3

「うわあ……!」


 えっ、あれが質屋さん?

 そう思ったら、思わず声がもれた。


「どうした?」

「あ、いえっ、あの……すごく、オシャレだったので……」


 びっくりしたんだって伝えると、副店長さんは楽しそうに笑った。


「まあ、いい意味で予想外だよな」


 副店長さんの言葉に、うなずく。


 「いい意味で予想外」って言葉どおり、右代谷質店は、ぼくの想像と全然違ってた。

 まず、建物の外観がすごくオシャレなんだ。

 ダークブラウンがメインの右代谷質店は二階建てで、全体的にアンティークな感じのデザイン。それなのに全然古くさくなくて、建物自体も、すごくきれい。

 出入り口ドアの上には『右代谷質店』ってちゃんと書いてあるけど、それがなかったら雑貨屋さんだと勘違いしそう。


 こんなところに、こんなオシャレな質屋さんがあるなんて知らなかった。

 そう思いながら、店の端に自転車を停める。

 店の鍵を開けた副店長さんがドアを開くと、ドアベルのきれいな音が響いた。


「さ、入ってくれ」

「おじゃまします……」


 副店長さんにうながされるまま、クーラーが効いたお店の中に入る。

 小ぢんまりした店内には、色々な品物が美しく並べられてる。鞄類は向かって右側の壁際に、貴金属は左側の壁際に飾られてて、真ん中には時計を入れた小さなショーケースが置いてあった。

 お店の隅には、高そうなコートやジャケットも飾られてるから、やっぱり、ぼくが思い描いてた質屋さんとは全然違う感じ。

 きょろきょろしてたら、お店の奥側にある背の低いカウンターに入った副店長さんが、ぼくを呼んだ。面接をするから、お客さん用の椅子に座ってほしいって。


「この店はおれと店長の二人で回してるんだが、別室にいる店長が手ぇ離せねえらしいんでな。悪いが、ここで面接させてもらうぜ」

「はい」


 お店で面接っていうのはちょっと緊張するけど……。お客さんがいるわけじゃないし、別にいいか。

 それに……正直言うと、スタッフルームで副店長さんと二人きりになるのは、まだちょっと怖かった。

 副店長さんは、見た目ほど怖い人じゃないかもしれない。

 だけど、ぼくは身体が小さくて、気も弱いから……。もし何かあったらって思うと、それだけで怖気づいちゃうんだ。

 ぼくが何を考えてるか知らない副店長さんは、ぼくに名刺を差し出す。



 《右代谷質店・副店長 案外葵》



「え、と……案外あんがいさん、ですか?」


 日常生活だとたまに使う単語だけど、名字では聞いたことない。

 たずねたぼくに、副店長さん――案外さんは、眉をひそめて「ああ」って答えた。


「案外あおいだ。名前についてイジられるのは嫌いだから、そこんとこよろしく」

「はい……」


 多分、昔から「案外くんって案外――」とか、「『案外あおい、、、』なのに全然青くないじゃん」とか、色々言われてきたんだろうな。

 もしかしたら「案外、、苦労してる」って、言われることもあるのかも。ぼくもそう思ったし。


「で、そっちは?」

「あ、えと、羽根と言います。よろしくお願いします」

「よろしく。じゃ、さっそくだが履歴書見せてくれ」

「……あっ」


 案外さんに言われて、ぼくは小さく声を上げた。

 どうしてかっていうと――履歴書を持ってないから。

 ぼく向けのアルバイト先が見つかるか分からないし、条件に合うところが見つかったら用意しようって思ってたんだ。


「何だよ、履歴書持ってないのか」

「あ、の……実は……」


 かすれそうになる声で、ぼくは事情を説明する。

 求人チラシは、案外さんに出会う直前、偶然拾ったこと。喋るのが苦手で、声を出さずに済むアルバイト先を探していたこと。出勤日数が少なくても問題なければ、受験生になる来年以降も働きたいこと……。

 ぼくの話を、案外さんはだまって聞いていた。

 それから――。

 「話は分かった」って言って、ぼくを見る。


「明日にでも履歴書持ってきてくれ」

「えっ。あ、じゃあ……」

「ああ、採用だ」


 案外さんは、ふっと笑う。


「こっちとしちゃ、作業さえ真面目にやってもらえりゃ喋るのが苦手でも問題ねえし、出勤も週に一度でかまわねえよ」

「あ、ありがとうございます!」


 ぼくは座ったまま頭を下げた。時給がよくて、しかも、ぼく向きのアルバイト先で働けるなんて、夢みたいだ。

 よろこぶぼくをよそに、案外さんは「ただ……」って、言葉を続けた。


「うちは、質屋の中でも、あつかう品物がちょっと特殊なんでな。おれの説明聞いて、大丈夫だって思えなきゃ――いや、その言いかたは違うか」


 案外さん、納得がいかなさそうに首をひねりながら言う。


「あー……なんていうか、自分にはよく分かんねえことでも『世の中そういうこともある、、、、、、、、、んだ』って、そのまま受け入れられねえと、勤めるのは難しいかもしれねえな」


 『世の中そういうこともある』?

