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「うわあ……!」
えっ、あれが質屋さん?
そう思ったら、思わず声がもれた。
「どうした?」
「あ、いえっ、あの……すごく、オシャレだったので……」
びっくりしたんだって伝えると、副店長さんは楽しそうに笑った。
「まあ、いい意味で予想外だよな」
副店長さんの言葉に、うなずく。
「いい意味で予想外」って言葉どおり、右代谷質店は、ぼくの想像と全然違ってた。
まず、建物の外観がすごくオシャレなんだ。
ダークブラウンがメインの右代谷質店は二階建てで、全体的にアンティークな感じのデザイン。それなのに全然古くさくなくて、建物自体も、すごくきれい。
出入り口ドアの上には『右代谷質店』ってちゃんと書いてあるけど、それがなかったら雑貨屋さんだと勘違いしそう。
こんなところに、こんなオシャレな質屋さんがあるなんて知らなかった。
そう思いながら、店の端に自転車を停める。
店の鍵を開けた副店長さんがドアを開くと、ドアベルのきれいな音が響いた。
「さ、入ってくれ」
「おじゃまします……」
副店長さんにうながされるまま、クーラーが効いたお店の中に入る。
小ぢんまりした店内には、色々な品物が美しく並べられてる。鞄類は向かって右側の壁際に、貴金属は左側の壁際に飾られてて、真ん中には時計を入れた小さなショーケースが置いてあった。
お店の隅には、高そうなコートやジャケットも飾られてるから、やっぱり、ぼくが思い描いてた質屋さんとは全然違う感じ。
きょろきょろしてたら、お店の奥側にある背の低いカウンターに入った副店長さんが、ぼくを呼んだ。面接をするから、お客さん用の椅子に座ってほしいって。
「この店はおれと店長の二人で回してるんだが、別室にいる店長が手ぇ離せねえらしいんでな。悪いが、ここで面接させてもらうぜ」
「はい」
お店で面接っていうのはちょっと緊張するけど……。お客さんがいるわけじゃないし、別にいいか。
それに……正直言うと、スタッフルームで副店長さんと二人きりになるのは、まだちょっと怖かった。
副店長さんは、見た目ほど怖い人じゃないかもしれない。
だけど、ぼくは身体が小さくて、気も弱いから……。もし何かあったらって思うと、それだけで怖気づいちゃうんだ。
ぼくが何を考えてるか知らない副店長さんは、ぼくに名刺を差し出す。
《右代谷質店・副店長 案外葵》
「え、と……
日常生活だとたまに使う単語だけど、名字では聞いたことない。
たずねたぼくに、副店長さん――案外さんは、眉をひそめて「ああ」って答えた。
「案外
「はい……」
多分、昔から「案外くんって案外――」とか、「『案外
もしかしたら「
「で、そっちは?」
「あ、えと、羽根と言います。よろしくお願いします」
「よろしく。じゃ、さっそくだが履歴書見せてくれ」
「……あっ」
案外さんに言われて、ぼくは小さく声を上げた。
どうしてかっていうと――履歴書を持ってないから。
ぼく向けのアルバイト先が見つかるか分からないし、条件に合うところが見つかったら用意しようって思ってたんだ。
「何だよ、履歴書持ってないのか」
「あ、の……実は……」
かすれそうになる声で、ぼくは事情を説明する。
求人チラシは、案外さんに出会う直前、偶然拾ったこと。喋るのが苦手で、声を出さずに済むアルバイト先を探していたこと。出勤日数が少なくても問題なければ、受験生になる来年以降も働きたいこと……。
ぼくの話を、案外さんはだまって聞いていた。
それから――。
「話は分かった」って言って、ぼくを見る。
「明日にでも履歴書持ってきてくれ」
「えっ。あ、じゃあ……」
「ああ、採用だ」
案外さんは、ふっと笑う。
「こっちとしちゃ、作業さえ真面目にやってもらえりゃ喋るのが苦手でも問題ねえし、出勤も週に一度でかまわねえよ」
「あ、ありがとうございます!」
ぼくは座ったまま頭を下げた。時給がよくて、しかも、ぼく向きのアルバイト先で働けるなんて、夢みたいだ。
よろこぶぼくをよそに、案外さんは「ただ……」って、言葉を続けた。
「うちは、質屋の中でも、あつかう品物がちょっと特殊なんでな。おれの説明聞いて、大丈夫だって思えなきゃ――いや、その言いかたは違うか」
案外さん、納得がいかなさそうに首をひねりながら言う。
「あー……なんていうか、自分にはよく分かんねえことでも『世の中
『世の中そういうこともある』?
