魔王尋問委員会 幼女魔王

釧路太郎

第1話 幼女魔王と俺

「だから、もう悪い事はしないから見逃して欲しいな。ね、私みたいにか弱い女の子をいつまでもこんなところに閉じ込めておくなんて世間が許さないと思うんだけどな」

 見た目は小さい女の子でイタズラをして人の注目を集めている。そんな感じを漂わせてはいるのだが、この幼女は見た目が幼女なだけでその中身は語るにもおぞましい恐ろしい怪物なのだ。

 何となくという理由だけで三百人近くの村人を一つの肉塊にして美味しい部分だけを集めて食べてみたり、不可侵であるはずの他の魔王の領内に入って新しい魔法の試し打ちをおこなったりとやりたい放題だったのだ。

 その可愛らしい見た目に騙されて近付くものも多くいたのだが、新しい勇者が近付いても本来の実力を発揮する前に殺されてしまっていたのだ。今ではこの世界に新しくやってきた勇者が気を付けるべき千体の魔王の上位に位置づけられるくらいには危険視されていた。

「ねえねえ、新しい魔法が思いついたからさ、ちょっとだけ試させてもらっても良いかな?」

「ダメに決まってるだろ。それに、今のお前は魔法なんて使えないだろ」

「そんな事ないもん。私は他の人の魔力を使って魔法を使うことが出来るんだからね。ほら、そこで大人しく見てなさい」

 この幼女は自身の魔力の強さもあるのだが、相手の魔力を使って更に強力な魔法を使うことが出来るのだ。他人の力も使うことが出来るがゆえに、誰も手出し出来なかったという事なのだ。

「あれ、この近くに魔力を持った生物が一切いないんですけど。なんで?」

「なんでって、能力は失っているとはいえ万が一って事もあるから全員の魔力をこの空間事封じているんだよ。何も出来ないとはわかってるけどさ、一応対策はしておかないとな。何かあったら大変だからな」

「もう、そんなに気にしなくても良いのに。ねえ、何か飲み物ちょうだいよ。喉乾いちゃった」

「もう少しで終わるから我慢してね。これが終わったら食事の時間になるから」

「やだやだ。今すぐ飲みたいの。ねえ、喉が渇いてるんだから、このままだと死んじゃうよ」

 駄々をこねてる姿は完全に幼女そのものなのだが、こいつは記録に残っているだけでも一万人以上の人間と三百人近い勇者を殺しているのだ。それも、記録に残せないような残虐な方法で命を奪う方法で。

「もういい、私のいう事聞いてくれないならお前の家族を全員殺してやる。これは絶対だからな。今なら謝れば許してやるけど、もう少ししたら許してやらないんだからな。ほら、謝るなら今のうちだぞ」

「はいはい、俺が悪かったですごめんなさい。これで良いのか?」

「むう、心がこもってないけど謝罪を受け入れることにしてやるか」

「で、なんで急にそんなこと言いだしたんだ?」

「なんでって、お前を私の配下にするためだよ。私に対して謝罪をするという事は私の配下になりたいという意思表示だからな。ほら、私の下僕よ、この拘束を解いて私を自由にするのだ」

「そんな事するわけないだろ。お前みたいな狂暴なやつは自由なんて与えられないよ」

「あれ、なんで私の言うことに逆らってるんだ?」

「なんでって、俺がお前の配下になるわけないからだろ」

 幼女魔王は自分の思い通りにならないと機嫌を損ねるのだが、そんな事にいちいちかまっていられるほど俺も暇ではないのだ。今日は帰って娘の誕生日を祝ってやらねばならんのだ。こいつにプレゼントが何が良いか聞いたところで見た目だけ幼女には本物の子供の気持ちなんてわかるはずもないんだろうな。

「お前ってさ、なんでそんな見た目なの?」

「なんでって、そんな事私が知りたいわ。私だって魔王になれるって来た時に美少女になりたいって言ったんだけど、その時にちょっと噛んじゃって美少女が美幼女になってしまったわけで」

