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「わたし……小説家になりたくて、中学のころから物語を書きはじめたんです。それを、小説投稿サイトに載せてて……」

「えっ、そうなの?」


 それこそ初耳だよ。


 小説投稿サイトっていうのは、名前のとおり、小説をネットに載せられるサイトのこと。

 アカウントを作ればだれでも投稿できるし、小説を読むだけならアカウントを作らなくてもいい上に無料だから、利用してる人は結構多いんだ。

 でも、なんで秘密にしてるんだろう。悪いことしてるわけじゃないし、隠す必要ないのに。


「だって……なんか、はずかしいじゃないですか。わたしっぽくないし……」

「そんなことないと思うけど……」


 それに、「小説を書いてみよう」って思ったこと自体が、十分すごいと思うけどな。

 ぼくは読書好きだけど、自分で書こうと思ったことなんか一度もないよ。


 そう伝えたら、西木さん、少しだけ顔を赤くした。照れてるみたいで、ドリンクのストローを、指でくるくる回してる。


「そんな、別に、すごいって思われるようなことじゃないですよ。好きだから書いてるだけですし」

「そう?」


 でも、やっぱりすごいって思う。自分だけの夢を見つけて、その夢を叶えるために努力するのって、ぼくじゃなくても難しいことだろうしね。


 だけど、西木さん、何についてなやんでるんだろう。小説投稿サイトのことはあんまり知らないけど、読者が少ないのかな。

 そんなことを考えてるぼくの耳に飛びこんできたのは、想像もしてなかった言葉だった。


「えっと……わたしの小説を書籍化したいって言ってくれた出版社さんがいたんですけど、断ることになったんです」

「……えっ?」


 書籍化って、西木さんの小説が本になるってことだよね。

 つまり、小説家としてデビューできるってこと。

 小説投稿サイトは出版社の人もチェックしてるから、人気作品は書籍化することもある。

 だけど、毎日爆発的に増えていく作品の中から書籍化されるのは、決して簡単なことじゃない。そのことは、小説家になりたい西木さんが一番分かってるはずなんだよね。

 それなのに断るなんて、一体どんな理由があるんだろう。


「せっかく書籍化してくれるのに、もったいないですよね」


 ぼくの言いたいことが分かったのか、西木さんは苦笑を浮かべた。


「でも……条件が合わなくて」

「条件?」

「……『恋愛寄りの小説として書き直してほしい』って、言われたんです」


 そう言って、西木さんは残念そうに目を伏せる。


 西木さんが書いてる小説は、付喪神が視える女子高生の主人公がユニークな付喪神たちと一緒に、ちょっと変わった日常生活を送る話なんだって。

 で、その女の子には親しくしてる付喪神の男の子がいて、おたがいに好意を持ってるんだけど……。

 西木さん的には、恋愛関係っていうよりも、「おたがいにかけがえのない存在」にしたいみたい。


「恋愛ものは、わたしも好きです。でも……おたがい好意を持ってるけど、大事に想い合ってるだけの関係のほうが魅力的に見えることって、ありますよね」


 うん、それはぼくにも分かる。

 ぼくも恋愛ものは好きだし、お気に入りキャラの恋愛模様を見るのも好き。くっつきそうでくっつかない関係を見てると、友だちの恋を応援してるみたいな気持ちになるしね。

 だけど、だからって全部くっついてほしいかっていうと、それは違う。

 西木さんの言うとおり、おたがい好意を持ってても付き合ってなくて、しかも、相手を大事に想ってる関係って、すごくいいと思うんだよね。


 実際、投稿サイトの読者も「恋愛に発展しないところが好き」って感じてるみたいで、そういうコメントを、いくつかもらってるみたい。

 ただ、西木さんに声をかけた出版社の人は「二人の関係を恋愛寄りにしたほうが人気が出そう」って、考えたんだろうね。

 だから、書き直しを前提に書籍化を提案したけど、西木さんは断った。


「他の部分の書き直しなら、別に嫌じゃなかったんです。書籍化するときは大体書き直しがあるって知ってましたから。でも、二人の関係だけは、どうしても変えたくなくて……」

「そっか。……断ったことを後悔して、なやんでるの?」

「いえ……。後悔してないって言ったら嘘になりますけど、なやんでるのは別のことなんです」

「別のこと?」


 一体何だろう。


「ほら、断った理由が『恋愛ものにしたくないから』でしょう? もし出版社の人に『アマチュアなのに変なプライドを持ってる面倒な人』だって思われてたら、他の小説を書いて投稿サイトに載せたり、新人賞に出して結果がよかったりしても『この人はやめておこう』ってなるかもしれないじゃないですか」

「あ……」

「そう思ったら色々不安になって、前みたいに小説が書けなくなっちゃって……。それがなやみですね」


 そう言って、西木さんは苦笑した。


 『アマチュアなのに変なプライドを持ってる面倒な人』――。

 出版社の人が本当にそう思ってるかどうか、ぼくたちには分からない。

 だけど、分からないから、不安になるんだよね。

 それに、もし本当に「この人はやめておこう」ってことがあったとしたら、少なくとも、その出版社から書籍化してもらうのは、当分難しいわけで……。

 多分、西木さんも同じことを考えてるから、不安で書けなくなったんだと思う。


 小説家としてデビューできると思ったのに、小説のよさが編集者さんに伝わってなくて、今後デビューできるかどうかも分からなくて、小説まで書けなくなって。

 「夢」で挫折したことがないぼくでも、西木さんがつらい思いをしてることは分かる。


 もしぼくが将来の夢を持ってて、喋るのが得意だったら、西木さんの不安を和らげるようなことを言えたのかもしれない。

 だけど、ぼくには将来の夢がないし、喋るのも全然だめ。

 ひとつ年上でも、先輩らしく後輩の力になることは、できない。


「――こんな話じゃ、全然参考にならないですよね」


 こういうときって、何を、どういうふうに言うのが正解なんだろう。

 なやんでるぼくをよそに、白ぶどうジュースを飲んだ西木さんは、明るい口調で言った。


「いい感じの話ができなくてすみません」

「そんなこと……」

「……外、曇ってきましたね」

「え?」


 突然天気の話をされて、ぼくは窓の外を見た。

 たしかに、さっきと比べたら曇ってるけど……。まだ降りそうにないし、突然話題に出すほどじゃない。

 そう思いながら西木さんに視線をもどしたら、西木さんは目元を指で拭ってて。

 それから、いつも通りの笑顔を浮かべて、言った。


「雨が降るといけないですし、そろそろ出ましょうか」

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