 何か、ちょっと、うさんくさい説明だよね。

 まさかとは思うけど……。警察にばれたら、こまるようなこと、してないよね?

 時給がすごく高いのは、口止め料が入ってるから、とか……?


 どうしよう、すごくあやしくて危ないお店に来ちゃったのかも。

 今すぐ逃げたほうがいいのかな……。

 迷ってるぼくを見て、案外さんはうしろ髪を掻いた。


「別に、あやしい取引をしてるわけじゃねえんだが……」

「…………」

「……この店はな、『夢』の質入れもやってるんだよ」

「……夢?」


 案外さんが言う「夢」っていうのは、ぼくがまだ見つけられてない「将来の夢」のこと?


 最近は、「不満を買い取るサービス」とか、「愚痴聞きサービス」とか、新しいサービスが、どんどん出てきてる。

 だから「夢」を取りあつかうサービスがあっても、別におかしくないんだよね。

 だけど……。

 形のない「夢」を、品物として取りあつかうのは、不可能じゃない?

 たとえば、ぼくの将来の夢が「ゲームを作ること」だったとするでしょ。

 で、「ゲームを作りたい」って思ったきっかけとか、そのためにどんな努力をしてるかとか、それを文章にすることはできると思う。

 でも、それじゃ、質屋さんとしてはやっていけない。

 だって、そんなの、全然お金にならないからね。価値もないし……。

 ……あ、もしかして、案外さんにからかわれてる?

 本当は、ぼくを雇うのが嫌で、ぼくのほうから断らせるように仕向けてるとか?


「……そりゃ、そうなるわな」


 色々考えてるぼくを見て、案外さん、ふっと息をはく。


「おれも最初に話聞いたときは、よく分かんねえと思ったし。今だって、仕組みは理解してるが、店長と違って視える、、、わけでもねえし……。せめて、アニメやらゲームやらの重要なアイテムみたいに分かりやすく光り輝けってんだ」

「あの……」


 仕組みって何?

 それに、「視える」って?


「……ああ、悪い。店長にしか分かんねえことが多いもんで、つい愚痴っちまった」

「いえ……」

「んー……そうだな。整理してもらう物品を見てもらうのが一番分かりやすいだろうし、店長の手が空いたら、保管庫に行って詳しく説明するわ。このあと時間いいか?」

「え、あっ、はい……」


 あ、どうしよう。

 思わず「はい」って言っちゃった!


 ぼくが後悔してることを知らない案外さんは「よし」って言って、うなずいた。


「ほんとは客とのやりとりを見てもらうのが手っ取り早いんだが、夢を持ちこむ客は、そこまで多く――」


 そこで突然、案外さんの言葉が途切れる。

 ぼくのうしろを見ている案外さんは、なぜか、おどろいた顔をしていた。

 まるで、幽霊を視ちゃったような……そんな顔。

 だから、ぼくも、思わずうしろを見る。


 ショーウィンドウの向こう側には、眼鏡をかけた、地味な感じの女の人が――。

 生きてる、、、、女の人が、立ってる。


 地味なぼくが他人だれかのことを「地味」なんて言うのは、ちょっともうしわけないけど……。あの女の人を見て、そう感じるのも、しかたないと思う。

 だって、その人が着てるのは、黒地の半袖プリントTシャツと、細身の黒いズボン。

 しかも、うなじの辺りで結んだ髪も真っ黒だから、芸能人でもないかぎり、華やかにはならないはず。


 地味な雰囲気のその人は、ノートパソコンケースを二回りくらい大きくしたようなショルダーバッグを右肩にかけてる。色はもちろん、黒。――もしかしたら、オシャレじゃないぼくが知らないだけで、そういうファッションがあるのかも?


 それにしても、案外さん、どうしておどろいてるんだろう。いくら何でも、地味ってだけでおどろくわけないもんね。

 そんなことを考えてたら、見られてることに気づいた女の人が、様子をうかがいながらドアを開けた。

 ちりん、ときれいな音が響いたあと、その女の人は、遠慮がちに声をかける。


「あの……こちらで『夢』を買い取っていただけるって、うかがったんですけど……」


 その言葉を聞いたとき、ぼくは思わず、声を上げそうになった。

 案外さんがどうしておどろいてたのか、分かったから。


 多分、案外さんには、ピンと来たんだ。

 全身真っ黒なこの人は、「夢」を持ってきたお客さんだって。


「……少々、お待ちください」


 お客さんにそう言った案外さん、ぼくにしか聞こえないような声で、ぼやく。


「――こうなることまで分かってたんだろうに、なんで全部教えてくんねえのかね、あの人は」

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