「美少女と美幼女ね。まあ、確かに美幼女ではあると思うけどさ、たいていの幼女は可愛らしいもんだろ。俺の娘もお前に負けないくらい可愛いんだよな。でも、お前みたいに邪悪さは一切ない天使みたいな存在だからな」

「なに、お前には子供がいるのか。どんなやつだ、見せてみろよ」

「なんでお前に見せなきゃいけないんだよ。見せる必要ないだろ」

「必要とかじゃなくて、気になるだろ。お前みたいな気持ち悪い男の娘がどんなにブスか気になるからな。ほら、恥ずかしがらずに見せてみろよ」

 俺は家族写真を肌身離さずに持っている。だが、魔王に対して自分の家族写真を見せるはずもない。万が一、こいつが外に出て力を取り戻した時に俺の家族が標的になってしまうかもしれないからだ。本来であれば家族がいるという話もしない方が良いのだが、思わず娘の話をしてしまったのは、こいつが娘と同じくらいの年頃にしか見えないので油断してしまったという事だろう。まだまだ俺もこの仕事に関しては半人前だという事なのだな。


「で、お前は娘の誕生日だから早く終わらせて帰りたいって事なんだな」

「だからそう言ってるだろ。これ以上お前に聞くことなんてないんだから終わりにするぞ」

 ついうっかり俺は娘の誕生日であるという事を言ってしまった。なぜかわからないけれど、この幼女を前にすると娘を思い出してしまう。

「そんなに帰りたそうにしてるのに私は過去の事を思い出してしまったようだ。そうそう、弱い魔王が支配していた村の話なんだが、そこの村人を溶かしてスープを作って勇者に食べさせたことを思い出したよ。あの時は後始末もしなくて済んだから楽だったな。達成感は何も無かったけど」

「それって、ワイレコ村の失踪事件の事なのか?」

「そんな名前だったような気もするけど、さすがに名前までは憶えていないな。ただ、大きな鍋を村の中央に置いてスープを作ってた事は覚えているぞ。お前もあれを食ったのか?」

「いや、俺は食ってはいないが、なんでそんな事をしたんだ?」

「なんでって、私の作った料理を美味しそうに食べてくれる姿を見たかったからかな」

 曇りのない眼で言っていることは真っすぐなのだが、その料理に問題がある。村人を具材にしてスープを作っていたという事はとても公表できる話ではないだろう。ワイレコ村に調査に行ってスープを飲んだという勇者は今でも現役の者が多いし、中にはこの幼女魔王を捕まえた勇者だっているのだ。

 自分たちが食べたスープの具材が助けるべき村人だったと知ったら、彼らはどんな風に感じてしまうのだろう。そう考えると、俺はこの話をとても公表できるとは思えなかったのだ。

 ただ、この事は公的記録に残ってしまうのでいつの日かその事実を勇者たちも知ることになるのではないか。

「それって、本当の話なのか?」

「さあ、どうだろうね。それを調べるのはお前たちの仕事なんだろ。スープを食べた勇者たちの腹の中を見たところでもう何も残ってはいないと思うが、もしかしたら痕跡は残ってるかもしれないな」

