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「案内するからついてこい」

「……えっ?」

右代うしろ質店だよ。そのチラシを見て来たんだろ?」


 おれは、そこの副店長だ。

 そう言葉を続けて、チラシを指差す。


 「うしろやしちてん」――。

 聞き慣れない響きの言葉だけど、多分、質屋のことなんだろう。

 ちなみに、質屋っていうのは、時計やブランドバッグみたいに価値のある品物をあずける代わりに、お金を借りられるお店のこと。

 詳しいことは知らないから、具体的にどういう仕組みなのか説明できないけど……。

 品物を買い取ってくれるリサイクルショップとは、ちょっと違うみたいだよ。


 パニックになりかけてたぼくは、自称・副店長さんの言葉を聞いて、大体の状況を把握した。

 カゴに入れたこの求人チラシは多分、質屋さんのものなんだね。

 で、副店長さんは、チラシを持ってたぼくを見て「バイトに応募したいんだ」って勘違いしたみたい。


 副店長さん、くるりと向きを変え、歩きだす。

 だけど、ぼくがついてきていないことに気づくと「何してんだ」って言った。


「心配しなくても、店はすぐそこだよ。質屋ってちゃんと書いてるし、あやしい店じゃねえ」

「そ、うじゃ……」


 ううん、それもたしかに、心配だけど……。

 ぼくはチラシを捨てようとしてただけで、応募するつもりはなかったんだ。

 そう伝えたいのに、ぼくの喉から出たのは、蚊の羽音くらいに小さな声だけ。


 ぼく、どうしてこうなんだろう……。

 唇を結んだぼくだったけど、ひとまず、副店長さんについていくことにした。

 誤解だってことを今すぐ説明できる気がしなかったし……。それに、どうせ、他に働きたいバイト先もないんだしね。断るのは、お店を見学してからでも遅くないはず。

 あ、もちろん、危険な場所に連れていかれないよう気をつけるつもりだよ。

 「男子は危ない目に遭わない」なんて、だれも保証してくれないんだから。


 自転車を手で押しながら、副店長さんの半歩うしろを歩く。

 あらためて見ると、自称・副店長さんは、案外かっこいい顔だった。派手な髪色と目つきの悪さが目立ちがちだけど、髪色と服装を変えれば正統派イケメンになりそうな感じ。

 とにかく、第一印象で感じたほど、おそろしい人じゃなさそうかな。

 そう思ったから、ぼくは思いきって声をかけた。


「あ、の……」

「ん?」

「副店長さんは、どうしてここに……?」


 チラシを持ってたぼくを見て「バイトに応募するつもりなんだ」って勘違いしたのは分かる。

 だけど、ぼくがチラシを拾ったタイミングで、質屋の副店長さんが偶然通りかかったっていうのは、ちょっと変でしょ?

 まさか……だれかがチラシを拾うまで待ち伏せしてたってことは、ないよね?

 そう考えた途端、背中に、いやな汗がにじんだ。

 もしそうだったら……すごくホラー。

 だけど、副店長さんの返事は、ぼくが考えてたホラーな内容とは全然違うものだった。


「店長に言われたんだよ。『うちで働きたい子が近くまで来てる気がするから探してきて』って。まあ……要するに、店長の勘だな」

「勘……ですか?」

「ああ。店長のことをよく知らないやつにとっちゃ気味悪い話だと思うが、店長はかなり勘がよくてな。普段から色々当ててるんだよ。今日は客が来そうにないとか、特別な客が来そうだとか。――で、今回がおまえさんだ、兄ちゃん」


 そう説明して、副店長さんは左に曲がる。

 副店長さんの説明は、正直、信じがたかった。そもそも、いくら勘がよくても「うちで働きたい子が近くまで来てる気がする」なんて、分かるはずないよ。

 でも、うまく言えないけど……。なんていうか、副店長さんが嘘をついてるようには思えないんだよね。


 それにしても、勘がいいらしい店長さんと、見た目はちょっと怖いけど意外とイケメンな副店長さんが働く質屋って、一体どんなところなんだろう。

 そういえば、バイト内容、まだチェックしてなかったっけ。

 質屋のアルバイトって何をするんだろう。接客のバイトを雇わなきゃいけないほどお客さんが来るのかな?

 ぼくは自転車を押す速度を少しだけ落として、カゴに入れていたチラシを手に取った。



 《アルバイト募集》

 ・作業内容:物品整理(年齢不問、高校生・未経験者歓迎)

 ・勤務時間:午前十時~午後二時、午後二時~午後六時のうち二時間以上(週一日から可能)

 ・時給:千二百円(交通費別途支給)



 ……えっ、千二百円?

 ぼくは時給欄を二度見した。

 香浦は田舎だから、高校生の時給は八百五十円くらい。千二百円なんて、夢のまた夢みたいな金額だよ。

 しかも、作業内容が物品整理で、高校生可能だから、ぼくの条件にもぴったり当てはまってる。

 こんなことって、普通は、ううん、絶対ない。


 もし本当にこの条件どおりなら、質屋のバイトも悪くないかも――。

 どきどきしてると、半歩前を歩く副店長さんは「あれがうちの店だ」って、正面の建物を指差した。

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