「夢」の質入れ

1

 案外さんに言われて、ぼくはカウンター内に移動することになった。

 別の部屋にいる店長さんをボタンで呼んだ案外さんは、ついさっきまでぼくが座ってた席にお客さんを座らせて、お茶を出してる。


 これから、何が起こるんだろう……。


 声を出さなくていいバイトがしたかっただけなのに、何か、すごいことになっちゃった気がする。

 心臓をどきどきさせながら待ってると、カウンター奥のドアが開いた。


「……えっ?」


 ドアから出てきた人を見て、思わず、声がもれる。


 右代谷質店はすごく綺麗な建物だけど、店長さんは多分おじさんなんだろうって、そう思ってたんだ。

 たとえおじさんじゃなかったとしても、おじいさんか、おばあさんなんだろうって。

 でも――実際は、違った。

 ドアから出てきたのは、若い女の人!

 つややかな黒髪をきれいに編みこんでまとめたその人は、紺色の七分袖レースブラウスと、細身の白ズボンを身に着けてる。全体的にすごく上品な感じで、身長はぼくと同じくらいなのに、何だか凛としてる。


 香浦みたいな田舎にこんなオシャレな人がいるなんて、ちょっと信じられないよ。

 お客さんも、ぼくと同じくらいおどろいてるみたい。


「大変お待たせいたしました。店長の右代谷でございます」


 ぼくとお客さんにやさしく微笑んで、店長さんは挨拶した。

 それから、流れるような仕草で名刺を渡す。



 《右代谷質店・店長 右代谷左京》



 えっと……。名前の読みかたは「さきょう」かな。

 右代谷左京さん。優雅で、きれいな名前で、左京さんに似合ってる。


 そんなことを考えてたら、左京さんがぼくを見た。

 その視線に、落ち着きかけてた心臓が、また飛び出そうになる。


「彼はアルバイト候補で、まだ従業員ではないのですが、同席させてもよろしいでしょうか?」


 あ、なんだ。お客さんに確認を取りたかったんだね。

 これから何をするのか、ぼくには分からないけど……。「夢」っていうのは、立派な個人情報だからね。従業員じゃない子どもを無許可で同席させるのは、たしかに問題かも。


 ぼくは、ちょっとぎこちなく、お客さんに会釈した。

 そしたら、お客さんも会釈を返してくれた。


「別に、大丈夫ですよ。隠すようなものでもないので……」

「ありがとうございます。――素敵な夢ですね」


 お客さんの対面席に座った左京さんは、お客さんのバッグに視線を向けた。


「そちらは絵画でしょうか?」

「ええ……そうです」


 浮かない顔をしたお客さん、ショルダーバッグから灰色の箱を取り出して、カウンターに置く。


 あり春子はるこ――。

 そう名乗ったお客さんは、箱の中に入っていた黄色の袋から、一枚の絵画を取り出した。


「わあ……」


 淡いブルーの空と、山のふもとに建つ昔ながらの家々を背にした、黄金こがね色に輝く稲穂の絵。

 落ちついた金色の額縁に入れられてるその絵は、絵画の知識がないぼくが見てもきれいだと思う油絵だった。

 でも、ただきれいなだけじゃない。

 絵を見た人に、「稲の収穫時期になっても居残り続ける蒸し暑さ」や、「秋の気配をほんの少しだけまとった風」を感じさせるような、そんな絵。


「とても美しい絵ですね」


 って、左京さんは言う。


「特別なコンテストのために描かれたものでしょうか?」

「……分かるんですか?」

「このような仕事をしておりますから、ある程度は」


 有瀬さんはおどろいてたけど、左京さんは静かに微笑むだけ。この絵が何のために描かれたか言い当てたのに、全然得意そうじゃない。


「しかしながら、認識の齟齬をなくすために、夢の詳細をお教えください。その上で査定をさせていただきます」

「分かりました。……『新人発掘コンテストであこがれの人に見いだされる夢』を、買い取っていただきたいんです」


 有瀬さんは目を伏せて、自分の「夢」について、話しはじめる。

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