ぼくと「夢」の集う場所

眠理葉ねむり

不思議な出会い

1

 「そろそろ将来の夢を見つけたほうがいい」だなんて、軽々しく言わないでほしい。

 将来の夢どころか、自分に合うバイト先だって、簡単には見つからないんだから――。

 だれにも言えない文句を心の中でつぶやいて、ぼく・羽根はね悠斗ゆうとは、自転車のペダルを強く踏みこんだ。


 他校生からうらやましがられるほどの速さで夏休みをむかえた、七月二十一日、午後四時半。

 オレンジ色の夕日が香浦かうらの町を照らす中、自転車で帰るぼくは、鏡を見なくても分かるほど元気のない顔をしていた。

 その理由は、たったひとつ。

 ――「ここで働きたい」と思えるバイト先が、見つからなかったから。


 ぼくが探しているのは、接客や調理担当じゃない種類のアルバイト。

 つまり、「なるべく声を出さずに済むバイト」ってこと。



 高校二年生のぼくは、昔から、人と話すことが――「喋る」という行為そのものが、苦手だった。

 頭の中では喋りたい文章が完成してるのに、いざ口に出そうとすると、全然うまくいかなくて。喋りたい文章から言葉が突然抜け落ちたり、つっかえたり。まるで、頭と口がつながっていないみたい。

 しかも、緊張してるときや、気持ちが高ぶってるときは、ぼくの意思に関係なく声が小さくなってしまうから、大体は最悪なことになる。

 具体的に言うと、こう。

 声が小さいから相手に聞き返されて、そのせいでさらに緊張して、今度は言葉がつっかえて。当然、相手は「なんだこいつ」って顔をするから、はずかしくて何も話せなくなる。

 小さいころからこういうことが続いてきたから、ぼくは、喋ることに対して臆病になってしまった。


 仕分けバイト系の募集があればよかったんだけど……。


 ぼくにとって理想のバイト内容は、年末になると郵便局が募集してる「年賀状の仕分け」。

 郵便番号や地域名のラベルが貼られた、靴箱みたいなボックスに年賀状を入れていく仕事だから喋る必要はないし、自分のペースで作業できる。

 まあ、時給は結構安かったけど……。作業が楽しいおかげで、損した気分にならないところもいいなって思う。

 だから、季節限定じゃない仕分けのバイトを探そうと思って町中チェックして回ったのに、募集があるのは接客業ばっかり。仕分け作業のバイトなんて、ひとつもなかった。


 自分向きのアルバイト先は見つからない。やりたいことも見つからない。


「はあ……」


 信号待ちで自転車を停めたあと、ため息をひとつ。


 ぼくが通ってる香浦高校は、ごく普通の公立高校。

 だけど、高校二年の夏休みにもなると、結構な数の生徒が将来を考えはじめる。担任の先生が「今年の夏休みをどう過ごすかで未来が変わる」って口酸っぱく言うのも、理由のひとつ。

 ぼくに「そろそろ将来の夢を見つけたほうがいい」って言ったのも、やっぱり、担任の先生だった。


 ぼくだって、できることなら、将来の夢を見つけたいと思ってる。

 「なりたいもの」がない『からっぽの自分』がいやだったし、みんなと同じじゃないみたいで、つらかったから。

 でも……みんなには分かるらしい「将来の夢の見つけかた」が、ぼくには分からないんだ。

 物心ついたころから好きだった、アニメや本、それにゲームですら「ぼくも作ってみたい」って思ったことがないんだもん。正直、ちょっと絶望的じゃない?

 それに……人前で喋らなきゃいけない業種には就けそうにないから、なおさら。

 ほんと、自分が、いやになるよ。

 落ちこんでうつむいてたら、ひよこモチーフの「ピヨピヨ」って電子音が、辺りに響いた。信号が青に変わったみたい。

 左右を確認したぼくは、信号を渡ろうとして――。


「うわあ!」


 って、上擦った声を上げた。

 漕ぎだそうとしたぼくの隣を、突然現れた茶トラ猫が、猛スピードで駆け抜けていったから。


 ああ、びっくりした……!

 まるで弾丸みたいなその猫は、横断歩道を渡った先にある何かを跳ね飛ばして、消えていった。

 紙みたいだけど……あれ、一体何だろう?


 気になったぼくは、歩道の端に落ちたそれを確認した。

 真ん中くらいで斜めに折れてるそれは、求人チラシみたいだった。赤い枠の中に書かれてる『アルバイト募集』って文字が、上半分だけ見えてる。


 もし、まだ確認してないお店のアルバイト募集だったら、アルバイト先が見つかるかも――。

 そう思ったぼくは、自転車を降りてチラシを拾った。

 だけど……。


 ――「どうせ、どこかの飲食店かスーパーのアルバイト募集で、ぼく向けのバイトなわけがないんだ」。


 そう思ったら、確認するのが、いやになった。

 だって、もし、ぼく向けのバイトじゃなかったら「やっぱり違った」って落ちこむことになる。

 それなら確認しないほうが、おだやかな気持ちでいられるよね。

 だから、このチラシは持って帰って捨てることにした。道に落ちてたものだし、折れ曲がってる上に少し汚れてるから、捨てても大丈夫なはず。


「――おい、そこの兄ちゃん」


 チラシを四つ折りにして自転車のカゴに放りこんだとき、低い声が、前のほうから飛んできた。

 「兄ちゃん」って、もしかして、ぼくのこと?

 正面を向いたぼくは――。

 声の持ち主を視界に入れた途端、動けなくなった。


 少し離れた場所にいるその人は、地味で気弱な高校生ぼくには、一生関係ないような男の人。

 そう思った理由は、いくつかあるんだけど……。

 一番の理由は、「髪色が派手」だから。

 長くも短くもないショートヘアは、少し暗めのブルーグリーンで、全体的にくすんでる感じがする。こういう感じのヘアカラーを、オシャレな人は「アッシュ」って呼ぶみたい。

 で、ブルーグリーン髪のその人は、とにかく背が高くて、どう見ても百八十センチ以上ある。

 しかも、体格が「細マッチョ以上、マッチョ以下」だから、とにかく迫力がすごかった。目つきの悪さも、迫力を増加させてる感じ。

 人を、見た目で判断しちゃいけないのは分かってる。だけど……電車の同じ車両に乗ってたら、さりげなく距離を取りたくなるような、そんな雰囲気の人。


 白い半袖Tシャツと、ゆったりしたシルエットの黒ズボンを身に着けたその人は、なぜか、ぼくをまっすぐ見つめたまま近づいてきた。

 な、なんで? ぼく、ただ歩道に立ってただけなのに……!

 緊張で動けないでいる間にも、ブルーグリーン髪の人は、ぼくに近づいてくる。

 ぼくの前で立ち止まったその人は、カゴに入ってるチラシを見て――。


「――店はこっちだ」


 って、ぼくに声をかけた。

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