「と、お前は思ってるだけで本当はそんな事やってないだろ。な、今の話は作り話なんだろ?」

「作り話なわけあるか。あの村にいた人間はみんなスープの具材にしてやったわ。勇者たちもそれを美味そうに飲んでるのを見たんだからな。それは間違いじゃないし」

「お前が一人でスープを作ったのか?」

「そうだぞ。私が一人でスープを作ったんだ。魔法を使って細かくミンチにしてやったんだ。骨も粉になるまで砕いてやったからな、無駄になる部分は一か所も無いって事だ」

「それは嘘だね。お前の事は色々と調べさせてもらったけどさ、骨まで砕くような魔法をお前は覚えてない。そもそも、そんな魔法はこの世界に存在してないからね」

「そ、存在してるし。私が使った魔法を知らないだけだろ。お前の知らない魔法はまだまだたくさんあるんだからな」

「そうかもしれないけどさ、じゃあ、その砕いた魔法の系統を教えてよ。その系統から本当にそんな魔法が作れるのか調べてみるからさ」

「オリジナルだから系統とか無いし、私のとっておきだもん」

「はいはい、そう言うことね。つまり、勇者たちが食べたスープは村人ではなかったという事ね。この場で嘘を言うと自分の罪が重くなるだけだから気を付けた方が良いよ」

「嘘じゃないもん。本当に食べさせたんだもん」

「ダメ、そんなウソは信じないからね。牛か豚の肉で作った肉団子ってことで良いね?」

 幼女魔王は納得していなかったのだが、ここは無理にでも認めさせる必要があるのだ。本当に村人の肉が使われていたとしても、そんな記録を公的に残しておくことなんて出来るはずがないのだ。

 失踪した村人の慰霊碑はちゃんと作ることを提案しておこう。幼女魔王の手にかかって不幸な最期を遂げた村人のためにもちゃんと祀ってあげなくてはな。

「あ、もう少しで日付が変ってしまうな。お前の娘の誕生日ももう終わるぞ。直接祝ってあげられなくて残念だったな」

「ああ、その事なら大丈夫だ。そんな事で娘は怒ったりしないからな」

「そんな事ないぞ。自分の誕生日を忘れられるってのは本当に悲しいことだからな。ましてや、小さい子供ならその悲しさは大人が想像している以上のものだぞ」

「うちの娘はそんな事で怒ったりしないから気にするな。お前に対しては怒っているかもしれないけどな」

「別に子供に恨まれたって気にしないけど。それに、悪いのは私じゃなくて私の担当になったお前だからな。私は何も悪くないからな」

 気のせいかもしれないが、こいつもそれなりに気にしているのか。中身は幼女ではないとはいえ、自分も幼女の姿なので小さい子供の気持ちが少し理解出来るという事なのだろうか。それにしては、今までやってきた事があまりも邪悪すぎる。

「で、他に思い出せることはもう無いって事でいいんだよな?」

「ああ、明日になれば思い出すかもしれないが、今日はもう何も思い出せそうにないな。さっさと終わらせて食事にしたい気分なんだが」

「そうだな。明日は俺と別のやつが担当すると思うが、そいつにはあんまり変な嘘をつくなよ」

「どうだろうな。そいつ次第だ」

「じゃあ、最後に俺がお前に言いたいことを言って終わりにするか」

「私に言いたいことなんて何かあるのか?」

「ああ、一つだけ言わせてもらうが。俺の妻はワイレコ村に住んでいたんだ。娘も一緒にな。それだけだ」

「え、それって、どういうこと?」

 魔王とは言えども元は人間だったという話だ。この世界にやってきた人間の中で異常者が勇者か魔王になるそうなのだが、いくら異常者とはいえ少しは人間の心が残っていたりするのだろう。

 短い時間の対話ではあったが、俺はこの幼女魔王の中に少しだけ人間らしい部分を見ることが出来た。幼女魔王の中に罪悪感が芽生えてくれればいいなと思った。それに一縷の望みをかけてみたのだ。


 俺は娘のために買った人形を娘の枕元に置いて寝顔を見守っていた。

 帰りは遅くなってしまったが、俺の事を待っていてくれた妻と二人で幸せそうに寝ている娘を見守っていた。

 妻はワイレコ村出身で娘を産むために里帰りはしていたのだが、失踪事件が起こる前に俺のもとへと戻ってきたのだ。

 妻は今でも村人がどこかで生きていると信じているし、俺もそれを信じている。

 幼女魔王の言った言葉なんて俺は信じたりしないのだ。

 ただ、いなくなった村人の分まで俺は家族を幸せにしてやりたいと心から願っているのである。

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