何か、ちょっと、うさんくさい説明だよね。
まさかとは思うけど……。警察にばれたら、こまるようなこと、してないよね?
時給がすごく高いのは、口止め料が入ってるから、とか……?
どうしよう、すごくあやしくて危ないお店に来ちゃったのかも。
今すぐ逃げたほうがいいのかな……。
迷ってるぼくを見て、案外さんはうしろ髪を掻いた。
「別に、あやしい取引をしてるわけじゃねえんだが……」
「…………」
「……この店はな、『夢』の質入れもやってるんだよ」
「……夢?」
案外さんが言う「夢」っていうのは、ぼくがまだ見つけられてない「将来の夢」のこと?
最近は、「不満を買い取るサービス」とか、「愚痴聞きサービス」とか、新しいサービスが、どんどん出てきてる。
だから「夢」を取りあつかうサービスがあっても、別におかしくないんだよね。
だけど……。
形のない「夢」を、品物として取りあつかうのは、不可能じゃない?
たとえば、ぼくの将来の夢が「ゲームを作ること」だったとするでしょ。
で、「ゲームを作りたい」って思ったきっかけとか、そのためにどんな努力をしてるかとか、それを文章にすることはできると思う。
でも、それじゃ、質屋さんとしてはやっていけない。
だって、そんなの、全然お金にならないからね。価値もないし……。
……あ、もしかして、案外さんにからかわれてる?
本当は、ぼくを雇うのが嫌で、ぼくのほうから断らせるように仕向けてるとか?
「……そりゃ、そうなるわな」
色々考えてるぼくを見て、案外さん、ふっと息をはく。
「おれも最初に話聞いたときは、よく分かんねえと思ったし。今だって、仕組みは理解してるが、店長と違って
「あの……」
仕組みって何?
それに、「視える」って?
「……ああ、悪い。店長にしか分かんねえことが多いもんで、つい愚痴っちまった」
「いえ……」
「んー……そうだな。整理してもらう物品を見てもらうのが一番分かりやすいだろうし、店長の手が空いたら、保管庫に行って詳しく説明するわ。このあと時間いいか?」
「え、あっ、はい……」
あ、どうしよう。
思わず「はい」って言っちゃった!
ぼくが後悔してることを知らない案外さんは「よし」って言って、うなずいた。
「ほんとは客とのやりとりを見てもらうのが手っ取り早いんだが、夢を持ちこむ客は、そこまで多く――」
そこで突然、案外さんの言葉が途切れる。
ぼくのうしろを見ている案外さんは、なぜか、おどろいた顔をしていた。
まるで、幽霊を視ちゃったような……そんな顔。
だから、ぼくも、思わずうしろを見る。
ショーウィンドウの向こう側には、眼鏡をかけた、地味な感じの女の人が――。
地味なぼくが
だって、その人が着てるのは、黒地の半袖プリントTシャツと、細身の黒いズボン。
しかも、うなじの辺りで結んだ髪も真っ黒だから、芸能人でもないかぎり、華やかにはならないはず。
地味な雰囲気のその人は、ノートパソコンケースを二回りくらい大きくしたようなショルダーバッグを右肩にかけてる。色はもちろん、黒。――もしかしたら、オシャレじゃないぼくが知らないだけで、そういうファッションがあるのかも?
それにしても、案外さん、どうしておどろいてるんだろう。いくら何でも、地味ってだけでおどろくわけないもんね。
そんなことを考えてたら、見られてることに気づいた女の人が、様子をうかがいながらドアを開けた。
ちりん、ときれいな音が響いたあと、その女の人は、遠慮がちに声をかける。
「あの……こちらで『夢』を買い取っていただけるって、うかがったんですけど……」
その言葉を聞いたとき、ぼくは思わず、声を上げそうになった。
案外さんがどうしておどろいてたのか、分かったから。
多分、案外さんには、ピンと来たんだ。
全身真っ黒なこの人は、「夢」を持ってきたお客さんだって。
「……少々、お待ちください」
お客さんにそう言った案外さん、ぼくにしか聞こえないような声で、ぼやく。
「――こうなることまで分かってたんだろうに、なんで全部教えてくんねえのかね、あの人は」
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