幼馴染みのなやみ

1

 結局、詳しいことは何も分からなかったなあ。

 そう思いながら、ぼくは自転車を走らせる。


 あのあと、ぼくと左京さんは、管理札に「流質」のシールを貼ったり、品物を移動させたりして、無事にアルバイト初日を終えた。

 今回は、開店から四時間の仕事だったから、今は午後二時すぎ。お昼には少し遅い時間だけど、朝ごはんを食べたのも遅かったし、ちょうどいい感じ。


 帰ったら何食べようかな――。

 そんなことを考えてたら、うしろのほうから、はずむような声が聞こえた。


「せんぱーいっ」


 あ、この声は。

 ぼくは自転車を道の端に停めて、振り向く。


 明るい笑顔を浮かべながら自転車を走らせてるのは、幼なじみの西木さいき莉子りこさん。

 ぼくよりひとつ年下だけど、話が合う、貴重な友だちの一人なんだ。


「よかった、先輩じゃなかったらどうしようかと思いました」


 ぼくの少しうしろで停まった西木さんは、安心したように笑う。まだ夏休み二日目だけど、しばらく話してなかったから、ちょっとなつかしい感じ。


「久しぶり。バイト帰り?」

「バイトと本屋帰りです。先輩は?」

「ぼくもバイト帰りだよ」

「えっ。先輩、バイトはじめたんですか?」


 それは初耳だって、西木さんはレンズ越しに見える目を丸くした。


「昨日応募して今日が初日だからね。ぼくでも無理なく働けそうなところがあったんだ」

「へー……」


 西木さん、意外そうにぼくを見る。西木さんとなかよくなったのは小学校のころだから、ぼくがうまく喋れないことを知ってるんだ。


 ぼくを見つめていた西木さん、いたずらっぽい微笑みを浮かべて、首をかしげた。


「――先輩、プチぜいたくするお金、あります?」



  ✦✦



 たしかに、プチぜいたくかもしれない。

 写真つきのメニュー表と、大きく書かれた値段を眺めながら、そう思う。


 ぼくたちがいるのは、最寄りのファミリーレストラン。時間的にランチタイムは終わってるのに、お店は結構にぎわってる。


「今日は一時間残業だったから、甘いものが食べたい気分だったんです。同じシフトの子が急に体調をくずして、来られなくて」


 メニュー表のデザートコーナーをじっと見つめたまま、西木さんはファミレスをチョイスした理由を説明した。


「先輩はバイトはじめたばっかりなのに、付き合わせてすみません」

「別にいいよ。こういう機会がないと来ないし」


 母さんが日本にいたころは三人で来ることもあったけど、今はほとんどない。

 だから、ファミレスのメニュー表を見てると、昔のことを思い出して楽しい気持ちになる。


「わたし、パンケーキとドリンクバーのセットにします。先輩、もう決めました?」

「うん。特製ピザと、ドリンクバーにする」

「分かりました」


 西木さんは呼び出しブザーを押して、二人分の注文を店員さんに伝える。


「ごめん……。ありがとう」

「お礼言われるようなことじゃないですよ。わたし、こういうの得意ですから」


 そう言って、西木さんは笑う。

 ショートヘアにした、生まれつき赤毛の髪と、近眼用レンズの奥にあるぱっちりした目に、人なつっこい感じがする笑顔。

 ネイビーのTシャツと、薄いブルーのジーンズを着ている西木さんは、イメージどおり活発で、明るくて……。

 つまり、ぼくとは反対のタイプ。

 自分から声をかけることにも全然ストレスを感じないから、高校入学当初から、近くのファストフード店で接客のアルバイトをしてる。


 住んでる地域は同じだけど、学年も違うし、ぼくたちには、なかよくなれそうな要素がない。

 そんなぼくたちを結びつけたのは――。


「そんなことより、先輩。――《深淵》、どこまで進みました?」


 ――シリーズ第一作発売から十五年経った今でも、数年単位で新作が発売されてる人気アクションRPG《アルカナ・クロウ》だ。


「ピノリのことで話したいこと、、、、、、があるんですけど、そこまで進んでます?」

「うん。……実は、ぼくも、西木さんと話したいと思ってたんだ。明かされた過去がやばすぎて、もう――あ、先に、飲みもの取ってきていい? これ、長くなるやつだから」

「いいですよ。わたしも長くなるので」


 ああ、やっぱり、アルカナは最高!

