、相手の精神を支配してしまうことができるのです。そうなったら操り人形と同じなのです。その人の心を無視して、嫌なことでも強制することができるのです」
「そんな状態になったら、その人は狂ってしまうかもな」
「その通りなのです!なので、よほどのことがない限り、使ったらダメなスキルなのです!」
確かに<闇魔法>と呼ばれるだけあって、なかなかエグいギフトのようだ。
何も考えずに使ってしまうと、あとあと後悔するかもしれないので、かなり注意が必要だ。
「Sランクの闇魔法には<テイム>という魔獣を従魔にするスキルがあるのですが、魔獣を従えるなんてありえないのです」
確かに、人間に敵対する魔獣を連れていたら大騒ぎになるだろうから、従魔にするメリットはほとんどないように思う。
そんな話をしながら街道を進んでいた俺たちは、横道にそれて森を目指す。
マインシュバルトの森と呼ばれる奥行きが200キロメートルにも及ぶ広大な森だ。
この森には多くの魔獣が住み、その深奥部では高レベルの魔獣が多数徘徊していると噂される。
行先にここを選んだのは、人目が少ないことと、森に棲む魔獣を訓練に使用するためだ。
森の手前でミリアルは立ち止まった。
「森に入る前に、いくつかスキルを試してみるのです。最初は、<エネミーサーチ>というスキルなのです。これは、害を及ぼす魔力を探すスキルなのです」
この世界で魔法を行使する時は、スキル名を唱えると同時にそのスキルを頭の中でイメージするだけでよい。
俺は敵を探すようなイメージを思い浮かべて、<エネミーサーチ>を発動してみる。
「エネミーサーチ!」
すると、目の前に地図のようなプレートが出現し、その中で青色や黄色、赤色の点が点滅している。
「これはすごいのです!この地図はとても正確にこのあたりの地形を表しているのです。そして、光の点が魔獣の位置を示していて、色が魔獣のレベルを示しているのです。青色が低レベルの魔獣で、黄色が中位レベル、そして、赤色が高位の魔獣のようなのです」
「ミリアルにも見えるのか?」
「鑑定のスキルで見えるのです」
ミリアルは常に鑑定のスキルを発動させているらしい。
そのおかげで、俺の前に現れたプレート類はすべて共有することができる。
これは二人で行動する上でとても役立つはずだ。
ちなみに<エネミーサーチ>では、約50キロメートル先まで探知ができるようだ。
「<エネミーサーチ>に似たスキルに<マジックサーチ>があるのです。これは魔力を持つ存在を調べるスキルなのです」
マジックサーチを発動させてみると、さっきと同じ地図に、今度は無数の白色の光の点が認められた。そのほとんどはボドルガの街の中なので、人の存在を示しているのだろう。
ところで、さっきから気になっていることがある。
<エネミーサーチ>と<マジックサーチ>のプレートの右上に「9:12」と数字が表示されているのだ。そして、その数字はさっきから少しずつ増えているのだが、これは時刻を表示しているように見えるのだ。
「ミリアル、プレートの右上の数字なんだが、これは現在の時刻ではないのかな?」
「私もさっきから気になっていたのです。確かに時刻を示しているようなのです。だとしたら、とても便利なのです!」
この世界では1日を24時間としていて、地球と同じように夜中に日付が変わり、正午は12時となる。
時計の魔道具も存在するが、かなり高価なため、金持ちの家か教会やギルドなどの大きな施設にしか置かれていない。そのため、時計を見ることができない多くの人は、教会が午前6時から午後6時までの正時に鳴らす鐘の音を頼りに一日を過ごしている。一方、街の外など、教会の鐘の音が聞こえない場所では太陽の高さなどから時刻を推測するしかない。
それが、<エネミーサーチ>や<マジックサーチ>のプレートを出すだけで、時刻を知ることができるようになったのだ。日常生活や旅をする上でとても便利なアイテムが手に入ったのである。
次のスキルを説明する時になって、ミリアルはとても嬉しそうになった。
「さてさてさて、闇魔法持ちしか使えないスキルに<テレパス>があるのです!このスキルを使うと、心の中でしゃべるだけで、特定の相手とお話ができるのです!――リュウさん、<テレパス>を使って、さっそく私に話しかけてみるのです♪」
言われた通り「テレパス」と唱えて、心の中でミリアルに話しかける。
『あーあー、ミリアル、聞こえますか?』
『うふふふ、ばっちり聞こえるのです!すごいのです!リュウさんの声が頭の中に響いているのです!』
『俺の方も、ミリアルの声がはっきりと聞こえる。――これはかなり有用なスキルだな。これを使えば、周りに聞かれずに二人だけで話ができるな』
『そうなのです!二人だけで話せるのです!二人で秘密の話ができるのです!素敵なスキルなのです!』
ミリアルは満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
『ところで、遠くに離れていても聞こえるものなのかな?』
『わからないので、試してみるのです』
そう言って、ミリアルはテケテケテケと来た道を駆けて行った。
200メートルほど離れたところでミリアルは振り返ったが、さっきと変わらずにお互いの声がはっきりと聞こえる。
もっと遠くまで離れても聞こえそうだが、今日はこれくらいで切り上げて、次のスキルのトレーニングを続けることにした。
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