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質蔵の中はひんやりしてて、まるで、隔離された世界みたいだった。
ぼくは静かなところにいるのが嫌いじゃないけど、ちょっと息苦しい感じがする。なんていうか、図書館の「静かにしなきゃいけない」って雰囲気に似てるかも。
そんな質蔵の天井には、警備会社の名前入り監視カメラが取りつけられてる。最新鋭の建物だけあって、管理は厳重みたいだ。
「――ここが、夢関連の保管庫です」
左京さんが足を止めたのは、階段をのぼって、すぐの場所。
カードキー式ドアの足元には、高さ二十センチくらいの金属製プレートが、ドアとは別に設置されてる。ドアが開いてもプレートは動かない仕組みになってるみたいだから、うっかり転んじゃいそう。
「出入りするときは、足元の
ぼくが何を考えてるか分かったのか、左京さんが注意を促す。
「ネズミみたいな小動物が保管庫に入りこまないように設置しているんですけど、結構高さがあるから危ないんです。案外さんも転びそうになったって言っていましたから」
「案外さんも?」
ちょっと意外かも……。
そう思ったら笑いそうになって、手で口を押さえる。親近感が湧いたけど、笑っちゃいけないよね。
左京さん、首に提げていたカードをカードキーにかざして、ロックを解除する。
「わあ……」
保管庫は、ぼくが想像してたよりもずっと、広い部屋だった。
壁際には、頑丈そうな棚やキャビネットがたくさん設置されてて、質入れされた品物が、ところどころ見えてる。天井には、もちろん、監視カメラ。
部屋は、エアコンと除湿器で空調管理されてるから、半袖だと少し寒いくらい。でも、暑いよりずっといいかな。
「羽根くんが作業するのは、この部屋だけです」
部屋の中央に移動した左京さんが、説明をはじめる。
「この部屋のドアはオートロック機能つきですから、カードと質蔵の鍵を首から提げた状態で作業してください」
「分かりました」
「ただ、人間ですから、何かのはずみでうっかりしてしまうこともあるでしょう。そういうときは、廊下の壁にある電話でお店に内線をかけてください。予備のカードがお店にありますから」
なるほど、それなら閉め出されてしまっても安心だ。
うなずくぼくに、左京さんはおだやかな声で説明を続ける。
「なので、たとえ短時間であっても、鍵が開いた状態で質蔵を離れないようにしてくださいね。閉め出されたことに対して叱ることはありませんが、鍵をかけずに質蔵を離れてしまった場合、叱らざるを得なくなります」
まあ、それはそうだよね。保管庫から閉め出されるのは、うっかりミスで済むけど、質蔵の鍵をかけずにその場を離れちゃったら一大事だから。
でも、パニックになってるときって、信じられないようなミスをすることもあるよね。慌ててお店にもどらないよう気をつけないと。
「このカードは案外さんとわたしで管理していますから、質蔵に向かうときは、わたしか案外さんに声をかけてください。作業が終わったときは、お店にもどってすぐ返却してくださいね。お客さんが来ているときでも『すみません』と一声かければ、遠慮する必要はありません」
「はい」
「ええと、他には……。もし分からないことがあれば遠慮せず聞いてくださいね。最初から全部分かっている人はいませんし、間違ったものを直すより、最初から間違えずに作業するほうが、おたがい負担は少ないはずですから」
そうだよね。分からないことを質問するのって緊張するけど、間違えるよりずっといい。
うなずいたぼくを見て、左京さんは、アルバイト内容の説明に移った。
質入れされた品物には、「管理札」っていうカードがつけられてるんだって。
管理札は、名前のとおり、品物を管理するためのもの。
お客さんの名前と、質入れされた日付、品物の内容(「夢」じゃなくて、品物そのものの名前)が記入されてる。
で、カードの下のほうには、「処置済み」と「
ぼくの仕事は、「処置済み」の青いシールが貼られてるカードにだけ、「流質」の赤いシールを貼ること。
そして、赤いシールを貼った品物を「販売棚」に、貼れなかった品物を「保留棚」に、移動させること。
「処置済み」のシールが貼られてない理由は、ふたつ。
ひとつめは、単純にシールを貼り忘れてしまったから。
ふたつめは、質入れ当日から八日が経ってしまったのに、「夢」を凍結させずに放置してしまったから。
左京さんは、閉店後に毎日、夢関連の品物をチェックしているみたい。
だからシールの貼り忘れも、凍結忘れも、ないはずだけど……。
左京さんだって人間だし、うっかりすることは、あるはずだもんね。
ぼくも、カードをチェックするときは気をつけないと。「青いシールが貼られてるはず」って先入観があったら、うっかり見逃しちゃうかもしれない。
左京さんが言うには、カードのチェック以外にも、してほしい仕事があるんだって。
ただ、いきなり色々な仕事を覚えるのは大変だから、慣れるまではシール貼りと品物の移動だけでいいみたい。
「…………」
ぼくは「処置済み」のシールが貼られた管理札を、あらためて見つめた。
凍結された、「夢」。
持ち主の心からは消えてしまって、それでも、だれかの心に移されることを願って眠る「夢」。
――ぼくには視えない、形のない「夢」。
お客さんは損しない取引だけど、「夢」なんて生き物、本当に存在するのかな。
「――羽根くんがそう思うのは、当然のことです」
「え?」
静かな声で話しかけられて、ぼくは間の抜けた声を上げた。
なんで、ぼくの考えてることが分かったんだろう――。
そう思ったけど、他でもないぼく自身が、考えたことをそのまま口に出してたみたい。
「す、みませんっ」
謝罪の言葉をつっかえさせながら、頭を下げる。
ぼくには「夢」が視えないから、「夢」の存在を信じられないのは、きっと、しかたないことなんだと思う。
でも……雇い主の左京さんの前で言うことじゃ、ないよね。
「謝る必要はないですよ」
そう言葉を続ける左京さんの声は、相変わらず静かで。
怒ってるって感じじゃない、のかな。
「視えない存在を信じるというのは、難しいことです。ましてや『夢は生きていて、質入れもできる』と突然言われたら、なおさら。――来店されるお客さまですら、実際に質入れするまで、半信半疑であることが多いんですよ」
微笑みながら言って、左京さんは左側の棚を見る。
視線の先にあるのは、昨日質入れされたばかりの絵画。
灰色の保管箱は、黒いショルダーバッグとセットで、透明な袋に入れられてる。
「――でも、全部、本当のことなんです」
だから、わたしは質屋をはじめたんですよ。
静かな声で告げられた、左京さんが質屋をはじめた理由。
詳細を聞きたいと思っているぼくをよそに、左京さんはそれ以上話そうとしないで「作業をはじめましょう」と微笑んだ。
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