「待ち合わせの階段」(第27回)

小椋夏己

待ち合わせの階段

「これがおじいちゃんが幼稚園の時に渡りめをした歩道橋だよ」


 私は孫娘の手をギュッと握ると、色褪せ、あちこちサビが浮き出た歩道橋を階段のふもとから見上げた。


 今からもう七十年以上も前になる。

 交通量が増えてきた幹線道路、その十字路にできた歩道橋をうちの幼稚園の園児で渡り初めすることになったのだ。 

 小さな幼稚園、人数も合わせて数十人だったが、新聞の地方面にも写真入りで小さく出て、母がその記事を切り取っておいていた。もちろん、私は写っていたとしても分からないぐらいの写真ではあったが。


 私はまだ年中さんで、少し大きな年長さんのお兄さんお姉さんの後に付き、もう少し小さな年少さんに挟まれて、テープカットと同時に空に広がった風船をうわあと見上げていたのを思い出す。

 そうして順番に歩道橋の階段を登り、橋を渡って今度は反対側の階段を降りた。

 たったそれだけの儀式ではあったが、小さな子供にはとてもドキドキする一大イベントだったのだ。


 当時は通園バスなどなく、先生が順番に回って園児を集め、あちらこちらで集合して幼稚園まで登園していた。私の住む団地にも担当の先生が一人来て、子供たちを連れての最初の集合場所がこの歩道橋だった。いつもここで他の地域の子供を連れた先生と待ち合わせ、次の集合場所まで歩いて行くのだ。

 そうして最終的にはそれなりの人数になり、みんなで幼稚園に入っていく。


 年中、年長の二年間、いつもここでみんなが揃うまでキャッキャと遊び、揃ったら幼稚園へが私の毎日の始まりだった。

 

 幼稚園から小学校に上がった後、今度は幼稚園とは少し時間がずれていたが、やはり集団登校で、同じこの場所で待ち合わせ、上級生のお兄さんお姉さんと一緒に幼稚園の少し先まである小学校まで歩いて登校し、自分が学年が上がるにつれ、今度は年下の下級生を連れて学校へと通っていた。


 幼稚園の二年間、小学校の六年間、ずっとこの場所で集合して登園、登校していたわけだが、それで慣れていたからだろうか、下校後、休日に友達と遊ぶ時にもやはりここが集合場所だった。

 

 中学になるとさすがに集団登校などなくなったが、今度は小学校のもう少し先にある中学まで、やはり仲のいい友達とここで待ち合わせ、だらだらと話をしながら登校していた。

 さらに三年、合わせて十年以上ずっとずっとここが、今、孫と立っているこの場所が待ち合わせ場所、誰がどこと言わずとも「いつもの場所で」通じる場所になっていた。


 中学を出て高校になると、みんなさすがにあっちこっちばらばらになった。私も今度は自転車でこの歩道橋の下をくぐって駅まで行き、そこから電車で通学をするようになった。

 その頃になると集合場所もあっちこっち、近い家の友達と集まる時にはここにも来たが、段々とここは「いつもの場所」ではなくなっていった。

 高校を卒業すると、進学する者、就職する者とさらに進路は分かれ、この場所で集まることはほぼなくなってしまった。


 私も生まれ故郷を離れて都会の大学に進学し、そのままその土地に住み着き、そこで結婚して腰を落ち着け数十年、仕事を定年してすっかりこの歩道橋のことなど忘れてしまったいたある日、そのまま地元に残っていて、ちらほらとやり取りしている当時からの友人の手紙を受け取った。


「あの歩道橋が老朽化で取り壊されることになった」


 両親が亡くなってからというもの、この土地にはもう戻ることもなく、何十年も忘れてしまっていたというのに、なぜだろう、その一文を読んだ途端、無性に見に行きたいと思ってしまったのだ。

 

 しばらくの間考えていたが、ある日思い切って息子に連れて行ってほしいと頼んだ。

 息子は私の申し出に驚いていたが、話を聞いて、今日、こうして連れてきてくれたのだ。


 歩道橋は思い出の中の形のまま、古びてはいるがしっかりとこの場所に立ち続けていた。


「来週には取り壊しなんだよな」

「ああ」


 あの時、始まりの時にはあれほど華々しく渡り初めをしたこの歩道橋、来週にはひっそりと取り壊し工事が始まり、何日後かにはこの地上から消えてしまうのだ。


 息子はスマホを取り出すと、


「親父、そこ立って」


 と、私と妻と孫を並ばせて写真を何枚か撮った。


「じゃあ、ゆっくり渡りおさめしようか」


 そう言って、今度は動画で私と妻、そして小学校低学年の孫娘がゆっくりゆっくりと階段を登り、そして橋を渡って階段を降りるまでを撮影した。


「親父、この歩道橋の最初から最後までよく付き合ってあげました、ご苦労様でした」


 そう言うと息子は隠し持っていたクラッカーをパン! と鳴らし、


「風船はないけど代わりにこれな」


 と笑った。


 もうこの歩道橋と再会することは二度とないが、私の命の終わりのその日まで、私の中で、ずっとずっとしっかりと、大地を踏みしめ続けてくれるだろう。

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「待ち合わせの階段」(第27回) 小椋夏己 @oguranatuki

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