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「あ、の……」
「ん?」
有瀬さんからさびしさを感じて声をかけたけど、いい感じの話題があるわけじゃない。
少しの沈黙のあと、ぼくは「今の夢を持つまでは他の夢を持ってたんですか?」って、たずねた。
「他の夢? んー……特にないかも」
「えっ、ない?」
この二年半くらい全力で「夢」を追いかけた人だから、絵画に出会う前も、特別な「夢」を持っていたんだろう……。
そう思っていたから、おどろきすぎて、すごく失礼な反応をしてしまった。
ただ、有瀬さんは気を悪くするどころか、ふっと微笑んで。
失礼なぼくに、昔の話をしてくれた。
「小さいころは、お菓子屋さんか、花屋さんになりたかったかな。でも、それって、本当になりたかったわけじゃないっていうか……特になりたいものがなかったから、人気のある職業を適当にピックアップして、自分の夢っぽくしてただけ。――みんながなりたいものを持ってるのに、自分にはなりたいものがないなんて、言えないでしょ?」
「…………」
いたずらっぽく笑う有瀬さんを、ぼくはじっと見つめた。
――昔の有瀬さんは、ぼくと同じだ。
「ま、昔からそんな感じだったから、三年前まで、夢らしい夢を持ってなかったの。趣味っていうか、好きなものはあったけど、それを仕事にしたいかどうかって、また別の話でしょ?」
それ、すごくよく分かる。
ぼくも同じタイプだから、趣味はあるのに「夢」を見つけられないんだよね。
「それで、『こういうことがしたい!』っていうのを見つけられないまま高校生になって、消去法で専門学校に進学したんだ。どうせやりたいことがないなら、特別な技術を身に着けたいと思ってね」
「なるほど……」
「で、大学に進学した友だちより二年早く就職して、仕事には全然興味持てなかったけど、それなりに真面目に働いて……。あの絵に出会ったのは、そんなときだった」
偶然入った美術館で目に留めた、『電車から見た夜明けの海の絵』。
具体的な理由も分からないままその絵に惹かれた有瀬さんは、人生で初めて「自分の夢」を見つけた。
だから、二年半近く、相当な努力したんだ。
あこがれの人に、見いだしてもらえるように。
でも、思い描いてたような結果は残せなくて……。
有瀬さんは、右代谷質店を訪れた。
二度と叶うことのない「夢」を、手放すために。
「まだ三十年も生きてないけど、あんなふうに何かをがんばりたいって思ったの、初めてだったんだ。だからっていうか……去年二次選考で落ちたとき、かなり荒んだ生活してたんだよね」
「そうなんですか……」
「ほら、芸術系って〝だれが見ても間違いない点数〟をつけることができないでしょ? だから、わたしの絵を審査した名前も知らない選考委員の人のことも、『見る目がない』『通過さえさせてくれれば、あこがれの人の目に留まったかもしれないのに』って、思ってた」
「……たしかに、そう思っちゃいますよね」
「うん。……まあ、今年は、最高傑作をあこがれの人に見てもらったのに、受賞できなかったわけだから……。去年わたしの絵を審査した人は、多分、見る目があって、去年の自分はすごく思い上がったことを考えてたんだって思い知らされたけど」
そう言って、有瀬さんは苦笑を浮かべる。
今年の結果を受け取った有瀬さんは、きっと、去年以上にショックだったと思う。
だって、あこがれの人に審査してもらえたのに、返ってきた答えは「受賞するほどの出来栄えじゃない」だったんだもん。
もしかしたら、去年より残酷な結果になったのかもしれない。
そこまで考えたとき、ぼくはふと、西木さんのことを思い出した。
有瀬さんと西木さんじゃ、状況が全然違うけど……。
ずっと叶えたかった「夢」を、理解してもらいたかった人に分かってもらえなかったのは、同じ。
だとしたら、西木さんも小説家になる「夢」を手放したいって思うくらい苦しんでるのかもしれない。
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