 ぼくは、喜びをかみしめながら立ち上がった。


 西木さんと初めて話したのは、小学校四年生の春休み直前。西木さんが、お父さんの仕事の都合で、香浦に引っこしてきたのがきっかけだった。

 アルカナシリーズで当時最新作だった《沈黙の女神》は、ぼくの同級生の間だと全然人気がなくて、プレイしてたのも、ぼく一人。

 だから、話し相手がほしいって、ずっと思ってた。

 そんなとき、西木さんが引っこしてきて……。アルカナシリーズが好きだって分かったときは、おたがい大興奮!

 それ以来、西木さんとは、いい友だちでいる。

 まあ、おたがいの呼びかただけは「莉子ちゃん」「悠斗くん」から「西木さん」「羽根先輩」に変わったんだけどね。

 でも、これまでと同じ関係でいられるなら、呼びかたなんて、何でもいいんだ。


 ぼくたちは、飲みものを片手に、最新作深淵の騎士について語り合った。

 テンションが上がってるから、ぼくの言葉は何回もつっかえたけど、そんなことなんて気にならなくなるくらい、楽しかった。西木さんも、全然気にしてない。


「――にしても、西木さんが《深淵》をプレイしてくれてて、本当助かるよ」


 ピノリっていうキャラクターの過去について存分に語り合ったあと、ぼくはカフェオレを飲みながら言った。


「最高のゲームなのに、ぼくの周りだと――友だちが少ないっていうのが原因だとしても――だれもプレイしてなくてさ。昨日の夜にピノリの過去を知ったときなんて、よっぽど『もう砂漠の街まで進んだ!?』って連絡しようかと思ったよ。まだだったらネタバレになるかもと思って、やめたけど……」

「わたしも二日くらい前に同じことを考えて連絡するのやめました。このネタバレはうっかりでも許されないですもんね」

「これだけはね……」


 西木さんが思慮深い友だちでよかった。ぼくはうなずいた。

 ぼくたちがなかよくなったのは「好きなゲームが同じだった」からだけど、高校生になった今でもなかよくしていられるのは、「おたがいのことを思いやれる」からだと思う。

 そんなことを考えながらピザを食べてると、西木さんが「そうだ」って言った。


「何?」

「先輩のバイト先のこと教えてください。どんなお店で働いてるんですか?」

「ああ……。右代谷質店っていう、個人の質屋さんだよ」


 バイト先が気になるらしい西木さんに、お店の簡単な説明をする。


「場所は、香浦駅から自転車で五分くらいのところかな。物品整理のバイトだから喋る必要ないんだ」

「へー。あの辺りに質屋があるなんて、初めて知りました」

「……やっぱり?」


 駅からそれなりに近い位置にあって、建物もあんなにオシャレなのに、どうしてみんな気づかないんだろう。大通りから少し離れてるからかな。


「一回行ってみたいですけど、多分、高校生じゃだめですよね」

「うん。お店を利用できるのは大学生からだって」


 質入れができるのは十八歳以上の人で、高校生はだめみたい。

 まあ、事情を話せば、お店を見るくらい問題ないかもしれないけど……。いくらオシャレでも、ぼくたちみたいな子どもが入るお店じゃないのはたしか。

 それに……。

 右代谷質店は「夢」の質入れもやってるなんて言ったら、西木さん、きっと混乱するよね。

 そういう意味でも、あんまりオススメできないかも。


 残念そうな西木さんを見たぼくは、そういえば、って思った。


「ねえ、西木さん」

「何ですか?」

「西木さんって『将来の夢』、ある?」

「えっ、いきなりどうしたんですか?」

「あ……急に変なこと聞いてごめん。えっと……」


 右代谷質店のことを考えてたら西木さんの「夢」が気になった、なんて言えないよね。


「……最近、将来について考えることが多いんだけど、ぼくには夢らしい夢がないから、進路も全然決められなくて。だから、もし西木さんに夢があるなら、参考にしたいなと思ったんだ」

「ああ、なるほど。そういえば先輩、行きたい大学もないって言ってましたよね」


 西木さんは納得したようにうなずいて、急に顔をくもらせた。一体どうしたんだろう。


「将来の夢はあるんですけど……実は、なやんでることがあって」


 なやみ?

 「ぼくでよかったら話聞くよ」って言ったら、西木さんは少し考えたあと「だれにも言わないでくださいね」って前置きして。

 それから、ひそひそ話の声量で言った。

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